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最新作は80代、90代が主人公 内館牧子さんが高齢者小説を書き続ける理由

作家・内館牧子さんの「高齢者小説」シリーズ第4弾『老害の人』が早くもベストセラーになっている。『老害の人』の主人公・福太郎は、85歳。福太郎と“老害五重奏(クインテット)”を構成する吉田は90歳、その妻の桃子は87歳という設定だ。内館さんが書いてみたかったという世代、80代、90代を主人公にした最新作について、ロングインタビューをお届けする。

老人と若い人を激突させる物語を書きたいと思った

『老害の人』は、内館牧子さんの「高齢者小説」第4弾。『終わった人』に始まるシリーズは、累計100万部という人気作だ。

 主人公の福太郎はゲーム製作販売会社の元社長。社長職を娘婿に譲ったあとも週に1回は同居の婿と一緒に出社している。小説の中に「老害」の第1位が「昔の自慢話」、第2位が「世代交代に抵抗」とあり、福太郎は第1位と第2位を兼ね備えた「最強最悪」の「老害の人」である。

「自分は『余人をもって代えがたい』と思っている高齢者はたくさんいますし、『老害』について同じように感じる人は多いと思う。だけど老人が悲しい目に遭って負ける話にはしたくない。若い人たちの言うことはもっともだけど、老人にだって言い分はある。じゃあ両方を激突させる『活劇』として書けないか、と考えたんですね」

 福太郎の実の娘である明代はついに不満を爆発させ、「もうやめてよッ」と洗いざらい本音をぶちまける。現役世代の厳しい声を聞いた福太郎は、引き下がると見せて思いがけない反転攻勢に出る。

「年を取れば居場所がなくなったり、自分のアイデンティティーを認めてもらえなくなったり、頭数に入れてもらえなくなったりするじゃない? その悲しさを、若い人が『いずれ自分も』と想像できれば、少しは状況が変わってくると思うんですけど、自分自身の若いころを考えてみても、それはなかなか難しいんですよね」

80、90代を主役にした理由

 最初からシリーズ化する予定だったわけではなく、『終わった人』1冊のつもりだったそうだ。

「昔、三菱重工に勤めていたとき、社内報の取材でたくさんの定年者にインタビューしてきたんですね。『これからの人生が楽しみ』とか『ラッシュとおさらば』とか、みなさんおっしゃるんですけど、自分自身が年を取ると、あれは見栄だったんじゃないか、と気づいて。ラッシュさえも懐かしくなることがあるんじゃないかと思ったんです。

 東大を出たエリートも、貧しくて上の学校に行けなかった人も、定年という着地点では似たりよったりである、というのが『終わった人』で書きたかったことです。あんなに読んでもらえるとは思わず、映画にもなって、天下の舘ひろしさんが演じてくれるなんてね」

 ちなみに、第2作『すぐ死ぬんだから』の78歳の主人公は、テレビドラマで三田佳子が、第3作『今度生まれたら』の70歳の主人公は松坂慶子が演じている。

『老害の人』の福太郎は、85歳。福太郎と“老害五重奏(クインテット)”を構成する吉田は90歳、その妻の桃子は87歳と、シリーズの中でも一段、年齢が上がっている。

80代、90代が主役になることってめったにありませんからね。人生って短いな、一瞬だったな、と思うことがあって、父や母の世代に近い、この年代を書いてみたいと思いました。世の中を動かしているのは若い世代だけど、この人たちにしてみたらあの戦争を耐えて生き抜いて、がんばって税金も払って、若い人に苦労させたくない一心でやってきて、それがわからないのかという気持ちはあると思います」

 内館さんのお母上も、『終わった人』からのシリーズを楽しみに読んでおられたが、残念ながら、本作の原稿が書き終わったころ、本の刊行を待たずに亡くなられたそうだ。

反響が大きかった「孫自慢」に辟易する場面

 作者である内館さんの予想を超えて読者からの反響が大きかったのが、孫のいない明代が、友人の孫自慢に辟易する場面だという。

「世の中の人はこんなにうんざりしてるのか、ってびっくりしました。私自身もさんざん孫自慢を聞かされてきたんです。孫のいない人の前で、『孫なんていなくて正解よ、お金ばっかりかかるもの』とか褒め殺し? みたいに自慢する人、多いですね」

