障がいをもつ母に禁煙を勧める娘の気持ちとやめたくない母の攻防 困った娘が講じた5つの対策
高次脳機能障害の母を幼い頃からケアしてきた元ヤングケアラーのたろべえさんこと高橋唯さん。いま1番悩んでいるのが母の喫煙にまつわることだという。火の不始末から火事も心配なので母に禁煙してもらいたいのだが、なかなかうまくいかないようで――。障がいをもつ母の禁煙対策について考察する。
文/たろべえ(高橋唯)さん
「たろべえ」の名で、ケアラーとしての体験をもとにブログやSNSなどで情報を発信。本名は高橋唯(高ははしごだか)。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。ヤングケアラーに関する講演や活動も積極的に行うほか、著書『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。 https://ameblo.jp/tarobee1515/
高次脳機能障害の母の喫煙問題
最近、母のケアをしているなかでの1番の悩みは「母の喫煙問題」だ。
母は結婚前から喫煙の習慣があったが、火の始末ができず、これまで布団やゴミ箱などいろいろなものを焦がしてきた。いつ家を火事にされるかと気が気ではないので、様々な策を講じてきたが、どれも失敗に終わっている。何かいい案はないものだろうか…。
1.禁煙できたらご褒美「アメとムチ作戦」
以前、母が私の車の中でタバコを吸って、吸い終わった後にタバコの火を消さずにカバンの中に突っ込んだことがあった。私がすぐにカバンからタバコを取り出して消火したので大事には至らなかった。
しかし、非喫煙者である私の買ったばかりの車の中でタバコを吸われて火事にされかけたことで無性に腹が立ったので、怒りにまかせて母が大切にしていたCDを没収し、
「禁煙できたら返すけど、できないなら捨てる!」と宣言した。
没収したCDは、母が普段上がってこない2階に隠していたが、結局、母は2階まで探しに来て「なんでそんなひどいことをするの!」と大暴れしただけで、禁煙はできなかった。
反対に、「禁煙できたら新しいCDを買ってあげる」と言ってみたこともあったが、母は「禁煙すること」と「なにかいいことや悪いこと」の2つを結びつけて考えることが難しかったようで、アメとムチ作戦は失敗に終わった。
2.禁煙外来
以前、母は投薬治療によってアルコール依存症を克服した経験があったので、投薬治療で禁煙もできるだろうという軽い気持ちから禁煙外来に連れて行っていた時期もある。
しかし、薬さえ飲めばいいというわけではなく、本人が自分の意思でタバコを吸わないようにするしか禁煙する方法はないらしい。母は禁煙のための薬を毎日服用していたが、同じくタバコも吸っていたので、禁煙外来の効果は全く見られなかった。
3.電子タバコ
火事にさえならなければいいので、電子タバコを買ってきたこともある。ところが、長年紙巻きタバコを吸ってきたので、電子タバコのカートリッジの交換や充電が習慣にならず、すぐに吸わなくなってしまった。現在、使い捨ての電子タバコで使いやすいものがないか探している。
4.母にタバコを売らないよう、近所の店に頼む
そもそも母は自分でタバコを買ってきている。とはいえ、タバコを買いに行かせないために、家から出さないようにすることや、母にお金を渡さないようにすることは、人権的に問題があるような気もする。
母が徒歩で行けるスーパーやコンビニの店員に「母が来てもタバコを売らないようにしてほしい」と頼んでみようかとも思ったが、母は自分の思い通りにならないと大騒ぎになってしまうので、近所の店でトラブルを起こされるのもよくない。
5.主治医に相談してみた
主治医にも相談してみたが「本人にお金を渡さないと万引きしてしまうケースもあるし、店に迷惑をかけてしまうことも勧められない。
それにいつも通りの方法でタバコが手に入らないとわかると、どうにかして手に入れようとしてなにをするかわからない」と言われて、納得するほかなかった。
母の「愚行権」どこまで認められる?
母自身は、まったく禁煙する意思がない。
禁煙外来の医師や物忘れ外来の主治医に「娘さんも火事が心配だから」「健康にもよくないですよ」などといくら言われても、「私は禁煙したくないのに!」と言い返していた。
他人から見れば愚かな行いであっても、本人が満足し周囲に迷惑をかけていないのであれば邪魔されない権利のことを“愚行権”※という。
以前、職場の研修で「人間誰しもに愚行権が保障されている」と聞いたことがある。私自身も、スマホゲームへの課金やダイエット中の間食など、ありとあらゆる愚行の数々が思い当たるが、たしかに誰かにとがめられたことはない。
喫煙も本人が健康を害するだけならば愚行権で保障された権利といえる。しかし、母の場合は、火の不始末によって私が安全に暮らす権利を侵害しているので、愚行権は行使できないのでは?とも思う。
もし仮に、私が母と一緒に住まないという選択をすれば、私が安全に暮らす権利は守られる。しかし、家が火事になったときには、母ひとりでは対応できないので、結局はタバコをやめるか電子タバコに代えるしかなさそうだ。
※愚行権/英国の思想家ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』(1859年)で論じられた概念、思想。
お互いの意見をどこまで尊重すべき?
喫煙に限らず、外出や金銭管理に関しても、どこまで本人の意思を尊重すべきか正解はない。
今回のタバコの件のように人に相談しにくいことだったり、もし相談したとしても結局考え方は人それぞれだったりすることから、どうすればいいのかひとりで悩んでしまうケアラーも少なくないのではないだろうか。
過去には母親のケアをしていた息子が、母がタバコの本数や水を飲む量などのルールを守らなかったことをきっかけに、母への暴行を繰り返して死亡させてしまうという痛ましい事件も起きている。
最終的な決定は自分で行うしかないが、それでも誰かに悩んでいることを話したり、自分の話はできなくても他の家庭ではどうしているのか情報収集をしたりすることで、ケアのことをひとりだけで考えないようにする工夫が必要だ。
ヤングケアラーに関する基本情報
言葉の意味や相談窓口はこちら!
・ヤングケアラーとは
日本ケアラー連盟https://youngcarerpj.jimdofree.com/による定義によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子どものことを指す。
・ヤングケアラーの定義
『ヤングケアラープロジェクト』(日本ケアラー連盟)では、以下のような人をヤングケアラーとしている。
・障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている
・家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている
・障がいや病気のきょうだいの世話や見守りをしている
・目を離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている
・日本語が第一言語でない家族や障がいのある家族のために通訳をしている
・家計を支えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている
・アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している
・がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている
・障がいや病気のある家族の身の回りの世話をしている
・障がいや病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている
・相談窓口
・厚生労働省「子どもが子どもでいられる街に。」
児童相談所の無料電話:0120-189-783
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/
■文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」:0120-0-78310
https://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm
■法務省「子供の人権110番」:0120-007-110
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html
■東京都ヤングアラー相談支援等補助事業 LINEで相談ができる「けあバナ」
運営:一般社団法人ケアラーワークス
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