新垣結衣×松田龍平ドラマ『獣になれない私たち』のエールが今、突き刺さる
4月10日スタート予定だった綾野剛、星野源主演のドラマ『MIU404』が新型コロナウイルスの影響で放送延期となった。家の中で過ごす時間が多い昨今、放送開始を待ちながら、脚本担当の野木亜紀子の過去作品を振り返り、改めて見直したいドラマをご紹介!。数々のドラマレビューを執筆する大山くまおさんが前回の『逃げるは恥だが役に立つ』に続き、今回は『獣になれない私たち』を取り上げる。主演はどちらも新垣結衣。
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【目次】
『逃げ恥』のガッキーと全然違った!
新垣結衣、松田龍平主演の『獣になれない私たち』(18年)はビターで複雑な味わいのドラマだった。野木は本作で第37回向田邦子賞を受賞。脚本家デビューした2010年頃に「『10年後か20年後かに向田邦子賞をとります」と宣言していたらしいので、見事な有言実行ぶりだと言える。
キャッチコピーは「『全ての頭でっかちな大人』に送るラブかもしれないストーリー」。主演の新垣結衣は、大ヒットした『逃げるは恥だが役に立つ』(16年)以来、2年ぶりの野木作品への出演となる(通算すると4作目)。まだ『逃げ恥』の多幸感あふれる記憶が色濃い中、「ラブかもしれないストーリー」というフレーズがひとり歩きし、共演の松田龍平と直前まで放送されていた『おっさんずラブ』(18年)で人気が急上昇した田中圭の魅力と相まって、放送前から視聴者の期待がグングン上がっていった。
ところが、放送された第1話を観た視聴者はショックを受けることになる。『逃げ恥』で弾けた笑顔を見せていたガッキーが、苦悩のあまり自殺未遂寸前まで追い込まれるところを見せつけられたからだ。
秘密だらけの「獣になれない」登場人物たち
IT企業の営業アシスタントとして働く深海晶(新垣結衣)は、明るい笑顔でバリバリ仕事をこなす有能な女性。しかし、ワンマン社長の九十九(山内圭哉)は典型的なパワハラ上司。さらに取引先には土下座を強要され、セクハラまで受けてしまう。深夜の電車のホームをさまよう晶は、ふらふらと線路に吸い込まれるように歩いていく……。すんでのところで回避されるが、衝撃的なシーンだった。
恋人の京谷(田中圭)との関係もうまくいかない。交際は4年目で結婚に至ってもおかしくはなかったが、京谷は自分のマンションで暮らしている元恋人の朱里(黒木華)との関係を解消できていなかった。そんな折、晶は行きつけのクラフトビールバーで毒舌家の会計士・恒星(松田龍平)と出会う。しかし、恒星にも人には言えない秘密があった……。
優しくて、真面目で、誠実で、誰かの役に立ちたくて、健気で、努力家な人ほど、その成果をスポイルされる一方で報われない。パワハラ上司は反省せず、職場も一向に改善されないどころかますます状況は悪くなっていく。誠実そうな恋人は考え方が古く、そのわりにあっちとこっちで違うことを言っていたりする。肝心の恒星はクラフトビールを飲みながら晶の悪口を言うばかり……。男女が出会った瞬間に恋に落ちるときめきや、嫌な上司を若手社員がやりこめたりする爽快感から100万光年離れたリアルなストーリーが視聴者の心をゴリゴリと削っていく。
主な登場人物たちは、みんな「獣になれない」人たちばかりだ。特に晶は、本音を隠し、バカにもなれず、「従順であれ」「可愛くあれ」「女性らしくあれ」という圧力を受けながら、懸命に働き、恋人にもいい顔をしようとしていた。だけど、恒星や奔放なデザイナーの呉羽(菊地凛子)と出会ったことで、完全に押しつぶされてしまう前に、なんとかして一矢報うべく、小さな爆弾を投げようとするという物語だった。
大量のDMが届くほどの反響、視聴者からの熱い支持
視聴者が抱えたフラストレーションは、平均8.8%という低視聴率に表れたが、野木のもとにはこれまでにないほど大量の長文DMでの反響が届いたと自身のブログ(note「獣になれない私たちの倉庫」)で明かしている。恋愛ドラマの形を借りた世の中の「獣になれない」人たちへのエールとも言えるドラマは、安易な爽快感を求める人たちには届かなかったかもしれないが、作中の人物たちと同じような境遇に置かれた視聴者には深く刺さったのだろう。クラフトビールのように複雑で味わい深いドラマだった。
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TVer『獣になれない私たち』第1話
文/大山くまお(おおやま・ くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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