【介護ポストセブン10周年特別企画】働きながら親の介護を続けるコツ「介護は10年以上続くことも…3つのフェーズに分けて考えてみよう」【社会福祉士解説】
65才以上の要介護認定を受けた人は過去10年で100万人以上増加し、過去最高を更新し続けている※。介護ポストセブンは高齢者の暮らしや介護の情報を発信するサイトとして今年10周年を迎えた。そこで「10年」をキーワードに介護を考察。仕事を続けながら10年以上に渡る介護経験をもつ社会福祉士の渋澤和世さんに、いつ終わるかわからない介護を乗り切る秘訣について教えてもらった。
この記事を執筆した専門家/渋澤和世さん
在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)、監修『親と私の老後とお金完全読本』(宝島社)などがある。
※参考/厚生労働省「介護保険事業状況報告」。
介護は「10年以上続く」ことも…
介護の期間は、介護されるかたの状態や疾患によって異なります。生命保険文化センターの調査※によると、介護期間の平均は約5年(4年7か月)ですが、4年を超えて介護を行っている人の割合は約4割となっています。
介護期間は個人差が大きく、10年以上続くケースもあります。実際、筆者も会社員として働きながら、親の介護を10年以上経験しました。
※生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査[2人以上世帯]」/2024(令和6)年度
https://www.jili.or.jp/files/research/zenkokujittai/pdf/r6/2024honshiall.pdf
介護は「いつまで続くか分からない」からこそ、予定通りにいかない前提で構えるしなやかさが必要です。しかし、行き当たりばったりでは身を崩しかねません。筆者の介護経験から、10年を3つのフェーズに分け、「今何をすべきか」の時期を見極めることが、介護を乗り切る秘訣です。
介護期間のコントロールはできなくても、「各フェーズでやるべきこと」のタイミングは決まっています。先回りして手を打てば、介護に振り回されず、自分の人生の舵を取り続けることができます。私自身の経験をもとに解説していきます。
【1】初期(1〜2年目)「介護のプロに任せる」体制づくり/基本フェーズ
離れて暮らす親の介護がはじまった初期は、自分が介護をするための準備期間ではなく、プロ(通所介護や訪問介護、高齢者施設)に任せる体制を整える期間です。行動としては、地域包括支援センターへの相談や介護保険の申請などがあります。
我が家の場合、実家に帰省したときに母親の様子がこれまでと違う、決定的な症状ではないものの表情や会話、行動に小さな違和感がありました。父も体調が思わしくなく、認知症だとしたらひとりでサポートするのは難しいだろう、いよいよ遠距離介護の始まりかと感じていました。
筆者は川崎に暮らし、仕事を続けていましたので、実家にはすぐに駆け付けられないため、「自分がやらなくても介護生活が回る仕組みづくり」を進めていきました。
初めの一歩は「地域包括支援センター」へ
まず、地域包括支援センターへ相談し、要介護申請と同時にケアマネジャーへ「離れて暮らしているうえ、仕事をしている、実務はプロに任せたい」と伝え、両親ともに週3日のデイサービスと訪問介護を組み込んでもらいました。
当初は、そういうところは嫌だ、他人に世話になりたくないと拒んでいた母でしたが、次第にデイサービスが日常のルーティンになっていきました。私は電話での状況確認と介護方針の決定という役割に徹することで、キャリアを中断することなく、遠方から持続可能な介護体制を確立できました。
中期(3〜7年目)「予期せぬ変化」に対応/維持フェーズ
認知症が進行するにつれて、在宅介護と仕事との両立が大変になってきくるのがこの時期です。デイサービスに加えて、宿泊をともなうショートステイなども検討する段階です。
母親の介護をしてくれていた父の方が病気で先に亡くなってしまったため、母親をひとりにするわけにもいかず、自宅に母を呼び寄せて在宅介護を始めました。しかし母は認知症が進行し、夜間徘徊や介護拒否が始まり、私は睡眠不足と突発的な対応で仕事に支障が出始めていました。
