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連載

シニア特急~初老の歴史家、ウェールズを征く~<39>【連載 エッセイ】

 長年、イギリス史を研究してきた、歴史家でエッセイストの桜井俊彰氏は、60代半ばにして、自身にとって「行かなければいけない場所」であったウェールズへの旅に出かけます。

 桜井さんのウェールズ旅の軌跡を、歴史の解説とともに綴った、新しいカタチの「歴史エッセイ」で若いときには気づかない発見や感動を…。

 シニア世代だからこそ得られる喜びと教養を堪能してください。

 さあ、『シニア特急』の旅をご一緒しましょう!

【前回までのあらすじ】

 ウェールズの大聖堂「セント・デイヴィッズ」にゆかりの深い『ジェラルド・オブ・ウェールズ』の本を日本人向けに出版した桜井氏は、「セント・デイヴィッズ」を訪れ、その著作を寄贈することを夢見ていた。

 飛行機、列車、バスを乗り継ぎ、無事に目的地である大聖堂「セント・デイヴィッズ」のある街、セント・デイヴィッズに到着。

 神聖なる大聖堂では、ジェラルド・オブ・ウェールズの石棺に出合い、ジェラルドについて記した自著を大聖堂「セント・デイヴィッズ」へ献上。ついに念願を果たすのだった。

 翌日は、ペンブロークへ。ペンブローク城内巡りを堪能し、一夜を過ごした後、来た道を遡り、最初に宿泊した街カーディフへ再び到着。

 カーディフでは、「カーディフシティホール」を訪れ、新著の資料として、置かれているウェールズ史の英雄11体の像を撮影する目的がある。許可を得て撮影も無事終了し、カーディフ城の見学へ。偶然見つけたパブで、最高の黒ビールと料理にも出合い大満足。後は、料理研究家の妻ためにリーキのバッチの購入をと土産物屋を探すのだが…。

→前回(38回)の記事を読む

 * * *

X 英雄たちと黒ビール(6)

(2017/4/13 カーディフ)

●ついに見つけたリーキのバッジ

 お腹もいっぱいになり、気分もアルコールが加わってよけいに弾んだ状態で、私は来た道、つまりセント・ジョン・ストリートを戻っていく。

 いったんホテルに戻って出直すかと思い、何気なく顔を向けた道の右側に、そのスーベニアショップはあった。

 来る時は探していたのに見つけられず、おいしいお昼を済ませ満足してぼうっと歩いていたら、いとも簡単に出くわしてしまった。まあ、世の中なんて、だいたいがこんなものだ。一生懸命な時は案外ついてなく、何も考えてない時に往々にしていいことは巡ってくる。

 無心とは、こういうことを言うのだろうなと、自分でもよくわからないことを小声でぶつぶつ言いながら、私はその店に入る。小さな赤い竜のぬいぐるみやら、ウェールズの国旗やら、「レッド・ドラゴンズ」(ウェールズのラグビー代表チーム)のユニフォームやら、ベースボールキャップ、マグカップ、タオル、とにかくウェールズの赤い竜と緑のシンボルカラーにあふれた多彩な土産物がさほど広くはない店内にぎっしり置かれている。

 私はあちこちに目を凝らしリーキのバッジを探すが、ドラゴンとか水仙のバッジはあってもリーキがない。これはさっき回った2軒のここより大きな土産屋も同じで、なぜかリーキのバッジだけがない。

 やっぱり、よくわからないがリーキはシーズンオフなのか。たぶんあんまり私が狭い店内をあちこち行ったり来たりしているので、心配になったのだろう。店に2人いる若い男性店員のうちのちょっと細身のおニイさんが、「何かお探しですか」と、とても、とても優しい声で聞いてきた。

 で、私が「さっきからリーキのバッジを探しているのだが、どこにもないんだよね」と答えると、嬉しそうにありますよと言って、私が全く探していなかった店の入り口近くのコーナーから持ってきてくれた。

 どんな小さな店でも探しきれない場所はあるものだ。

●おお、カーディフ!

