正しい知識の有無が生死を分ける!?まっとうな「がん検診」の受け方
漫画家のさくらももこさん(享年53)、女優の樹木希林さん(享年75)、格闘家の山本KID徳郁さん(享年41)と著名人ががんで亡くなった報が相次いでいる。高齢者だけでなく、今、若い人にも増えているがん。早期に発見・治療するためにも検診が欠かせない。
そんな検診の重要性を力説するのが、医師の近藤慎太郎さん。7月に刊行された『医者がマンガで教える 日本一まっとうながん検診の受け方、使い方』(日経BP刊)では、罹患率が高い10種類のがんの検診にまつわる正しい知識を、楽しく読めるように得意のマンガを自ら描き、文章に交えて解説している。近藤さんに、改めて、検診の意義について聞いた。
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──今回、がんの「検診」に絞って書かれたわけは?
近藤さん(以下、敬称略):診療していて本当によく思うことですが、「がん」はどの段階で見つかったかが非常に重要なんです。特に私は消化器内科が専門で、胃がんや大腸がんを見つけて治療していましたが、早期発見できれば内視鏡だけで治療ができて、ほぼ100%元の状態に戻る方がいる一方、全く検診を受けていないし考えたこともない、ピロリ菌も聞いたこともない、そういう方もたくさんいました。田舎の病院で仕事をしていた時には、年配の方など、知識がないばかりにがんが非常に進行した状態で担ぎ込まれる方が後を絶たなかったんです。その“情報格差”を埋めることが必要ではないかと思い、啓蒙活動を始めました。
──情報格差を埋めるために、新著で工夫されたことは何でしょうか?
近藤:世の中には、がんに関して極端な意見が蔓延していますよね。センセーショナルで面白いからという理由で売れる本もあるのかもしれないですが、専門家の目から見ると客観性に乏しいものが非常に多いです。一方で、専門家が真面目に書いている本は、難しく読みにくい。その間に立つ、専門的な知識をわかりやすく伝える本があれば…と思い、マンガを多用したこの本を書きました。データをたくさん出して、なおかつ私はこう評価しています、こう解釈しますと客観と主観をきちんと併記することを特に意識しました。
──昔と比べ、検診は変化していますか? 最新の検診事情について教えてください。
近藤:今、自治体の検診自体も100点ではなく、いろいろ検査方法であったり運用であったり、まだまだ改善していかなくてはならないところは間違いなくあります。検診は、自治体の検診よりも人間ドックの方が手厚いですが、費用もかかります。さらに、人間ドックはオプション(選択肢)がたくさんあるので、どれを選んでいいかも普通の方はわかりませんし、そこが難しい。
その難しさを解消するために今回の本を書いたところもあります。たとえば、1回の検査で体中をチェックできると人気のPETや体の負担や時間のかからない血液がん検査、腫瘍マーカーなどいろいろな検査方法についても、有用である点と限界、メリット・デメリットを書きました。今、検診自体も過渡期というか、常に変化していると思います。たとえば去年くらいから検診に胃カメラが入ってきたように、タイムラグはありますが、本当に有用なものは最終的に自治体の検診に入ってくると思います。
──今は、バリウムをやらない傾向に変わってきたとも聞きました。
近藤:そうですね。バリウムも、やらないよりはやった方が絶対にいいと思いますが、たとえば、食道がんや胃がんの発見率は胃カメラの方が高いという報告が多く、胃カメラの方が選択肢として有用だと思います。ですが、胃カメラを受けに大きな街まで出てくるのが難しい農家のおじいちゃんおばあちゃんにとっては、検診車にバリウム検査の機械を積んで農村をまわるのはすごくいいことだと思うので、目的と場所に合わせてやっていくのがいいと思います。ただ、自治体の検診に胃カメラが入ってきたということは、今後緩やかに胃カメラに移行していくだろうと思います。
がん検診の意義
──高齢になると、あれこれせず寿命に任せるという考えの方もいますが、高齢者も積極的に検診を受けるべきでしょうか?