 もうひとつ、反響が大きかったのが、「ああ年取ったなァって一番感じるのは…欲がなくなること」という、福太郎の孫、俊が働く農園の、農園主夫人のせりふだ。

「年を取るってどういうことか想像できる?」という農園主夫人の質問に、俊が「体が動かなくなるとか、物忘れがひどくなるとか」と答えたあとに出てくる、実感のこもった言葉だ。

「欲がなくなったと言うと必ず、消極的だとか人生にギブアップしてはいけないだとか言う人が出てきますけど、そういうことではなくて、違う局面から自分を見直す、生き直すということだから、それで絶望的になる必要は全然ないと思います」

 内館さん自身ずっと、自分が年を取るという気持ちが持てなかったそうだ。転機になったのは60歳のとき、岩手の盛岡で具合が悪くなり、入院したことだ。心臓弁膜症だった。

「私は若いころ水泳部だったりヨット部だったりして健康で、自分が病気するなんて考えもしなかったんだけど、そのときはじめて、年を取るということについて考えましたね。おかげさまで回復して、その後はなんということもなかったんだけど、10年たつと不具合が出てきて息切れするようになり、手当てしてもらいました」

結末は決めずに書くのが恩師・橋田壽賀子からの教え

 小説に、福太郎たちが、新型コロナの緊急事態宣言をめぐり、一喜一憂する場面がある。コロナについては、もともと書くつもりはなかった。

「編集者が、『きっちりコロナと時代を組ませたほうがいい』と言ったんです。確かにコロナ前の自由に出歩けた状況に設定すると、今読むとなんだか嘘くさくなってしまう。書くと決めたら、このコロナ禍でとくに大変だったのは子供と老人なので、いろんなドラマが書けるな、と気づきました」

 思いがけない展開が次々、用意されている。いつも、結末まで決めずに書き進めていくそうだ。

「テレビドラマを書いているころからそうです。登場人物だって、明日のことはわからないで生きてるでしょ? これは、わが師橋田壽賀子の教えでもあります。私はいまだに手書きで、1章書くごとに編集者に渡して感想を聞きます。テレビにしても、最初の読者のプロデューサーが面白がってくれない限り、大勢の人が見てはくれませんから」

登場人物の趣味「俳句」は『プレパト!!』がきっかけ

 90歳の吉田の趣味は俳句で、妻の桃子が水彩画を描き、2人は共著で本も出している。どちらもなかなかひどく、なかでも吉田の鉄道俳句が絶妙におかしい。

「2人の趣味は何でもよかったの。素人が、自分のひどい講釈を語りたがる設定にしようと思って、ゴルフでも楽器でもよかったんですけど、夏井いつきさんの『プレバト!!』を欠かさず見ていることだし、鉄道の俳句を詠ませたら芭蕉よりうまいと思っているおじいさん、ということにしました」

 ちなみに内館さんは、かつて伝統ある「銀座百点」の句会に呼ばれたことがあるそう。「初場所」の題でつくった句が

「初場所や心の愛人北の富士」。

「その場にいる全員が絶句しました。1点入れてくれたのが、忘れもしません、中村獅童くんのお母さんです。北の富士さんの耳にも入って、『あなたすごい句つくってくれたんだってねえ』と言われてね」

小説には脚本違う難しさがある

 テレビドラマや映画の脚本、エッセイ、小説と、3通りの表現形態で活躍する内館さん。小説を読んでいても、せりふの面白さが際立つ。

 たとえば『終わった人』の冒頭、「定年って、生前葬だな」や、タイトルにもなっている『今度生まれたら、この人とは結婚しない』(『今度生まれたら』)も、ひとことで作品の芯をつかまえて示し、さすがと思わされる。小説を書くとき、内館さんが脚本とは違う難しさを感じることはあるだろうか。

「ありますよ。脚本と小説はまるで違うなと思います。脚本にも面倒くさいルールはありますが、全方位の視点から書けるのは書きやすい。小説を全方位から書くとなるとなかなかテクニックが必要になってきます。テレビドラマで鍛えられた私は、徹底してエンターテインメントとして書きたいし、時間を忘れて読んでもらいたい気持ちが強いですね。ドラマはやっぱり、みんなに見てもらいたいものですから」

