兄がボケました~若年性認知症の家族とのくらし【13回 退職金が出ない!?】
ライターのツガエマナミコさんは、若年性認知症を患う兄と2人暮らし。以前は父母と4人で生活していたが、父は交通事故で、母は認知症を発症し他界した。兄妹、助け合いながら生活する予定だったが、思う通りにいかないことも多く…
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
ガッカリ3連発
兄の反抗期(出社拒否)も過ぎ、平成30年は欠勤もなく、会社の同僚のお話でも「ガクンと悪くはなってないけれど…まぁ徐々にね」という緩やかな下降線が続きました。ある意味、わたくしにとっては平和な時期です。
ただ、会社の方のお話で衝撃をうけたのは、兄の会社が15年以上前に一度倒産し、以来、厚生年金に入っていないと知ったこと。会社の方は全員、社員とはいえ日給月給。みなさま国民健康保険で国民年金。「退職金は出ないと思う」と同僚の方から告げられました。
わたくしは社員だった経験がほぼほぼないので「会社が厚生年金に加入していない」と言われても「本当はダメだけど、世間ではよくあること」程度の認識でした。
「退職金ないのか」と少々ガッカリしたものの「あんなポンコツを雇ってくれているのだからそれでも仕方あるまい」と思っていました。
もちろんそれは今でも変わらないのですが、もし厚生年金に入っていれば傷病手当金があることを認知症電話相談で知りました。
その上、兄はいつのころからか国民年金を納めていなかったので将来の年金もかなり少なめだとわかってガッカリ×3連発。老後の貧乏暮らしが目に見えるようでした。
我が家の経済状況を申し上げるわけにはまいりませんが、わたくしに兄を食わせていくほど稼ぎはございません。さらに申し上げれば、何を隠そうわたくしも長年に亘り年金を納めてきませんでした。一人暮らしをしていた15~16年間は納めたくても納める余裕がなかったのでございます。
将来どうなるかなど考えていませんでしたし、あわよくばどこかのお金持ちに見初められて玉の輿…などと妄想の羽を広げていたのでございます。
というわけでわたくしたちは、とんだ年金不払い兄妹でございまして、ちょっと前に話題になった「老後2000万円問題」以前に、わたくしに至っては1円の年金もいただけないかもしれない状態でした。
その窮地を救ったのは、ほかでもない両親です。真面目に勤め上げ、年金を納め続けた彼らは、老後もその年金を使い切らずにコツコツと貯めてくれていました。両親亡き後、その尊いお金でわたくしも兄も、遡れるだけ遡って年金を納めさせていただきました。お蔭様で、満額とはいきませんが、わずかでも月々年金がいただける日本国民の条件を満たせたのでございます。
とはいえ、兄がこうなってしまったからには、老後は不安しかありません。父母が残してくれた尊いお金も数年で底をつくのは目に見えています。
将来的には施設入居も考えなければならない。お金はいくらあっても足りないくらいです。兄に退職金があれば…、会社が厚生年金に入っていれば…、2人の年金が満額出れば…、そもそも兄が病気にならなければ…と、ついタラレバの思いを巡らせてしまいます。
「本でも書いて一発当てれば?」と、途方もないタラレバを簡単に言う友人もいますが、そんな才能がないことは誰よりも自分が一番よくわかっております。
「でも定年ないからいいよね」と言われることも多いのですが、出版業界もそう甘くはございません。わたくしが「フリーライターでございます」と言って仕事ができるのもあと何年か。食べる物が買えなくなったら、そのとき初めてダイエットが大成功するであろうことを楽しみにするしか、もう生きる望みはございません。(ウソ)
拝啓、兄上様
なんでこんな病気になってしまったんでしょうね。いや、どんな病気でも同じように思うのでしょうけれども、退職金はやはり…ほしかったわけで…。でも誰も悪くないわけで…。兄上、わたくしは玉の輿に乗れないわけで…。
つづく…(次回は11月7日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ
第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある
第4回 疑惑から確信へ
第5回 今日は会社休み?
第6回 今年は何年ですか?
第7回 アパート借りっぱなし事件
第8回 アパートはゴミ屋敷
第9話 全部処分していい
第10回 で、どうすりゃいいの?
第11回「奥さん」じゃないんですけど…
第12回 たびたび起こる出社拒否