80代の母が補聴器を拒否する!実例に学ぶ声かけのコツ「孫の意見なら聞くケースも」【専門家が教える難聴対策Vol.3】
聞こえにくくなっているのに、なかなか補聴器をつけてくれない――高齢の親やパートナーにイライラが募る…。そんな悩みを抱えている人もいるのではないでしょうか? 認定補聴器技能者で補聴器専門店の代表を務める田中智子さんが、補聴器の活用に前向きになれる会話術を考察。実例をもとに、おすすめの会話術を紹介する。
教えてくれた人
認定補聴器技能者・田中智子さん
うぐいす補聴器代表。大手補聴器メーカー在籍中に経営学修士(MBA) を取得。訪問診療を行うクリニックの事務長を務めた後、主要メーカーの補聴器を試せる補聴器専門店・うぐいす補聴器を開業。講演会や執筆なども手がける。https://uguisu.co.jp/
高齢の母(80代)が補聴器を受け入れてくれない
「母に補聴器をつけてほしいんですが、1週間に人と会うのは1日しかないし、テレビを観るより本を読んでいる方が楽しいからとか言って、なかなか行動に移せません」
先日、聞こえが悪くなった80代のお母さまをもつ娘のAさん(50代)から相談のメールを頂きました。
このように、ご家族は「補聴器を付けて欲しい」と思っているのに、ご本人が補聴器に抵抗を感じるケースは多いんです。ご本人は、「私はまだ聞こえているから、補聴器をつけるほどではない」「補聴器は高そうだし、まだ大丈夫」などと、何かと理由を並べて拒んでいるといったお悩みをよく聞きます。
私自身、補聴器専門店にいらっしゃるお客さまや、仕事でお会いするシニア世代のかたとお話しをしていて日々感じているのは、補聴器をつけている人はみなさん若々しく、はつらつと過ごされていらっしゃるということ。
逆に、聞こえづらいまま過ごされているかたのほうが、年老いている印象かもしれません。聞こえにくいことで知らず知らずのうちに人と話すのも億劫になり、社会との交流を避け、中には家に閉じこもりっきりで誰とも話をせず一日が過ぎていく。そんな生活を送られているかたもいらっしゃるのではないでしょうか。
そうしたお悩みを聞くにつけ、補聴器をつけて、何気ない会話を楽しんだり、積極的に社会と交流したりできる生活になればいいのになぁと思うのです。
そこで今回は、補聴器をためらう人にどのように声をかけたらいいのか、本人に納得してもらい補聴器購入に踏み出すための、会話のコツを考えてみたいと思います。
補聴器をつけたときのメリットを伝え会話を増やす
まず、冒頭のAさんのケース。お母さんに伝えて欲しいとアドバイスしたのが以下の会話です。
「補聴器をつけないでこのまま放っておくと、どんな生活になると思う?」「補聴器をつけると、どんないいことがあると思う?」
こうした質問を娘さんからお母さまに投げかけていただくことで会話が生まれます。
そして、お母さま自身も、補聴器装着について、「迷っているけど、ひとりで心の中で考えているだけでは、どうしたものか、堂々巡りになっている」。そんな状況から、ご自身で言葉を発し、会話を重ねていくことで、徐々に心境が変化し「前向きに取り組んでみようかな」と気持ちが変化していくと思います。そんなアドバイスをさせていただきました。
ほかにもいくつかの声かけ方がありますので紹介していきましょう。
【1】きっかけ誘導作戦
何事も“きっかけ”が大事だと思うのです。昔の刑事ドラマで口を割らない犯人に取り調べの刑事さんが“かつ丼”で涙を誘い自白させるみたいな(笑い)。
これまでにお客様から伺ったエピソードの中から、きっかけ誘導作戦となる会話をご紹介します。
「病院でお医者さんのお話が聞きづらいって言ってなかった? 補聴器を試してみない?」
「来週、相続についての大事な話し合いがあるから、その時だけ付けられるようにちょっと補聴器を試してみようよ」
こうした医師との会話や大事な用事をきっかけにして、提案してみるのがいいと思います。お子さんが親御さんを誘って、補聴器店に一緒に来ていただくことが多いんですよ。
また、「まずは、聴力だけ測りに行ってみない?」と、シンプルに聞こえの具合を知りに行くというのも意外に有効です。
注意すべきポイントは、娘さん・息子さんも同行すること。聴力測定結果のご説明や、補聴器の取り扱い方などもお伝えするので、ご本人だけでは一度で覚えきれない内容も多いです。ご家族が一緒に聞いてくださると安心です。
【2】孫作戦
「おじいちゃんともっと話したいから、補聴器を使ってみてよ」(孫)
