《電撃引退から6年》岩佐真悠子、ミスマガジンから介護職へ転身 中卒・バイト経験ゼロの彼女が見つけた“居場所”「社会の役に立ちながら自分らしくいられる」
16歳でスカウトされ、『ミスマガジン』選出を機に人気タレント・俳優として第一線で活躍した岩佐真悠子さん(39歳)。2020年、コロナ禍を機に芸能界を電撃引退し、未経験から介護職員へと転身。今年、介護福祉士の資格を取得した。中卒でアルバイト経験もなかったという彼女が、なぜ介護の世界を選んだのか。華やかな芸能界での葛藤や介護現場での奮闘、そして生活の変化と今のやりがいについて話を聞いた。【全3回の第1回】
「観光名所に行くような感覚」で飛び込んだ芸能界。舞台で知った演じる喜び
――芸能界に入ったきっかけを教えてください。
岩佐さん:16歳のときに渋谷をブラブラ歩いていたら声をかけられたんです。自身も芸能活動をしているというスカウトマンで、「いい子がいたよ」と事務所に紹介してくれて。当時の私は真面目に学校に行っているタイプではなくて、ただ暇を持て余していました。だから「芸能界ってどんなところだろう、見てみたいな」という、観光名所に行ってみるくらいの軽い気持ちだったんです。やる気なんて全然ありませんでした。
――その後、『ミスマガジン』に選ばれ、瞬く間に人気者になりました。芸能活動で印象に残っていることは何ですか?
岩佐さん:デビューして間もないころ、お芝居が何一つわからないまま、ドラマの撮影現場に行ったことです。今思えば、そうそうたるメンバーが出演している作品で、私はセリフがひと言あるだけなのに、「どうしよう」とすごくパニックになった記憶があります。
やりがいを感じたのは、19歳のときに初めて出演した舞台『橋を渡ったら泣け』です。生瀬勝久さんが演出をされていて、八嶋智人さんや六角精児さんなど、名だたる先輩方とご一緒しました。ドラマや映画はシーンごとに時系列がバラバラですが、舞台は冒頭から結末まで物語に沿って通して演じます。それが本当に楽しくて。舞台は数か月スケジュールが埋まるため、事務所としては映像の仕事をしてほしかったようですが、私は舞台に強い思い入れがありました。
――お芝居にやりがいも感じていた中で、なぜ芸能界を引退されたのでしょうか?
岩佐さん:仕事は好きだったのですが、もともと「どうしてもやりたい!」という熱い夢があって始めたわけではなく、他の方に比べると熱量が少なかったんです。仕事が減っても「どこへ旅行に行こうかな」くらいにしか考えていなくて。
それに、日本のドラマや映画って原作があるものが多いじゃないですか。私は昔から読書が好きでいろいろな作品を読んでいるので、オファーをいただいても「この役のキャスティングは私じゃない」と原作ファンとして納得がいかないことも多くて(笑い)、それが意外とストレスになっていました。
――そうした葛藤がある中で、決定打になったのは何だったのでしょうか?
岩佐さん:年齢とともに仕事のペースが落ち着き、そこにコロナ禍が重なりました。そのとき、中途半端に続けるくらいなら、もうすっぱり辞めてしまおうと思ったんです。私は16歳から芸能界にいたので、普通のアルバイトすらまともにしたことがありませんでした。「ちゃんと世間を知りたい」という思いと、何かあったときに自分の足でどんと構えていたいと思って、誰にも相談せずに自分ひとりで引退を決めました。
社会の役に立っている実感が欲しかった。消去法から出会った介護の世界
――引退を決意したときは、次に何をするか決めていたのですか?
