認知症への過度な配慮をしない― 東京都町田市に学ぶ「認知症の人と共生」の姿勢
国民の4人に1人が後期高齢者となる「超高齢社会」。当事者のみならず、その家族などを含めれば、すべての人が認知症と向き合わなければいけない時代がやってくる。
とはいえ認知症の人への過度な配慮が、かえって認知症への偏見を生み出すこともある。「認知症の人を特別視せずに共生する」ための取り組みをしているのが東京都町田市だ。町田市の高齢者支援を紹介する。
「認知症フレンドリー社会」が目標
「町田で生きる私たち」というYouTube番組がある。認知症の市民が、現在の暮らしを楽しむ様子が紹介されており、その姿は、私たちと何ら変わりがない。町田市の高齢者支援センターの1つである「医療と介護の連携支援センター」の長谷川昌之さんは次のように語る。
「認知症のかたと一緒に活動をしていて、困ったことはありません。竹林の伐採でも、私たちより格段にのこぎりの扱いが上手な人もいます。確かに、もの忘れや同じことを繰り返すこともありますが、生活できないほど深刻な問題にはなりません。『認知症の人は何もできない』という、世間の認知症に対するネガティブイメージが先行している気がします。認知症は、種類にもよりますが、ゆっくり進行するもの。診断された途端、生活ができなくなるわけではないんです」
先に紹介したYouTubeに登場する人たちが住む町田市は「認知症フレンドリー社会」を目標に、行政や企業、住民を巻き込んださまざまな活動を行っている。長谷川さんは推進者のひとりで、センターの仕事と並行し、認知症への偏見や誤解をなくすための活動に奔走している。
「現在、伐採した竹の活用法として、認知症当事者と竹灯籠(とうろう)やスマホスピーカー作りを行っています。彼らを講師としたワークショップも何度か開催し、年齢問わず好評です。その際、この活動が認知症の啓発イベントで、講師も認知症のかただと後からお伝えしています。そうすると、参加者は『えっ、そうなんですか』と驚きます。『認知症の人がドリルで竹に穴を開けるなんてできないと思っていたでしょう? でも、皆さん実際に教わりましたよね』と。認知症に対する偏見を変えるには、言葉で伝えるより、経験がいちばん効果的です」(長谷川さん・以下同)
市内の図書館や書店に認知症当事者の本を揃えている
「認知症は恥ずかしい」と思って本人や家族が隠すことも多い。しかし、隠すことは、当事者にもまわりの人にもメリットはないという。
「たとえば、あるサークルに通われている当事者さんが『サークルの仲間から“変な人”と思われているので、もう行きたくない』と言い出しました。聞けば、毎回止めてはいけない場所に自転車を止めるため、その都度まわりの人に注意されるのだそうです。あるとき、思い切って『自分は認知症なので忘れちゃうんだ』と告げたところ、意外にもあっさり『なんだ、だったら毎回教えてあげるから大丈夫』と言われたそうです。認知症だと告げることはハードルが高かったそうですが、行動に理由があったことで、まわりの人も納得できたのです。そのかたは、また元気にサークル活動に励んでいます。“困った人”は助けたくても、“困っている人”には手を差し伸べたくなるもの。理由も聞かずに遠ざけるのではなく、一緒になって考えられるようになるといいですね」
市内の図書館や書店には、「Dブックス」というコーナーがある。
「認知症かな? と思った人がまず調べるのは、インターネット情報か本なんです。書店に予防の本はたくさんありますが、認知症の疑いがある人が、いまさらそれを読もうとは思いませんよね。むしろ、『認知症になってもこんな生活ができるんだ』と知る方が、悩んでいる人たちの力になると思い、当事者のエッセイをそろえてもらっています」
また、某コーヒーチェーン店の一角を開放し、認知症に関する情報交換をし合う「Dカフェ」を定期開催したことも(現在は一時休止中)。
「地域に貢献するというこの会社の理念と一致することで、協力いただきました。全国に『認知症カフェ』はありますが、だいたいが医療機関や介護保険施設の一角でやっていることが多い。そこに一般の人が行きたいと思いますか? 誰もが日常的に使う場所で、普通に認知症の話ができる環境が大事。近くで聞いているだけでも、興味を持つきっかけになります」
小さな困り事でも「高齢者支援センター」(地域包括支援センター)に相談してほしい
厚生労働省は、2025年をめどに、高齢者が住み慣れた地域で自立した暮らしをまっとうするためのサービス体制「地域包括ケアシステム」の構築を推進している。
その最前線基地が、全国の市区町村にある「地域包括支援センター」だ。認知症や介護など、高齢者の暮らし全般に関する相談窓口で、医療や福祉機関をつなぐ役割を持つ。町田市では、対象者にもわかりやすいよう「高齢者支援センター」と名称を変えている。
「認知症のみならず、どんな小さなことでもいいので、お年寄りに関する困り事があれば、まずセンターに相談していただきたいのです。センターには、近所のコンビニエンスストアから『毎日牛乳を1パック買っていくおばあさんがいるんですが、大丈夫でしょうか』という相談があり、訪問してみると、案の定、未開封の牛乳がたまっていたことがあります。また、銀行からは『○○さんは通帳をなくしたと何度もいらっしゃるので、相談に乗ってあげてください』という連絡もいただきます」
“孤独死”を防ぐためにつながる環境を
町田に限らず、全国で町全体での見守り体制ができつつあり、その背景には「認知症サポーター」の存在もある。
2005年からは、厚生労働省が「認知症サポーター」の養成を開始し、介護関係者や企業、商業施設、銀行などの職場や学校で講座を行ってきた。これは、超高齢社会に向け、施設や家族だけでなく、地域で認知症の人々を支えていく必要があるためだ。
「認知症の種類や行動・心理状態、彼らとの接し方を学べるので、認知症を理解するためにもおすすめです。講座を受講すれば誰でもサポーターになれますが、適宜開催しているわけではないので、個人で受講したい人は、自治体の広報誌をチェックしてください」
長谷川さんによると、認知症の進行には「孤立」もかかわっているという。独居の高齢者にとって、どのように生活を維持すればいいだろう?
「65才以上なら高齢者支援センターに、65才未満は社会福祉協議会や市区町村に相談すれば、いろいろなサロン(交流の場)を紹介してもらえます。ラジオ体操や“玉すだれ”など実に種類豊富です。誰にも発見されずに亡くなる“孤立死”を防ぐためにも、サロンなどを利用して週に1度は誰かと定期的につながる環境をつくるといいですね。先ほどの牛乳の例のように近所のコンビニやスーパーでもいいんです。認知症は、重度より軽度の状態で地域に暮らす期間の方がずっと長い。彼らを支えてあげられるのは地域にいる皆さんしかいません」
認知症と共に生きる町は、結果的にすべての人と共に生きる町につながると長谷川さんは言う。誰でもそんな町に住みたいのではないだろうか。
※認知症には、主に「アルツハイマー型」「脳血管性型」「レビー小体型」の3種があり、それぞれ行動・心理症状が異なる。今回は最も多いアルツハイマー型をベースに紹介。
教えてくれた人
■町田市医療と介護の連携支援センター センター長・長谷川昌之さん/ケアマネジャー、地域包括支援センター相談員を経て創生会町田病院に勤務。在宅療養の支援や医療介護連携推進事業、「まちだDプロジェクト」などに取り組んでいる。
取材・文/佐藤有栄
※女性セブン2023年4月20日号
https://josei7.com/
●女優・秋川リサさん「認知症の母親の介護で追い詰められた」実体験に学ぶ介護の新常識