書評|元祖カリスマ書店員間室道子さんが読む『70歳のたしなみ』
坂東眞理子さんの新著『70歳のたしなみ』(小学館)が発売され、早くも重版が決まるなど、大きな話題となっている。
<70代といういのは新しいゴールデンエイジ──人生の黄金時代である>
人生100年時代の今、私たちが持っている人生観、年齢感覚を一変させる言葉で始まるこの本には、高齢期を迎える中高年の心に響く32のたしなみが綴られている。
本書に散りばめられた珠玉のメッセージを代官山 蔦屋書店のカリスマ書店員として知られる間室道子さんが読み解く。
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70歳がまだ先と思っている人にも読んで欲しい
まいりました、と本に向かって一礼したくなった。本書は坂東眞理子先生ご自身が70歳になるときに書き始められたそうで、とにかく今の年齢感覚、晩年意識を引っ繰り返したい、そのためには高齢者自らがイメージチェンジ、マインドチェンジをしていこう、と呼びかけている。
さらにすごいのは、胸のすく言い回しでこの国で起きていることがどんどん語られていくこと。
「オレオレ詐欺(振り込め詐欺)は息子や孫息子が中心で、娘や孫娘に成りすますケースが少ないのはなぜか」「シニア男性向けのメーキャップ用品は大きな潜在的マーケット」「健康は宝だが、生かす場がないと宝の持ちぐされ」など、今を読み解くビジョンが満載。
「70なんてまだまだ先」という方にもぜひ読んでいただきたい。
32のたしなみに共通するのは「なになに任せ」にしないということだと思う。たとえば「自分らしく」という言葉に隠された開き直りや甘えを先生は指摘する。数年前アニメ映画が大ヒットし、「ありの~ままの~」が流行ったが、「お気楽な妹がそばにいる中で特殊な能力を隠し、なおかつ一国のリーダーとなる運命を背負わされた姉姫の苦悩と解放」と日本の一般人の「あるがままでいいんだー」はまるで違うのである。
自分をコントロールせず「感情任せ」で誰かに不機嫌をぶつけるのは、正直に生きているのではなく単なる周囲への害、と坂東先生は一刀両断。
また、「人生100年時代」と言われて久しいのに「70歳に何ができる」という揶揄めいた視線は今もある。それを気にしてしまう人に向けて、先生は「もう」「今さら」「どうせ」の3つを禁句としている。自分の人生は自分で見つめよう。「世間任せ」にしてはいけないのだ。さらに「自然に任せ」という言い訳で身だしなみを気にしなくなってはいけない。「おしゃれは自分への励まし」というメッセージは素晴らしい!
日本の高齢者の輝く人生はこれからだ!
100歳を超えても医者として講演や執筆を続けた日野原重明先生、がんを患っても「病気になっても病人にはならない」をモットーに、77歳で亡くなるまで東日本大震災で被災した高校生の富士登山を支えた登山家の田部井淳子さんなどの著名人から、68歳で大学院に入学して勉強の面白さに目覚め、71歳で修士課程に挑戦した男性、「シリアの難民男性4人を1年間ホームステイさせ、自立を支援しようと思う」と先生に報告したカナダのご友人まで、生き生きした実例が登場。有名無名を問わず、1ページめくるたびに日本の高齢者の輝く人生はこれからだ、と前を向く気持ちになる。
大変そう、私にはそんな難しいことはできないな、と思う方は、あとがきにあるように、普段の生活に「美しい」「面白い」「素敵だな」を見つけることから始めたらいいと思う。私が思い出すのは、ある夏見かけた70代ぐらいのご婦人だ。暑い昼下がり、着物姿のその方は自動販売機でコーラを買っていた。なにげなく見ていると、彼女は白いハンカチをそっと缶の底に当てて取り出したのである。着物が高級だったかとか、お顔にアンチエイジングがほどこされていたかとか、いいおうちの奥様だったかなどはわからない。でも日傘を差した彼女の黒い影とコーラの赤い缶、真っ白なハンカチのコントラストが絶妙で、今でも「美しい人」と考えると、海外セレブや日本の若いタレントさん、女優さんたちより、あの方を思い出す。
たしなみとは自己主張ではない。平常心で発せられる言葉やしぐさ、考え方が、そばにいる者を感動させるのだ。1ページめくるたびに 日本の高齢者の輝く人生は これからだ、と前を向く 気持ちになりました 。
間室道子(まむろ・みちこ)/1960年生まれ。代官山 蔦屋書店(東京)で文学コンシェルジュを務め、"間室さんがオススメする本は動く"と言われる「元祖カリスマ書店員」。書評家としても知られ、雑誌への寄稿や文庫解説なども多い。