がん闘病中の食事悩みをサポート レシピサイト「カマエイド」に込められた想い
「『がんになってしまった姉のために、私にもチャレンジできることがある』。当時の私にとって、一番大事だったのはこのことでした」。
がん患者と家族をサポートするためのレシピサイト『kama+aid(カマエイド)』(URL:https://kama-aid.com)を運営する門間寛修さん(34歳)はこう話す。門間さんはインタビュー中、“チャレンジ”という言葉を何度も使った。
がん患者の悩みに寄り添うレシピサイト
『カマエイド』には、がんを患う人が食べやすいように工夫された料理のレシピが800以上(2018年9月末現在)掲載されている。今、インターネット上にはさまざまな病気に特化したレシピサイトが数多く存在するが、『カマエイド』にはほかのレシピサイトにはない特徴と魅力がある。
その一つが、きめ細かさ。例えば「噛むのがつらい」「味がしない」「口内炎が痛くて食べられない」「肉のにおいが気になる」「ごはんのにおいが気になる」など、がん患者の悩みが26項目に分けて取り上げられ、それぞれに対応したレシピが用意されている。患者としても選択肢があれば自分の悩みを伝えやすいだろう。また、家族も「こうした悩みにはこう対応すればよい」とレシピを通じて患者の悩みや嗜好を理解できる。
全レシピが管理栄養士の考案によるものという点も大きな特徴だ。『カマエイド』は、大妻女子大学家政学部の川口美喜子教授をアドバイザーに迎えている。川口先生はこれまでがん病態栄養専門管理栄養士として、多くのがん患者に対して栄養アドバイスやメニュー提案をしてきた。現在、『カマエイド』では川口先生をはじめ、常時約10名の管理栄養士がレシピ開発に携わっている。
誰でも無料で活用できることも魅力の一つだ。門間さんによると、サイトユーザーの6~7割はがん患者の家族、2~3割が患者本人。病院や高齢者施設で働く医療関係者も利用しているという。
一般の人から専門家までが日々の食事づくりのために利用しているこのサイトは、どのように生まれたのか。サイト運営者の門間さんに聞いた。
100万人に1人のがんにかかった姉を支えた体験
門間さんは愛媛県松山市出身で、現在は独立して同市内で暮らしている。4年前、同じ松山市内に家族とともに住む7歳上の姉にがんが見つかった。罹患したのは100万人に1人といわれるほど珍しい副腎がん。発見されたときはすでにかなり進行していた。
最初はがん専門病院に入院したが、通院での抗がん剤治療に切り替えることを選択。家族みんなで話し合い、それぞれができることを探した結果、両親や義兄は姉や子供たちをケア、もう1人の姉はおもに身の回りの世話、門間さんの妻が食事づくりを担当することになった。
「私には何ができるか考えているとき、姉に1日の過ごし方を聞いてみたり、ほかのがん患者さんの体験談を調べたりしました。そうしたら、『食事の時間』は家族みんなで過ごす時間だし、自分たちにも何かサポートできるのではと感じました」
門間さんはインターネットや本でがん患者向けの料理を調べたり、病院で医者や栄養士さんに栄養相談をしたりと、がん患者の食事について学び始めた。そうしたなかで情報をどう解釈したらよいか、悩んだことがある。
「例えば、『○○をするとがんに効く』などの情報がよくあります。がん患者もその家族も藁にもすがる状態ですから、いつもなら『たった10%の可能性なら』とスルーするような内容でも、『10%も可能性があるのなら』と、気持ちが揺らぐことがあるんです。
食事に関する情報にもそういったものがたくさんありましたが、生活への負担が大きく継続できそうにはありませんでした。また、そうした情報は国立がん研究センターの『がん情報サービス』で推奨されているものでもないので、情報に追い詰められないために参考程度に考え、“食べる”ことを大事にしました」
がんになっても、特別な食事をする必要はないことも学んだ(※)。
「私は最初のうち、『糖尿病の方向けの食事』『高血圧の方向けの食事』などあるように、がん患者も特別なものを食べたり、避けたりしなければいけないと思っていました。しかし、がんの種類や治療方法などによって制限がある場合を除き、『無理をせず体の調子に合わせて』『食べられるものから食べる』といったように、がんだからといって、特別な食事をしなくていいんだと知りました」
レシピサイトも参考にした。
「インターネットで、味がしない(味覚障害)方向けのレシピなども見かけましたが、『○○だから味覚障害の方におすすめ』といったような補足があるとよりわかりやすいと感じました。このように、患者家族として感じたこともカマエイドの運営に役立てています」
