「高齢の母の認知症が心配。実家を売って介護費用にするにはどうすればいい?」FPが解説する親の財産管理方法「2つの選択肢があります」
親が認知症になった場合、親の財産から介護費用を捻出したくても、資産が凍結してしまい自宅の売買や預貯金が下ろせなくなってしまう。認知症が不安な80代の母親をもつ相談者の事例から、高齢の親の財産管理の方法についてファイナンシャルプランナーで行政書士の河村修一さんに解説いただいた。
この記事を執筆した専門家
河村修一さん/ファイナンシャルプランナー・行政書士
CFP(R)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、行政書士、認知症サポーター。兵庫県立神戸商科大学卒業後、内外資系の生命保険会社に勤務。親の遠距離介護の経験をいかし、2011年に介護者専門の事務所を設立。2018年東京・杉並区に「カワムラ行政書士事務所」を開業し、介護から相続手続きまでワンストップで対応。多くのメディアや講演会などで活躍する。https://www.kawamura-fp.com/
親が元気なうちに考えておきたい財産管理方法
令和4年の国民生活基礎調査の概況によると、介護になる主な原因は、認知症が第1位となっています。また、2025年には認知症の患者数は約700万人と、高齢者約5人に1人が認知症と予測されています。
そこで気になるのが、高齢の親の財産管理の問題。認知症になった場合、親の財産を介護費用に充てたいと思っても、本人名義の財産を子供が引き出したり売却したりすることができなくなるのです。
・介護が必要となった主な原因の構成割合
脳血管疾患(脳卒中)…19.0%
心疾患(心臓病)… 4.5%
悪性新生物(がん)…3.1%
呼吸器疾患…1.7%
関節疾患…5.4%
認知症…23.6%
パーキンソン病…4.3%
糖尿病…2.8%
視覚・聴覚障害…0.9%
骨折・転倒…13.0%
脊髄損傷…2.1%
高齢による衰弱…10.9%
その他…6.5%
わからない…1.3%
不詳…0.9%
参考/厚生労働省「令和4年・国民生活基礎調査の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/06.pdf
厚生労働省老健局「認知症施策の総合的な推進について」
https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000519620.pdf
相談事例:母の認知症が心配、将来実家を売却して介護費用に充てたい
50代の男性Aさんのご相談です。お父様はすでに他界され、お母様は80代前半で要支援、ご実家でひとり暮らしをされています。
お母様ご自身は、元気なうちは自宅を売却するつもりはなく、住み慣れた家で暮らすことをご希望されています。もしも認知症などになって施設に入った場合、実家を売却して介護費用に充ててほしいと息子のAさんに伝えているそうです。
しかし、最近Aさんは、お母様が物忘れっぽくなったような気がすると心配されているとのこと。
お母様が認知症などで判断能力がなくなった後では、お母様が所有者である自宅の売却はできないため、Aさんは、お母様が元気なうちに対策をしたいと、財産管理の方法について相談にいらっしゃいました。
親が元気なうちに財産を子供に託すには、「家族信託」と「任意後見制度」の2つの選択肢があります。それぞれ解説していきましょう。
家族信託とは?