 小説を彩る数々のエピソード。日常的にメモを取るわけではなく、なんでもない会話や疑問からふっと浮かんでくるそうだ。

『今度生まれたら』は、同級生との会話がヒントになった。

「私は、あのブーケトスっていうの? 何度拾ったかわからない。『次は牧ちゃんよ』って言われ続けて(笑い)。さんざんのろけて結婚していった人たちと久しぶりに会って食事したら、『今度生まれたら、今の夫とは結婚しない、パリでレストランを開く』『今度生まれたら、大学中退なんてしない』なんて言ってて、『あなたたち、現世はもういいわけ?』って。

 そのとき、ああ、今の私たちの年齢になると、微調整はできても、いちからやり直すのは難しいんだな。だったら、そのことを書きたいなあ、って思いましたね」

やっておけばよかったと後悔することは?

 ―― 内館さん自身には、やっておけばよかったと後悔することはありますか?

「ロンドンに住んでみたかった。3年でも4年でも、仕事を休んで。日本の地方都市にも魅力を感じてましたから、移転もできたはずなんです。私、大学院に行ったとき、仙台で暮らしたんですけど、とにかくめちゃくちゃ忙しかったし、土日は仕事で東京に戻っていたので、100%その土地で暮らした実感がないのね。腹がすわってなかった。後悔というと、そのことかな。

 横綱審議委員もやったし、相撲で修士論文も書いたし。大河ドラマも映画も書いた。東北で倒れたときも、結婚すればよかった、とか、子どもを産めばよかった、なんてことは、全然思わなかったのね。たぶん自分の環境が、それだけ面白かったということなんでしょうね」

内館牧子さんへの6つの質問

QuestionQ1 最近読んで面白かった本は?

『土を喰らう十二ヵ月の台所』(二見書房)。映画「土を喰らう十二ヵ月」の料理を担当した土井善晴さんと中江裕司監督の共著で、食べるというのはこういうことかと思いました。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?

嵐山光三郎さん。

Q3 座右の一冊は?

九鬼周造『「いき」の構造』。「いき(粋)」とは何か、色っぽさに意気地や諦めが入ってないとただの媚態になる、なんてことが書かれていて面白い。

Q4 最近見て面白かったドラマや映画は?

NHKの定点カメラで映す、『ドキュメント72時間』。市井に生きる人の息遣いが感じられます。

Q5 最近気になるできごとは?

 子供の虐待は最近に限らず、ずっと気になっています。実の親によるものが多くて、あんな非力な弱いものに、よくこんなことができるなとやりきれません。

Q6 息抜きのために何をしますか?

 相撲を見に行くのと、プロレスを見に行くのが好きですけど、コロナでそれほど人混みには出られなくなりました。今はベランダ園芸ですね。ハーブを植えたり、ジャガイモを植えたり。都会の小さなスペースで育てるのは楽しいですよ。『趣味の園芸』も毎月、読んでいます。

 そうそう、俳句の結社をつくりました。仲の良い編集者と食事していてあんまりおいしくて、みんなハイになってて。誰も俳句をつくったことがないのに、声をかけた人全員、「やる」って言って、歳時記を買いに走りました。「内館さん、夏井いつき先生にツテ
ないの?」「ないわよ」なんて言って(笑い)。結社の名前は「盆暮」。年2回開き、第1回の句会を12月に開く予定です。

教えてくれた人

内館牧子(うちだて・まきこ)さん/脚本家・エッセイスト・小説家

1948年生まれ。秋田県生まれの東京育ち。武蔵野美術大学卒業後、13年半のOL生活を経て1988年に脚本家デビュー。テレビドラマの脚本に『ひらり』『てやんでえッ!!』『毛利元就』『私の青空』『塀の中の中学校』『小さな神たちの祭り』など受賞作・話題作多数。小説に、本シリーズのほか『義務と演技』『週末婚』など、エッセイに『カネを積まれても使いたくない日本語』『男の不作法』『女の不作法』『消えた歌の風景PART1』『同 PART2』など多数。武蔵野美術大学客員教授、ノースアジア大学客員教授、東北大学相撲部総監督を務める。

撮影/浅野剛 取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2023年1月5・12日号
https://josei7.com/

●内館牧子さんインタビュー「日常から離れた講座を」

●内館牧子さんインタビュー 「年を重ねたからこそ」

●定年後の働き方と幸せな老後のための3つの条件「自分のペースで小さな仕事を」

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