地域包括支援センターから紹介されたデイサービスでは、送迎の時間が勤務時間とうまく調整することができず、介護離職のピンチを迎えていました。そこで考えたのが、通い・宿泊・訪問による介護サービスをひとつの事業所で利用できる「小規模多機能型居宅介護」の利用でした。
小規模多機能型居宅介護に救われた
小規模多機能型居宅介護は、昼間も夜間も常に同じ職員が介護にあたるので顔なじみのあるスタッフによる「通い・訪問」に加え、月数回の「泊まり(ショートステイ)」を組み合わせて利用することでき、緊急時はそのまま泊まりに切り替える相談にも乗ってもらえました。柔軟な仕組みを整えたことで心身の負担はやや軽減されました。
こうして同居という距離の近さゆえの共倒れリスクを回避し、仕事のパフォーマンスを維持しながら、持続可能な在宅介護体制を再構築していきました。
→【関連記事】「フルタイム勤務、2人の子育て中、介護離職せずに済んだのは【小規模多機能】のお陰」
後期(8年目以降)手厚い医療や介護が必要に/終盤フェーズ
介護生活が長くなるにつれ要介護度も進み、介護費用に加えて医療費も増えることが予測されます。金銭的な負担が増えた際、高額療養費制度、高額介護サービス費制度のさらなる活用や、在宅から高齢者施設等へ切り替えるタイミングともいえます。
我が家の場合、認知症が進行した母親は誤嚥性肺炎を繰り返すようになり、入院することが増えていきました。在宅では医療的なケアが限界に達したため、入院先の看護師さんやメディカルソーシャルワーカー(MSW)に相談し、「医療療養型病院」への転院を選択しました。
医療療養型病院は、慢性期の患者や医療管理が必要な人が長期入院し、24時間体制で医療ケアやリハビリを受けられるため、落ち着いて仕事を続けることができるようになりました。
お金の制度についても調べておこう
医療療養型病院では、医療保険を使うことになりますが、負担が増えたときには「高額療養費制度」を利用できます。母の月々の入院費用は1か月約12万円ほどでしたが、この制度を利用できたおかげで医療費を抑えることができました。
医療・介護保険サービスには、自己負担額の上限額を超えた場合、超えた額を支給する制度があります。介護サービス費は、「高額介護サービス費制度」、医療と介護費用の両法に活用できる「高額医療・高額介護合算療養費制度」などもありますので、使える制度について調べておくとよいでしょう。
→【関連記事】在宅介護13年、父母の介護費用の内訳と総費用を公開!「我慢や時間をかけずに節約するヒント」
この頃は、病院側と延命治療の方針についても事前に共有し、看取りへの心の準備をした時期でもありました。
医療療養型病院への入院で、介護の実務から離れて面会に専念。母に対して心穏やかに寄り添うことができ、仕事を定年まで勤めることも現実味が増してきました。その後、母親は8か月ほど入院し、88才のときに旅立ちました。
親の介護が自分の人生に気づきを与えてくれた
最後に私が親の介護をきっかけに人生が変わったお話をさせてください。
介護をしていた10年強の期間の中で、せっかくなら介護に関することを勉強してみようと、介護・福祉の資格に挑戦しました。当時のホームヘルパー3級、2級から始まり、社会福祉士、精神保健福祉士などを段階的に取得し、同時に高齢者施設で生活するかたがたの現状を自分自身の目で見て話を聞きたいと思い、介護サービス相談員の活動も始めました。
月日が流れ、現在は書籍を出版し執筆のお仕事を受けるまでになりました。以前は自分がこのような人生を歩むとは全く考えもしなかったことですが、親の介護をきっかけに道が変わったのだと思います。
会社員を続けながら社会福祉士として活動する道を歩んできましたが、両親は最後まで私の人生を応援してくれたように感じます。在宅介護の中期は壮絶な時期でもありましたが、振り返ってみると、母の認知症介護は私に何かを気づかせくれた、と考えることもあります。
自分だってあと何年かしたら介護が必要になるかもしれません。我が子に介護を任せるのかは悩ましい問題ですが、もしもサポートを受けることになったとしたら、なにか気づきを残せるとよいなと、感じるこの頃です。
