施設で暮らす母が「テレビを壊した!」「夜中に大声を出す」困った事態にヤングケアラーの娘が抱える葛藤と対策
高次脳機能障害の母のケアを幼い頃から担ってきたヤングケアラーのたろべえさんこと、高橋唯さん。先日NHKのEテレで放送された番組『toi-toi』に出演し、母を施設に預け、自分の人生を生きることへの葛藤を語り、反響を集めていた。そんな中「家に帰りたい」という母の施設生活も3か月が過ぎたある日、「テレビを壊してしまった」と連絡が来て――。
執筆/たろべえ(高橋唯)さん
「たろべえ」の名で、ケアラーとしての体験をもとにブログやSNSなどで情報を発信。本名は高橋唯(高ははしごだか)。1997年、障害のある両親のもとに生まれ、家族3人暮らし。ヤングケアラーに関する講演や活動も積極的に行うほか、著書『ヤングケアラーってなんだろう』(ちくまプリマー新書)、『ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護』(生活書院)などで執筆。 https://ameblo.jp/tarobee1515/
母の施設入所後に知った「居住地特例」制度
筆者の母は、9月から障害者入所施設で生活している。11月に正式に入所手続きを終えたが、まだまだ細々とした、やらなくてはいけないことをこなしている日々だ。
母の暮らす施設は自宅から車で2時間半ほどのところにある。入所すると住んでいる市町村も変わることになるが、障害福祉サービスには「居住地特例」という制度があり、施設がある市町村の財政負担を軽減するために、入所前の市町村がサービスの支給決定をするらしい。
筆者はてっきり、これから母に関する手続きをする際には施設のある市の窓口まで出向かなくてはいけないと思っていたので、こちらとしても負担が減ってありがたい。
さらには、障害福祉サービスに限らず、入所後は母にかかわるほとんどの手続きは施設が代行してくれるらしい。というわけで、さっそく郵便局に行って母宛の郵便が自宅ではなく施設に届くように転送サービスの申請書を記入してきた。
その後、母に関する書類の中で再発行したいものがあったので、その手続きに行ったところ、本人確認の関係で受け取る際に転送サービスが使えないことが判明し、慌てて郵便局に戻りポストに投函してしまった申請書を取り出してもらった。後日、再発行した書類を受け取ってから、転送サービスの申請書を提出し直した。
そんなハプニングもありつつも、ようやく、書類準備や手続き関係は一段落した。
母から電話「テレビ壊しちゃったの」
施設で利用している家具や小物も今のところ借り物が多いので、母の物を準備していかなくてはならない。そうは思っていたものの忙しさにかまけてなかなか準備できずにいたところ、母から電話があった。
「あのね、テレビ壊しちゃったの。施設の人から電話が来ると思う」
母のことだから、リモコンの操作がうまくできないことを壊したと言っているのかな、とも思ったが、翌日、施設の職員さんから電話が来て、本当に画面にヒビを入れて壊してしまったと伝えられた。
さらに何日か後、また母から電話があり、今度はCDプレーヤーを壊してしまったとのこと。そして、テレビとCDプレーヤーを持っていく旨を施設に連絡すると、「実はベッドの柵も壊してしまわれまして…」と言われ、ベッドも急いで購入することになった。
どんな風にして、どんな想いがあって、母がいくつものものを壊してしまったのかわからない。しかし自分の部屋でテレビを観られないと、本人も落ち着かないだろうということで、テレビはなるべく早く準備する必要があったが、筆者は予定が立て込んでいたので、父に買って持っていってもらった。
夜間に大声を出す母に「睡眠薬を…」
昨年の11月に入所の手続きに行った時も母の顔は見ずに帰ってきたが、父はテレビを届けた際、母には会わずに帰ってきた。筆者も父も3か月以上、母に会っていない。
父が職員さんに聞いてきた話によると、家にいたときと同様に夜間に大声を上げていて、それで目が覚めてしまう入所者さんもいるので、母に睡眠薬を飲んでもらうことになったとのこと。
夜にぐっすり眠ることは望ましいことだし、他のかたにも迷惑をかけないように過ごしてほしい。しかしながら、母としては聞いてほしいことがあって大声を出しているのだろう。母にとって、自分の訴えに向き合ってくれる人と出会うことは本当に難しいことなのだと思う。
母は過去にアルコール依存症を治療していたこともあった。
母は断酒のための薬を飲んでいたが、当時、筆者は中学生ながらに「なにかに依存してしまう原因があるはずなのに、そこに向き合わずにただお酒さえ飲まなければそれでいいのだろうか」と思っていた。
結局、子どもの自分には何もできず、歯痒い思いをしていた記憶がよみがえってきた。大人になってもなお、自分は無力で、母の思いをわかってあげることも、楽にしてあげることもできずにいる。
「母の顔を見に行くか行かないか」の葛藤
もうそろそろ、母の様子を見に行ったほうがいいだろうとは思っている。でも、母に本人が望まない生活をさせておいて、自分だけ楽になった筆者は合わせる顔がないとも思う。
もういっそこのまま会わずに、娘がいたことは忘れて新たな生活を楽しんでほしい気もするし、まだ筆者にできることがあるのではないかという気もする。
これまで年末年始が近づくと、デイサービスが休みの間、どうしたらなるべく平和に過ごせるか頭を悩ませていた。もう今年はその心配はしなくてもいいのに、まだまだ晴れやかな新年を迎えるのは難しそうだ。
ヤングケアラーに関する基本情報
言葉の意味や相談窓口はこちら!
■ヤングケアラーとは
日本ケアラー連盟https://youngcarerpj.jimdofree.com/による定義によると、ヤングケアラーとは、家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18才未満の子どものことを指す。
■ヤングケアラーの定義
『ヤングケアラープロジェクト』(日本ケアラー連盟)では、以下のような人をヤングケアラーとしている。
・障がいや病気のある家族に代わり、買い物・料理・掃除・洗濯などの家事をしている
・家族に代わり、幼いきょうだいの世話をしている
・障がいや病気のきょうだいの世話や見守りをしている
・目を離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている
・日本語が第一言語でない家族や障がいのある家族のために通訳をしている
・家計を支えるために労働をして、障がいや病気のある家族を助けている
・アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している
・がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている
・障がいや病気のある家族の身の回りの世話をしている
・障がいや病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている
■相談窓口
・こども家庭庁「ヤングケアラー相談窓口検索」
https://kodomoshien.cfa.go.jp/young-carer/consultation/
・児童相談所の無料電話:0120-189-783
https://www.mhlw.go.jp/young-carer/
・文部科学省「24時間子供SOSダイヤル」:0120-0-78310
https://www.mext.go.jp/ijime/detail/dial.htm
・法務省「子供の人権110番」:0120-007-110
https://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken112.html
・東京都ヤングアラー相談支援等補助事業 LINEで相談ができる「けあバナ」
運営:一般社団法人ケアラーワークス
https://lin.ee/C5zlydz
