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考察『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』8話|「変わらんでええ。昔もええ。今もええ。一生懸命食べて、一生懸命生きてれば、それでええ」

 昨年、ギャラクシー賞月間賞受賞など高い評価を受けた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の地上波再放送が話題です(NHK 火曜よる10時〜)。「令和の新しいホームドラマ」の呼び声も高い本作、ドラマに詳しいライター・近藤正高さんが8話を振り返ります。

祖母の過去を知る七実

 今回・第8話では、主人公・岸本七実(河合優実)の祖母である大川芳子(美保純)がクローズアップされた。芳子は前回より認知症らしき言動を示すようになっていた。

 七実は、母親のひとみ(坂井真紀)が以前手術したところを再手術するにあたり東京から神戸の実家に一時戻った際、芳子につい苛立って当たってしまった。それが尾を引いているのか、今回冒頭で、七実の家族のドキュメンタリーを撮りたいとテレビプロデューサーの二階堂(古舘寛治)から提案されたときも、ひとみと弟の草太(吉田葵)には取材の承諾を取ると約束したものの、芳子については「わけわかんない人なんで、映さなくていいです」とまるで“いない人”のように扱う。

 しかし、それはどうやら七実なりの芳子への配慮であったらしい。七実は芳子に当たってしまったことを反省していたし、彼女が認知症であることにも気づいていた。そのことは七実がひとみを病院に見舞ったときの会話からうかがえた。

 当の芳子は、もともと住んでいた大阪の自宅に、家族には何も告げず帰ってしまっていた。もっとも、鍵も財布も持っていなかったので家のなかには入れず、それに気づいた隣家の住吉さん(片桐はいり)が2日ほど泊めてくれる。七実はちょうど実家に戻ったところで住吉さんから連絡を受け(それまでに何度も留守電にメッセージが入っていた)、翌日迎えに出かけた。彼女はそこで、いままで知らなかった祖母の過去を知ることになる。

 芳子はいまから50年ほど前、この大阪の大川家に嫁いできて、ひとみを出産した。家には夫の茂(黒田大輔)がその両親および妹二人と暮らしており、そこに芳子とひとみが加わると7人という大所帯だった。劇中に挟まれた回想シーンでは、若き日の芳子(臼田あさ美)が家族のため、毎朝食事に腕をふるう様子が描かれていた。芳子のつくる料理を七実はいつも「茶色い飯」と愚痴っていたが、それも茂たち家族が芳子の料理は醤油が利いていておいしいと褒めていたせいだった。

 茂は部品工場を経営しており、ひとみが幼い頃には、工場の職人たちと競馬でぼろ負けして帰宅すると、芳子に夜食をつくれと言って暴れることもあった。茂は結局その後、工場を畳むことになり、退職金代わりに家にある宝石などを職人たちに分け与えてしまい、おかげで芳子は苦労もしたらしい。それでも彼女は結婚して以来、茂の家族の一員となったことに幸せを感じていた。そのことを七実は大阪の家でたまたま見つけた、芳子が結婚前に茂に宛てた手紙で知る。

 あとで七実がひとみに聞いた話では、そもそも芳子は子供のころに実家から奉公に出されており、家庭にはあまり恵まれずに育ったらしい。芳子が茂をはじめ家族が誰もいなくなってからも大阪の家に単身ずっと住み続けてきたのも(その気になれば引っ越すこともできたはずなのに)、彼女にとって初めて家庭の温もりを知ったのがこの家だったからなのだろう。

 七実は大阪で芳子と一緒に近所の商店街に行き、質屋の主人(綾田俊樹)から思い出話を聞かされたり、タバコ屋の福本さん(根岸季衣)から声をかけられたりするうち、芳子が周囲の人たちから愛されていることを実感する。ひとみに言わせるとそれも「外面がいいだけで、お母ちゃんにとっての世間は家の周りだけ」ということになるのだが、芳子の世間は狭いとはいえ、家庭と密接に結びついている分、深くて濃い場所になっているのだろう。そうでもなければ、認知症になりながらも、神戸から大阪まで迷うことなく戻ってくることなどできなかったはずだ。