 意外、リーキのバッジは布製だった。セラミックか金属製だと決めつけていたので、そのことも見落とした原因だったのだろう。

 受け取ってしげしげ眺める。白い部分と緑の部分のネギそのものである。当たり前だが。私は彼に言う。このバッジが20個ほしいと。

“Twenty!”

「まあ、20個も!」と、私には彼の返事が聞こえたような気がした。実際には「まあ、」に相当する英語を彼は発していない。でも、彼の全体的イメージからそのように言ったと感じられたのである。

 その時私たちの会話を聞いていたもう1人の、こちらは中肉中背の男性店員が、倉庫を見てくると奥に消えていった。ほどなく彼は10個1組で白い紙に包んであるリーキのバッジを2包み、20個持ってきた。

 私はありがとうと2人にお礼を言う。実はカミさんに頼まれていたこと、カミさんは料理研究家で今度ウェールズ料理を教えるのだが、これはその時の参加者に記念として配る予定のものだということをかいつまんで話し、この店で20個揃えられ、これでカミさんに怒られずに済む、やれホッとしたと、私は改めて感謝した。

 細身の彼と中肉中背の彼は並んでよかった、よかったという表情で私を見ている。そうか、2人はとても仲がいいのだな。そういうことなのかと私はこの時なんとなくわかった。

 その、細身の彼が日本ではウェールズの料理は知られているのかと尋ねてきたので、いや、ほとんどの日本人はウェールズ料理どころかウェールズのことさえよく知らない、もちろんイングランドとの違いもわからないと答える。そして、こう付け加えた。

“But four years ago, in 2013, Welsh Rugby National Team, Red Dragons, visited Japan and there made they two test matches with Japan National Team. The result was, one won, one lost.”
(でもね。4年前、レッド・ドラゴンズが日本に来て、日本代表チームと2試合したことがあったんだ。その時は1勝1敗だった)

“Really? Wow!!” (本当?わおっ!)

 2人は声をあげる。私は彼らにスマホの写真を見せる。例の、永田町の英国大使館の歓迎パーティにレッド・ドラゴンズが招かれた時のやつである。2人は私が次々と見せる写真にいちいちきゃあきゃあ言っている。

 もう1人、たぶんこの店に納品に来ていた業者と思われるひげ面の若い男も加わって、また私のスマホの周りに輪ができた。そのうちスマホ画面にエドウィナ・ハート大臣と一緒の写真が出てきたので、細身のおニイさんが「ねえ、ねえ。この大臣の横、あなたよねえ」というようなニュアンスで喋り一層盛り上がる。

 たぶん彼らにとっても、今日は面白い客が来た日であることは間違いないだろう。おお、カーディフ。なんと楽しく、カラフルで、若さにあふれている街なのだろう。

→つづき(第40回)を読む

→このシリーズのバックナンバーを読む

桜井俊彰

桜井俊彰(さくらいとしあき)

1952年生まれ。東京都出身。歴史家、エッセイスト。1975年、國學院大學文学部史学科卒業。広告会社でコピーライターとして雑誌、新聞、CM等の広告制作に長く携わり、その後フリーとして独立。不惑を間近に、英国史の勉学を深めたいという気持ちを抑えがたく、猛烈に英語の勉強を開始。家族を連れて、長州の伊藤博文や井上馨、また夏目漱石らが留学した日本の近代と所縁の深い英国ロンドン大学ユニバシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の史学科大学院中世学専攻修士課程(M.A.in Medieval Studies)に入学。1997年、同課程を修了。新著は『物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 』(集英社新書)。他の主なる著書に『消えたイングランド王国 』『イングランド王国と闘った男―ジェラルド・オブ・ウェールズの時代 』『イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 』『英語は40歳を過ぎてから―インターネット時代対応』『僕のロンドン―家族みんなで英国留学 奮闘篇』などがある。著者のプロフィール写真の撮影は、著者夫人で料理研究家の桜井昌代さん。

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