倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.16「今も後悔している”もつ鍋”の話」
漫画家の倉田真由美さんが15年連れ添い、一度もケンカをしたことがなかったという夫・叶井俊太郎さん。最愛の人が亡くなって1か月が経ち、思い出を探す日々。「あの時こうすればよかった」。そんな後悔にまつわるお話だ。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。お笑い芸人マッハスピード豪速球のさかまきさん原作の介護がテーマの漫画『お尻ふきます!!』(KADOKAWA)ほか著書多数。
夫の叶井俊太郎さんとのエピソードを描いたコミック『夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』 『夫の日常 食べ物編【1】: すい臓がんになった夫との暮らし』は現在Amazonで無料で公開中。
昔のガラケーが息を吹き返した
夫がいなくなって1か月以上経ちましたが、まだなかなか彼がいないことに慣れません。現状人に会うことも少ない毎日なので、独りで思い出にばかり浸ってしまいます。
先日は昔のガラケーを引っ張り出して通電してみました。10年以上眠っていたガラケーが息を吹き返し、画面が明るく光った時はホッと胸を撫でおろしたいような気持ちになりました。操作の仕方をなかなか思い出せず四苦八苦しましたが、なんとかアルバムを見ることができました。
40代前半だった頃の夫のいきいきとした笑顔、そしてそれを撮影したのは間違いなく私。やっぱり自分が撮影した写真は、埋もれていても必ずその場面が記憶のどこかにはあるので、懐かしさも感動も圧倒的です。
思い出を探っていると、「あの時こうすればよかったな」と後悔することもたくさん出てきます。もっといろんなところに旅行に行けばよかった、とか。写真や動画ももっともっと撮ればよかった、とか。
彼の病気がわかってからは特に、「日々後悔がないようにしよう」と意識していました。
にも関わらず、「ああすればよかった」と今も心に残っていることはいくつもあります。中でも食べ物に関することは少なくありません。
夫が唐突に言った「もつ鍋が食べたい」
昨年、まだ比較的何でも食べられた頃、夫が唐突に「もつ鍋が食べたい」と言い出しました。私はもつ鍋が名物の福岡出身ですが、自宅で作ったことはありません。
「じゃあ、ネットで注文してみようか。せっかくだから、値段気にせず美味しそうなのを」
「いいね」
ということで、いろいろ吟味してもつ鍋セットを注文してみました。
「今までもつ鍋なんてあんまり食べてないし、特に好物でもないよね?」
「うん。でもなんでか急に食べたくなった」
じゃあ、来るの楽しみだね、と到着を待っていました。ところが数日後の夜中、棚の上に置きっぱなしになっている段ボールがあることに気づきました。表示を見ると「もつ鍋セット」「クール便」の文字が。
「もつ鍋来てるよ!? 冷蔵庫に入れないとダメなやつ!」私が声を上げると、「あ、そうなの?」と夫。ちょうど私が出かけていた昼頃夫が受け取り、そのままになっていたようです。もつ鍋セットはすっかり常温に戻っており、もう食べられません。
「あーあ、もったいない」とブツクサ言う私に、「クールって気づかなかったわ」と悪びれない夫。仕方がないのでもつ鍋はまた改めて注文しよう、ということになりました。
でも、改めて注文することはありませんでした。直後に注文しなかったので忘れてしまったんです。
夫もそれ以来、「もつ鍋が食べたい」と言わなかったのでしばらく思い出しませんでした。かなり経って「そういえば」と思い立ち、夫に「もつ鍋頼もうか」と聞きましたが、その時にはもう食べたくなくなっていたようで「いらない」と言われてしまいました。
あの時、もつ鍋を捨ててすぐにまた注文すればよかった。なんとなく、直後に買う気になれなかった。未開封のまま捨てるという行為が腹立たしく悔しかったけど、そんなこと関係なくもう一度購入すればよかった。
「もつ鍋が食べたい」という夫、いつでも食べらるわけじゃないのにその時に食べさせてあげられなかったこと、今もとても後悔しています。
倉田真由美さん、夫のすい臓がんが発覚するまでの経緯
夫が黄色くなり始めた――。異変に気がついた倉田さんと夫の叶井さんが、まさかの「すい臓がん」と診断されるまでには、さまざまな経緯をたどることになる。最初は黄疸、そして胃炎と診断されて…。現在、本サイトで連載中の「余命宣告後の日常」以前の話がコミック版で無料公開中だ。
『夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』
『夫の日常 食べ物編【1】: すい臓がんになった夫との暮らし』