近藤:基本的には、個人の意向を優先するのがいいと思います。ただ、正しい知識や医療情報がないと、間違った判断をしてしまう。いちばん大事なことは、ちゃんとした知識の上で判断したかどうかだと思います。これだけやっておけば大丈夫だったのに、こんなに進行してしまったと後悔することが、いちばん避けてほしい事態です。
──積極的に受けるべきがん検診は?
近藤:一般論で言えば、肺がんや胃がんなど、患者さんの数が多いがんですね。あとは個人個人でリスクは違って、たとえばたばこを吸う人は肺がん、ピロリ菌がいる人は胃がん、お母さんが乳がんだった人は乳がんのリスクが高い。その人によって、どういったがんのリスクが平均より高い低いというのはあると思います。それぞれのリスクを認識して、特に注意するのがいいのではないかと思います。
──検診を受けるタイミングは? 兆候があって受けるべきか、全くなくてもマメに受けるのがよいですか?
近藤:基本的には、「がん検診」は自覚症状がある人が受けるものではないんですね。検診の目的は、何も症状がない段階でどれだけ早く見つけるか、ということです。小さければ小さいほど症状が出ないので、それを見つけるためには、全く自覚のない段階で積極的に受けていただいた方がいい。いきなり全身の検診を受けるのは難しいかもしれないので、5種類か6種類と限られている、自治体のがん検診から手始めにやっていただくのがいいと思います。
──何年おきかに人間ドックも受けた方がいいですか?
近藤:リスク因子次第で、たとえばピロリ菌がいたとか、胃炎がすごく強いとか、胃がんのリスクがすごく高い人は、胃カメラを毎年やった方がいいですし。一概にみなさんにひとつのルールを提示するのは難しいんです。
がんのリスクが高い人たちにがん検診が届いていない
──改めて、検診に対する近藤さんのお考えは?
近藤:そもそもがん検診は、受けることによって、がんによる死亡率が下がることが統計的に証明されているので実施されています。寿命を延ばす証明は、膨大な数の被験者が必要になるため難しいですが、がん全体の死亡率は、1985年に比べて20%下がっています。日本人の死因の1位はがんですが、それでも寿命が伸び続けていることも、早期発見・早期治療を含めたがん医療が結果を出していることになります。
小規模の会社や自営業の場合など、がん検診を受けていない人は多く、社会的に健康格差も広がっています。それが、がんなどの死亡率の減少効果を鈍くしている。これはがん検診に意味がないという理念の問題ではなく、運用上の問題です。胃がんも大腸がんも、きちんと健康管理していれば、本来は治るがんです。にもかかわらず、正しい医療情報を知らないばかりに、早期発見・治療できる人と、進行した末期がんで動けなくなって病院へかつぎ込まれる…大きな差が開いてしまうのです。
過剰診断により、さらに精密検査を受けて一定の時間、費用を失い、心理的・肉体的ストレスや、医療費を押し上げることにもなるという意見もありますが、境界病変は、発がんの可能性があるので、見つけることにはメリットがあります。がん検診は、将来的な医療費を抑える効果も期待されています。ですので、現状で合意がとれている知識を得た上で、自分で考えて「取捨選択」することが大事だと思います。
近藤慎太郎(こんどう・しんたろう)
プロフィール:1972年生まれ。医学博士医。北海道大学医学部、東京大学医学部医学系大学院卒業。日赤医療センター、東京大学医学部附属病院を経て、山王メディカルセンター内視鏡室長、クリントエグゼクリニック院長などを歴任。消化器の専門医として、数多くのがん患者を診療。年間2000件以上の内視鏡検査・治療を手がける。著書に『がんで助かる人、助からない人』(旬報社)。ブログ:『医療のX丁目Y番地』(http://blog.medicalxandy.com/)