残念ながら門間さんの姉は3年前に逝去した。しかし、このときに学んだこと、感じたことが『カマエイド』設立の原動力となった。
※がんの種類や治療の状況、ほかの病気と並存しているなどの場合は担当医や医療スタッフの指示に従ってください。
家族の「無力感」を何とかしたい
門間さんが『カマエイド』を立ち上げたのは2016年6月。レシピ数は次第に増え、2018年に入ってからの本格始動に伴い、ユーザー数は着実に伸びている。
「がん患者の家族という立場になって、私自身がいちばんしんどかったのは姉のために何もできない時期でした。その後、食事の面でサポートできることに気づき、『何とかチャレンジできている』という意識によって私は救われたと思っています。
がん患者のご家族はきっと、私が感じたような無力感に悩むことがあるはずです。そんなとき私たちの経験や学んだことを役立てていただけたら、姉が100万人に1人のがんを患ったことに対する自分なりの答えになるんじゃないかと思いました」
がん患者をサポートするのはもちろんのこと、「がん患者を支える家族」を支えたい。その気持ちが大きくなるなか、門間さんが思い出したのが「食事の時間は家族の時間」ということだった。
「治療に関してはドクターや専門家にお任せするのが最善の方法です。一方、家族は身の回りの世話と“食”はサポートできる。この2つのうち、食を通じたサポートを事業として成立させたいと考えました」
がん患者の食事を熟知した専門家との出会い
がん患者とその家族のために、本当に役に立つ情報を責任もって提供したいーー。その考えに共感してくれる専門家を探し、管理栄養士の川口先生に協力を得られることが決まった。
「川口先生はがん患者のためのレシピ本を出版されていて、そこには『味がしないときはこうするといい』など、具体的な工夫とともにその理由もしっかりと説明しておられました。それを読んで、こういう情報をインターネット上に掲載すれば、日本全国のがん患者とその家族の役に立つと確信したんです」
門間さんと川口先生が提供しているのは、がんが治る食事ではない。あくまで、がん患者とその家族を支えるためのレシピだ。そのため、『カマエイド』で掲載しているレシピはすべて、その理念に共感した管理栄養士が開発したもの。なかには病院や高齢者施設で働いた経験のある人もいて、これまでの経験から家庭での生活に役立つレシピを考案してくれるという。
「プロの管理栄養士さんのアイディアはとても興味深いです。例えば『味がしない』という悩みに対して、味を濃くするという方法もありますが、塩分の摂りすぎはほかの病気に影響する可能性もあります。そのような可能性も考慮して、具の一部だけ味を濃くするとか、スパイスを使って塩分を抑えるとか、いろんなアイディアを出してくれるんです」
料理にジュレ(ソースなどをゼリー状に固めたもの)を使うというアイディアも、門間さんを驚かせた。ジュレにすると、さらっとしたソースやめんつゆよりも舌にまとわりつき、味をしっかり感じられるため塩分を抑えられる。また、さっぱりしているので吐き気があるときも食べやすく、水分補給にもなる。
「こういうアイディアは一般家庭ではなかなか思いつきません。『カマエイド』を参考に、こういうプロのテクニックを取り入れていただき、患者さんの役に立ててもらえればと思っています」
「継続」することに意味がある
門間さんは、『カマエイド』を事業として成立させることにもこだわっている。収入がなければ、料理の実費や協力してくれる管理栄養士などの経費は賄えず、いつまで継続できるかわからないからだ。また、事業化すれば信頼を得やすいため、企業などに正式にアプローチして活動の幅を広げることもできる。
「これまで2年間、コツコツとサイトを作り続けるなかで正直、『この方向で合っているのかな』と思う瞬間がありました。でも、コンテンツが増え、アクセス数も伸び始めてくるにつれて『いつも使っています』『参考になりました』といったユーザーの声が私たちに届くようになったんです。それを見て、やっと安心できました。これから、もっと多くの人に知ってもらう時期がきたと思っています」
2018年には、がんにかかる人の数は約101万3600人と予測されている(国立がん研究センター「2018年のがん統計予測」より)。がんの治療を続けている人は約160万人と推計されている(厚生労働省「平成26年患者調査」より)。『カマエイド』が身の回りの誰かのために役立つことはきっとあるだろう。
【データ】
「食事を支えたい」という願いをカタチに【カマエイド】
URL:https://kama-aid.com
写真/政川慎治 取材・文/市原淳子
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