岩佐さん:「辞めると決意した時はノープランだった。コロナ禍だったので、飲食業界で働くのは難しい状況でした。中卒だし、デスクワークが苦手で長時間座っているのも無理。一般企業への入社という選択肢は最初からなく、私には何ができるんだろうと消去法で考えていました。
そんなとき、『ミスマガジン』で知り合って以来仲良くしている西田美歩さんが介護の仕事をしていて、「介護、おもしろいよ」とすすめられたんです。調べてみると、中卒でも国家資格が取れるし、必ず社会から必要とされる仕事だと思い、とても魅力的に感じました。
何より、自分のためではなく、人のためになる仕事がしたかったんです。自分が社会の役に立っているという実感を持ちたかった。芸能界では、自分が何かの役に立っていると思えたことがなかったので、そこが一番の決め手でした。
――華やかな芸能界から介護職への転身です。周囲の反応や、実際に働き始めて感じたギャップはありましたか?
岩佐さん:周囲からは「えらいね」「よくできるね」と言われました。でも、特別に大変だとは思いませんでした。
それよりも、タイムカードの押し方がわからないとか、遅番のシフトのときになんて挨拶をすればいいのかと戸惑いました。芸能界はいつでも「おはようございます」ですから。一番驚いたのは、自分の働いた時間に対して、確実にお金が支払われるという感覚です。芸能界では番組宣伝の仕事だとギャラが出ないなど、自分がどの仕事でいくら稼いだのか見えませんでしたから。
「ママはおじいちゃんおばあちゃんのヒーロー」胸を張って言える今の仕事
――実際に働き始めて、介護の現場はどうでしたか?
岩佐さん:最初は特別養護老人ホームで働き始めたのですが、施設内をずっと歩き回っているので、毎日汗だくでした。利用者さんに朝起きて着替えていただき、食堂へ誘導し、歯磨きやトイレの介助をしてお部屋に戻っていただく。それが終わったと思ったら、すぐに昼食の準備…。休む間もありませんでした。
でも、暇な時間があるよりも、常に業務がある方が充実感があって自分には合っていました。新しいことを覚えるのも楽しくて、先輩に「移乗(ベッドから車椅子などへの移動)がうまくなるにはどうしたらいいですか?」など、いろいろと質問して困惑させていました(笑い)。
――芸能界での経験が、介護の現場で活きたことはありますか?
岩佐さん:耳が遠い利用者さんも多いので、大きい声を出すのが苦にならないのは役に立っています。滑舌や発声は鍛えられてきたので、聞き取りやすいと言ってもらえます。あとは、体全体で楽しい空気を作ったりすることは、お芝居の経験が生きていると思います。女性の利用者さんの排泄介助で「きれいな人に見られるのは落ち着かないから、あんたは嫌だ!」と言われたときには困りましたけど(笑い)。
――介護職に就いて、メンタルや生活リズムに変化はありましたか?
岩佐さん:表舞台の人間ではなくなったことで、人目を気にしなくてよくなり、すごく気楽になりました。昔は「こんな格好で出かけちゃダメかな」と気にしていましたが、今はすっぴんに帽子をかぶって、近所のスーパーへ買い物に行っています。
生活リズムも劇的に変わりました。昔は午前3時や4時まで飲んで、朝6時から仕事に行くような乱れた生活でしたが、今は朝6時台に起きて、夜は遅くても12時前には寝てしまいます。とても健康的になりました。
――改めて、転職して良かったと思うことを教えてください。
岩佐さん:一番は、子どもに自分の仕事を誇りを持って説明できるようになったことです。「ママは、おじいちゃんとおばあちゃんのヒーローをやってるんだよ」って。俳優の仕事も素敵ですが、激しいアクションシーンや悪い役など、子どもにはあまり見せたくない場面もあります。でも今は、自分のしていることを胸を張って子どもに伝えられます。社会の役に立ちながら、自分らしく生きられる今の環境を、とても大切に思っています。
◆元俳優、介護福祉士・岩佐真悠子
いわさ・まゆこ/1987年2月24日、東京都生まれ。2003年、16歳で『ミスマガジン』に選出され、タレント・俳優としてドラマや映画、舞台で活躍。2020年に芸能界を引退し、未経験から介護の世界へ転身。2026年、介護福祉士の国家資格を取得。介護タレントの西田美歩とともに「介護士★西田岩佐」として介護の魅力や情報を発信する活動も行っている。
撮影/黒石あみ 取材・文/小山内麗香
