兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【14回 兄の焼肉病】
若年性認知症を患う兄と2人で暮らすライターのツガエマナミコさんが、日々の様子を綴る連載エッセイ。
父母と4人で生活していた頃に母は認知症に。父は交通事故で他界、母も亡くなったが、その頃から兄の様子に変化が現れ…。兄は若年生認知症と診断された後も会社勤めを継続するものの、思いかけないトラブルは頻発。東奔西走する妹・ツガエマナミコさんが真情を吐露します。
「明るく、時にシュールに」、でも前向き認知症を考えます。
* * *
どこから認知症で、どこまでが性格なのか…
退職金が出ないという話を友人に愚痴ると、かなりの勢いで憤慨してくれて、「病気になったのは残業のせいかも?だとすると会社にも責任が…」などと考えてくれ、逆にわたくしが「いやいや、でもいい人ばっかりだし、未だにお給料出してくれているからありがたいよ」と会社を擁護する始末。わたくし以上に憤ってくれる友人のお蔭で、少し溜飲(りゅういん)が下りました。
ただ、平成31年に入ると、理解ある社長様にも変化がみられるようになりました。そのきっかけは正月休み明けの初出社日でした。兄が約1年ぶりに出社拒否をしたのです。
朝から暗い空気を漂わせ、部屋にこもったので「休むなら会社に電話してね」と言うと部屋で電話している様子があり、部屋から出てきたら「電話しましたぁ!」と元気いっぱい。「明日は行くの?」と言うと「うん」と明るい返事が返ってきました。
「やれやれ」と思っていたら、なんとその日の昼食後、急に着替えて「会社に行く」と言い出しました。そして「今日は焼肉で、会社の人が車で迎えに来てくれるから、行ってきます!」とやけに具体的なことを言って玄関を出てゆく兄。わたくしは「朝の電話でそんな話になったのかな」と思いつつ、また妄想だろうとピンときました。
実は、「今日は焼肉だから夕飯パスね」と言って出かけることが、これまでに何度もあったのです。でも帰ってくると、何事もなかったかのように家で普通にご飯を食べました。いったんそれがはじまると出がけに「今日は焼肉だから夕食パス」を言い続けるのです。
何日目かに「今日は本当かな。昨日もそう言って出かけたけど…」と言うと「ムム、そう?違ったら自分で何か食べるから、一応今日もパスで」と言って出かけ、やはり空振り。わたくしは密かに「焼肉病」と名付けておりました。
年に1回ぐらいは本当に社長様が社員を連れて焼肉を奢ってくださる日があり、「美味しかった」と言って帰ってくることもあったので、とても紛らわしいのですが、兄はそのオイシイ思い出をときどきフラッシュバックさせていたものと思われます。
正月休み明けのその日は案の定、誰も迎えに来てくれなかったとみえて、10分後に帰ってきて「明日だったみたい」と笑ってごまかしました。もちろん明日でもないことは明白です。
そもそも「休む」と電話しておいて、焼肉だけ食べに行こうとする神経がどうかしています。「ズル休み」がバレバレじゃないですか。「休む」と電話したことを忘れてしまうのか、「会社は休む」けど「焼肉を食べに行く」ことにまったく矛盾を感じないということでしょう。
どこからが認知症のせいで、どこまでが性格の問題なのかは不明ですけれども、万事がこんな調子ですから、きっと仕事にも支障をきたしていたと思われます。
そしてその翌日、ついに社長様の逆鱗(げきりん)に触れてしまい、兄妹そろって社長様のお説教を受けることに…。思えば、この辺りから退職までのカウントダウンにグッと拍車がかかった気がします。
つづく…(次回は11月13日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある
第4回 疑惑から確信へ
第5回 今日は会社休み?
第6回 今年は何年ですか?
第7回 アパート借りっぱなし事件
第8回 アパートはゴミ屋敷
第9話 全部処分していい
第10回 で、どうすりゃいいの?
第11回「奥さん」じゃないんですけど…
第12回 たびたび起こる出社拒否
第13回 退職金が出ない!?