 芳子は七実が迎えに行っても彼女をひとみと思い込んだり、一緒に歩いていたのにはぐれてしまったりするものの、一方で、ひとみが再手術のため入院していることははっきりと覚えていたりと、過去と現在をせわしなく行き来する。それはまるで、これまで岸本家の過去と現在を地続きのように描いてきたこのドラマの構造を表しているかのようだ。というか、ドラマのほうが、芳子の意識の流れというか記憶の流れをそのままたどってきたのかとさえ思わせる。

思い出のバルーンアートを持って

 芳子は認知症になったとはいえ、けっして記憶をなくしたわけではない。それどころか、彼女のなかでは夫の茂をはじめ家族の記憶はますます鮮明になりつつある。彼女が夜中、屋外を徘徊しながら、昔よく歌っていた「忘れられないの」のフレーズ(ピンキーとキラーズの1968年のヒット曲「恋の季節」の出だしの一節だ)を何度も口ずさんでいたのもそのためだろう。

 音楽といえば、今回の終盤で流れたローリング・ストーンズの「She’s a rainbow」も印象的だった。それはたとえつらいときも楽しみを見出し、虹のように彩り豊かな人生を送ってきた芳子にふさわしい。ドラマの前半で彼女がいくつもの色違いのウィッグをかぶっていたことも思い出される。

 七実はそんな祖母と改めて一緒にすごすうち、しだいに彼女を受け容れていく。ただ、神戸の家に戻ってから、自分のつくった料理を芳子に醤油をかけて再調理された上、弟の草太も自分の働くカフェのごはんが一番だと言って手をつけようとしないことにブチ切れ、思わず怒りに任せて、そのことをブログに書いてしまった。しかし、これが結果的に、ここしばらくスランプにあった七実にとって久々の更新となり、作家として再起するきっかけとなる。そう考えると、これも芳子さまさまだろう。

 今回、芳子との和解とあわせて、七実が環(福地桃子)と仲直りできたのもよかった。二人とも本来ははぐれ者タイプの似た者どうしだけに、ぶつかりがちではあるものの、心の底ではやはり通じ合うものがあるのだろう。七実が環に謝るため、高校時代に二人が親しくなるきっかけとなったバルーンアートを持って現れるのがいじらしかった。環もまた、芳子と同じく狭い世間で生きているようでいて、その実、七実の知らないところで色々と経験を積み、奥行きのある人生を送っているようだ。

 今回のラストシーンでは、ひとみが退院後、久々に親子水入らずで話をするなかで、芳子に対し、大阪の家をずっと空けて自分たちと一緒に住んでもらっていることを改めて感謝した。一方、芳子もまた心のなかで、娘が「大病しても生きてくれて、いまも私のつくったもんを食べてくれてる」とその幸せをしみじみと噛みしめていた。芳子にとっては、ひとみが幼い頃から変わらずにいることが何よりの幸せなのだろう。

 ここで思い出すのは、芳子が第3話のラストで七実に向けて独りごちていた「変わらんでええ。昔もええ。今もええ。一生懸命食べて、一生懸命生きてれば、それでええ」というセリフだ。そんなふうに芳子がいつもデンと構えてくれていたからこそ、ひとみや七実もこれまで何度もつらいことがあっても救われてきた部分はきっと大きいのだろう。先のひとみの感謝の言葉には、そういった意味合いも含まれていたに違いない。

 さて、七実はまた東京に戻るとはいえ、ひとみが退院して再び芳子と草太の3人による生活が始まろうとしていた……はずが、ここへ来て次回、今度は草太が一人暮らしを始めるらしい。果たしてひとみは無事に子離れできるのか、予告編で草太を追いかけようとする彼女を見てちょっと心配になった。ドラマもいよいよ終盤とはいえ、岸本家にはまだ波瀾が続きそうである。

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

河合優実主演『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の他のレビューを読む

 

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