家族信託とは、家族による財産管理の方法のひとつです。自分で財産が管理できなくなったときに、その財産を自分が信頼できる家族に託し、あらかじめ定めた信託目的に従って、管理・処分等を任せる仕組みです。
たとえば、高齢の親御さんが認知症などで判断能力がなくなっても家族信託を結んでいると親御さんに代わって子供が、親御さんのために財産の管理・処分等を行なえるようになります。
なお、高齢の親御さんが認知症などで判断能力がすでにない場合は、家族信託を結ぶことができないので注意が必要です。
家族信託の仕組み
家族信託を結ぶのは、基本的に「委託者」「受託者」「受益者」の3者になります。なお、家族信託では委託者と受益者が同一人になることがほとんどです。
ご相談者の場合、委託者・受益者はお母様、受託者は息子さんとして、家族信託を結ぶことで、受託者である息子さんは、自宅を売却して介護費用に充てることができます。
家族信託の費用
家族信託を結ぶのにどのくらいお金がかかるのでしょうか。家族信託を組むときに初期費用としてまとまったお金(専門家への報酬を含めトータルで信託財産のおおよそ1.5%~2%)が必要になります。
例えば、信託財産が3,000万円の場合、推測による目安となりますが、おおよそ45万円~60万円が必要になります。
なお、家族信託は家族間の契約であるため原則、ランニングコストなどはかかりません。
任意後見制度とは
「任意後見制度」は、成年後見制度のうちのひとつです。
任意後見制度は、本人が認知症など発症する前に、将来、認知症などにより判断能力が低下した場合に備えて、財産管理や身上保護を代理してもらう人を予め選んでおく制度です。
任意後見制度の仕組み
任意後見制度は、ご自身で信用できる人に「本人の生活、療養看護および財産の管理に関する事務」について代理権を与える制度です。
なお、契約を結んだうえで任意後見開始のためには、必ず任意後見監督人の選任が必要となり、自宅の処分などをする際には、任意後見監督人の意向が関与してくる可能性があります。
任意後見制度の費用
任意後見契約は、公正証書で契約を締結する必要があり、専門家等に依頼すると報酬など含めて初期費用としておおよそ15万~30万円は必要になるでしょう。
また、ランニングコストとして、例えば、管理財産額が5,000万円以下の場合は、任意後見監督人への報酬が毎月1万円~2万円がかかり、長期化すれば経済的負担は増加します。
相談者Aさんの場合「家族信託」と「任意後見制度」の仕組み(まとめ)
「家族信託」
・委託者(お母様)…お母様は自宅などの財産管理を息子さんにお願いする
・受託者(息子さん)…息子さんはお母様のために自宅などの財産の管理や売却などを行なう
・受益者(お母様)…お母様は自宅等の財産から利益(住む権利や売却代金など)を受ける
「任意後見制度」
・委任者(お母様)…お母様は、本人の生活、療養看護や自宅など財産管理に関する事務について息子さんにお願いする
・受任者(息子さん)…息子さんはお母様のために療養看護や自宅の管理や売却などの事務を手続きを行う
・任意後見監督人…裁判所が選んだ第三者が任意後見人の事務を監督をする
※受任者は、任意後見契約を結んでから任意後見が開始されるまでは「任意後見受任者」と呼ばれ、任意後見が開始された後は「任意後見人」と呼ばれる
すでに認知症などで判断能力が不十分の場合は「法定後見制度」も
なお、成年後見制度には、もうひとつ「法定後見制度」というものがあります。こちらは、本人の判断能力が不十分になった後に、家庭裁判所によって選任された成年後見人等が本人を法律的に支援する制度になります。
法定後見制度は、親族等でない第三者が後見人等になる割合が約8
「家族信託」「任意後見制度」メリット・デメリットを考えて選ぶ
家族信託のメリットは、ランニングコストがないこと、自宅の売却や運用など自由度があります。デメリットは、最初にまとまったお金がかかることや身上保護に対応していない等です。
一方、任意後見制度のメリットは、家族信託に比べると初期費用が抑えられること。
デメリットは、任意後見監督人に対する毎月の報酬の支払いが発生することや、第三者が監督となるため、自宅の売却が円滑に進むのか等の問題もあります。これらは、任意後見監督人と協議・相談しながら進めていくことで解決できることもあります。
Aさんの場合は、将来母親の介護費用を捻出するために自宅の売却を考えていて、母親が元気なうちに「家族信託」か「任意後見制度」を検討されています。
介護期間は長期化傾向にあり、10年以上も続いている人も増えているなかで、ランニングコストを含めた総費用や自由度などを考慮すると、家族信託のほうがおすすめといえそうです。
※記事中では、相談実例をもとに一部設定を変更しています。
参考/成年後見制度・成年後見登記制度Q&A法務局
https://www.moj.go.jp/MINJI/minji17.html
成年後見人等の報酬額のめやす(大阪家庭裁判所大阪家庭裁判所堺支部 大阪家庭裁判所岸和田支部)
https://www.courts.go.jp/osaka/vc-files/osaka/2021nendo/kasai_koken/4_R40201_housyunomeyasu.pdf
※成年後見人等の報酬額のめやす(東京家庭裁判所東京家庭裁判所立川支部)
https://www.courts.go.jp/tokyo-f/vc-files/tokyo-f/file/130131seinenkoukennintounohoshugakunomeyasu.pdf