年金は65才で受給するか先送りすべきか「損しない選択とは?」再雇用で働く60代の実例相談にFPが回答
7月3日、5年に1度実施される「財政検証」が実施され、将来の年金受給額の見通しが示された。実際のところはどうなのだろうか? 65才で受給すべきか、先送りにすべきか、どちらが得なのか。65才を超えて働く人も増えている一方で、年金頼みの高齢世帯も少なくない。ファイナンシャルプランナーで行政書士の河村修一さんに、実例相談をもとに年金の受給方法や金額などについて解説いただいた。
この記事を執筆した専門家
河村修一さん/ファイナンシャルプランナー・行政書士
CFP(R)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、行政書士、認知症サポーター。兵庫県立神戸商科大学卒業後、内外資系の生命保険会社に勤務。親の遠距離介護の経験をいかし、2011年に介護者専門の事務所を設立。2018年東京・杉並区に「カワムラ行政書士事務所」を開業し、介護から相続手続きまでワンストップで対応。多くのメディアや講演会などで活躍する。https://www.kawamura-fp.com/
※記事中では、相談実例をもとに一部設定を変更しています。
年金は将来しっかりもらえるのか?
7月に5年に1度行われる公的年金の「財政検証」が公表されました。これは、年金制度の「定期健康診断」のようなもので、将来の年金について政府の見解や試算が示されるものです。
今回の財政検証によると、過去30年と同様の経済成長を見込んだ場合、2060年度の所得代替率※は50.4%と発表されました。これは、政府が下限と定めた50%は超えています。
※所得代替率/給与や賞与を含めた現役世代の手取り収入と比べて、年金開始時点の受給額がどのくらいかの割合を示す指標。
しかし、経済成長は今後も期待できるでしょうか? 実際のところ将来もらえる年金はどうなるのでしょうか? 不安は尽きません。
現在、公的年金(老齢基礎年金)の受給年齢は原則65才となっており、60~75才の間で受給者が選択できるようになっています。65才より先に受給することを「繰上げ」、65才以降に受給することを「繰下げ」と呼びます。65才で受給すべきか、先送りにすべきか、悩ましいところではあります。そこで、相談実例をもとに、年金の受給開始時期についての注意ポイントを解説していきます。
※参考/厚生労働省「令和6(2024)年財政検証結果の概要」
https://www.mhlw.go.jp/content/001270476.pdf
実例相談「年金を65才でもらうか先送りすべきか?」
Aさん(64才男性)は、大学卒業後、今の会社に就職して定年まで勤め上げ、再雇用で働いています。妻は専業主婦でAさんより8才年下です。
Aさんの母親(80代半ば)が地方でひとり暮らしのため、65才になったら実家に戻ってお母様の面倒をみることが必要ではないかとも考えているそうで、65才になったときに、仕事を辞めて公的年金をもらうべきか、先送りすべきか、悩まれていらっしゃいました。
公的年金は2種類ある
老後にもらえる公的年金は、会社員の場合、主に国民年金(老齢基礎年金)と厚生年金(老齢厚生年金)があります。
老齢基礎年金は、65才から受給でき、令和6年度の年金額は81万6,000円(満額、昭和31年4月2日以後生まれのかたの場合)です。
老齢厚生年金は、性別や生年月日によって受給開始年齢が異なり、年金額は厚生年金に加入していた時の報酬額や加入期間等に応じて決まります。
老齢厚生年金の受給開始年齢は、男性の場合、昭和34年4月2日~昭和36年4月1日生まれの人は、64才から報酬比例部分が受給できます。
また、65才で受給開始になる人は、男性の場合、昭和36年4月2日以降の生まれ、女性の場合は、昭和41年4月2日以降の生まれの人です。
なお、60才以降、厚生年金保険に加入した状態で働きながら受給する年金のことを、「在職老齢年金」と呼びます。在職老齢年金は、賃金や年金額に応じて、年金額の一部または全部が支給停止される場合があります。
年金の繰上げ受給・繰下げ受給の増減額
年金は、繰上げて受給すると減額となり、繰下げれば増額されます。その割合は、以下のようになっています。
繰上げ・繰下げの増減額
繰上げ受給する場合、年齢によって減額率が変わります。
たとえば、令和4年4月1日以降に60才になった人の場合、原則、1か月につき0.4%(年間:0.4%×12か月=4.8%)の割合で減額されます。
一方、繰下げ受給の場合は、1か月につき0.7%(年間:0.7%×12か月=8.4%)の割合で増額されます。
繰下げ受給については、老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰り下げることも可能です。
●繰上げ減額率(昭和37年4月2日以降生まれ/1か月当たりの減額率0.4%)
請求時の年齢|60才|61才|62才|63才|64才
減額率|24.0%|19.2%|14.4%|9.6%|4.8%
●繰下げ増額率
請求時の年齢|66才|67才|68才|69才|70才|71才|72才|73才|74才|75才
増額率|8.4%|16.8%|25.2%|33.6%|42.0%|50.4%|58.8%|67.2%|75.6%|84.0%
繰上げ・繰下げ受給している人の割合は?
「令和4年度厚生年金保険・国民年金事業の概況」※よると、厚生年金は、繰上げ受給が0.7%、繰下げ受給は1.3%となっています。
一方、国民年金においては、繰上げ受給している人は10.8%、繰下げ受給している人は2%となっています。
Aさんの場合、65才から5年間繰り下げて70才で年金を受給した場合、42%増額されることになります。65才で受給したときと比べてどうなるのでしょうか。
増額率をもとに年金受給額を算出すると、81才を超えて長生きすれば「繰下げ受給」のほうが得することになります。
受給時、配偶者や子がいる人は年金が加算される
厚生年金の加入期間が20年以上ある人が、65才到達時点で、その人に生計を維持されている65才未満の配偶者、または一定の子がいるときに、「加給年金」が加算されます。
なお、生計を維持されている配偶者や子の年収にも要件があります。
加給年金は、一種の家族手当のようなもので、配偶者の加給年金額は、令和6年4月から40万8,100円が上限となっています。
仮に、Aさんが65才から老齢厚生年金を受給する場合、8才年下の奥様のBさんが65才になるまで加給年金受け取れるので、約320万円が加算されることになります。
なお、加給年金は、繰り下げ中(年金を受け取っていない期間)は、受け取ることができないので注意する必要があります。
60代Aさんが年金は65才から受給を決意した5つの理由
Aさんは、老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方とも65才から受給することを決めました。
理由としては、老齢厚生年金を繰り下げた場合、【1】加給年金がもらえなくなる。【2】元気なうちに年金をもらいたし、もしかしたら、年金をもらえずに亡くなるかもしれない。【3】年金額が増えても、税金や社会保険料も増え、実質の手取りは同じだけの増加率にはならない。【4】所得が増えると医療保険等の自己負担額が増える可能性がある。【5】Aさんが亡くなった場合、妻が受給する遺族厚生年金には、繰り下げによる増加分は反映しない。
こうした理由から、繰り下げ受給は選ばなかったそうです。
年金受給を繰り下げるか?【まとめ】
65才からの公的年金の受給では、「老齢基礎年金と老齢厚生年金を65才から受給する」「老齢基礎年金または老齢厚生年金のどちらか一方を繰り下げる」「老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方とも繰り下げる」のパターンが考えられます。
繰り下げをした場合のメリット・デメリットを年金事務所で確認したうえで、親の介護や相続、ご自身の老後の生活設計を総合的に検討してみてはいかがでしょうか。
※参考/日本年金機構
https://www.nenkin.go.jp/