「この前、B子(孫)がおばあちゃん、よく聞こえてないのかなって心配していたよ」(娘)
お孫さんがいらっしゃる場合、この作戦はなかなか有効です。お子さんから聞こえの悪さを指摘され、補聴器をすすめられると角が立つという場合でも、お孫さんからの指摘は素直に受け入れるというケースはよくあるんです。
補聴器の購入後、お孫さんと会話をするために装着を欠かさなくなったという人もいて、孫効果はあなどれません
【3】費用対効果作戦
「補聴器は高いから」と費用の面でためらっている場合には、お金の話をするのもひとつの方法です。
聞こえにくいことをそのまま放置していると、人との会話や外出が減って健康面も不安ですし、認知症なども心配になります。「もし介護が必要になったら?」。補聴器の検討を、お金のお話と絡めて提案してみる方法もあります。
先日参加した補聴器メーカーのセミナーで、ある耳鼻科医の先生が、補聴器をすすめるときは「認知症になったときの費用」と「補聴器の費用」を比較して伝えている、とおっしゃっていました。
ちなみに、生命保険文化センターの調査※によると、介護にかかった費用は、住宅改造や介護用ベッドの購入費など一時的な費用の合計は平均74万円、月々の費用が平均8.3万円となっています。
補聴器の相場は片耳15~30万円程度。介護費用と比べて高いと感じるでしょうか?
※生命保険文化センター「介護にはどれくらいの費用・期間がかかる?」
https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1116.html
時にはぶつかることも必要
補聴器は購入するまでのハードルもありますが、つけてから慣れるまでに時間を要することもあり、ご本人の中である程度の覚悟が必要だと思います。補聴器をめぐって、親子で何度もケンカをしながら、乗り越えたというご家族もいらっしゃいます。
親子で本音をぶつけ合ってケンカになってしまった。そういうお話を聞くと、「ああ、どちらも本気で補聴器をつける生活に取り組んでくださっているんだな」と思い、嬉しくなります。
ケンカになるということは、ご本人も「補聴器をつけたら生活がよくなる実感はあるけど、なかなか受け入れられない」という状態で、ご本人の中で葛藤が生まれている状態だと思います。
受け入れたくない気持ちが100%なら、ケンカにすらならないはず。ケンカになったということ自体、補聴器活用におけるスタートラインに立てた、ということかもしれません。
この場合、ご家族には「一度言い合いになってしまったら、“しばらくは見守る”という姿勢にシフトしてください」とお伝えしています。
しばらくすると、「補聴器を見に行ってみようかな」(すでに購入されている場合は「いつの間にかつけていた」)などと気持ちに変化があります。
お子さんに「勉強しなさい」とガミガミ言ってもそのときは勉強しなくても、少し放っておくと自分で机に向かうようになった。そんな状況と似ているかもしれません。
補聴器を受け入れていく環境作りや土台作りは、ご家族だけで抱えずに、補聴器専門店の専門家と一緒に二人三脚でやっていくほうが成功しやすいと考えています。
楽しく生きるために補聴器に頼って
地域包括支援センターで開かれた「聞こえ」に関する講演会に講師として招かれたとき、冒頭の挨拶でセンターのかたが、地域住民の人たちに呼びかけていた言葉が印象的でした。
「みなさんせっかく長生きしているんだから、これからは楽しく生きなきゃ!そのために会話は必要だと思いますよ。補聴器で会話ができるようになるなら、こんなにいいことはない。補聴器なんて、と思わずにどんどん頼ったらいいと思います」
特に「これからは楽しく生きなきゃ!」という呼びかけには、皆さんウンウンと強くうなずいていらっしゃいました。
ご家族だからこそかけられる思いや言葉があるはずです。ぜひ、楽しい人生のために、補聴器をおおすすめしてみてください。
★うぐいす智子先生のワインポイントアドバイス!
補聴器をためらうかたを前向きな気持ちにさせるポイントは、ご本人の特性(孫が好き、お金に敏感など)を見極め、適切な声がけをすること。声がけ次第で気持ちが変化していくことも!
取材・文/立花加久 イラスト/奥川りな
●聞こえにくいと感じたら「便利なアイテムで聞きやすくする工夫を」【専門家が教える難聴対策Vol.1】
●そんなに違いがないと思っていませんか?【補聴器と集音器】「実は全然異なる」そのメリット・デメリットを解説【専門家が教える難聴対策Vol.2】