【世界の介護】自分らしい暮らしを続けられる「オランダの認知症村」
人生の最期を、どこで、誰と、どう過ごす? 世界に類を見ないスピードで高齢化が進んでいる日本。いまや高齢化率は世界のトップ水準に達し、制度や施設の整備を急ピッチで進めている。
海外、特に欧米では日本よりも早くから介護問題に取り組んできたため、すでに様々なサービスを備えた介護施設が展開されている。
欧米諸国の高齢者施設を取材してきた、ジャーナリストで社会福祉士の資格を持つ殿井悠子さんが、各国でユニークな取り組みをしている高齢者施設を紹介すると同時に、日本のシニアライフの未来を考えていく。
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認知症でも「普通の日常」が送れる施設
丸太小屋で葉巻をくゆらすフェイさんは、今年で86歳。「父の代から農業を営んでいたよ。毎日の一服が何より楽しみなんだ」と、うれしそうに話す。
ここは、オランダの首都アムステルダムから南東へ25キロメートルほど離れた郊外にある介護施設「ホフヴェイ」。別名を「認知症村」という。住人であるフェイさんは認知症を発症している。案内役の広報担当イボンヌ・ファン・アメロンヘンさんが説明する。
「彼が住んでいるのは『カントリー棟』という名で区分されているエリアです。ホフヴェイでは、ライフスタイルによって住まいを分けているのです」(イボンヌさん、以下「」内は同)
カントリー棟の周辺には、石炭をくべる道具や大きなミルク缶など、田舎暮らしの必需品がさりげなく置かれている。1.5ヘクタールの敷地内には、他にも、オランダの文化や伝統を大切に暮らす人のための「トラディショナル棟」、キリスト教に深い信仰を持つ人のための「クリスチャン棟」、壁に大きな絵画が飾られ、常に音楽が流れる、芸術を楽しみたい人のための「アート棟」、豪華なシャンデリアや家具を設えた、上流階級の人のための「セレブ棟」、家事を楽しむ人のための「アットホーム棟」、旧オランダ領インドネシアで生活していた人や、インドネシア系の人のための「インドネシア棟」、カフェやレストランで食事を楽しみたいと考える、都会暮らしが好きな人のための「アーバン棟」と、ライフスタイルごとに7タイプ、全23棟が用意されている。住人は入居前に、ライフスタイルに関わる150項目の質問に答えて、適した住居が決定される仕組みだ。
「コンセプトは、“認知症が進行しても、できるだけ普通の日常が過ごせること”。そのために、同じ考え方や似たような環境で過ごしてきた人同士が、家族規模(6~7人)で住める形態を考えました」
認知症の人にこれまでと同じ暮らしを続ける安心感を
イボンヌさんは1992年から、プロジェクトリーダーとしてこのコンセプトを推進してきた。2000年代からオランダでは、認知症ケアの国家戦略が本格化した。地域ごとに、認知症ケアの問題点の抽出から金銭的インセンティブを付ける『認知症統合ケアプログラム』の実施、『全国認知症ケア基準』というガイドラインの作成…と、ボトムアップ方式で認知症政策を進めてきた。
その勢いに乗る形で2009年、イボンヌさんは同僚2人と共に、在宅介護が難しいとされる認知症の人の理想の住まいを完成させた。イボンヌさん自身も親が認知症を患い、適切なケアを受けられなかったという辛い過去があり、その経験も施設づくりの参考にした。
「認知症の人は、これまでと同じ暮らしを繰り返すことに何より安心を覚えます。『ホフヴェイ』では、認知症の人が失くしてしまった能力をスタッフがさりげなく補うことで、自分らしい暮らしをストレスなく続けることができる点が特長です。大切なのは治療ではなく“暮らしを作る”こと。例えば、お掃除が好きだった人は清掃スタッフに親近感を覚え、心を開く。それが、医師の治療よりも問題解決に効力を発揮することがあるのです」