兄がボケました~認知症と介護と老後と「第28回 新しいことに挑戦します」
長年、認知症を患う兄のサポートに全精力を傾けてきたライターのツガエマナミコさん。昨年、兄が特別養護老人ホームに入所してからは、ようやく自分のために時間を使うことができるようになってきました。熟考の末、マナミコさんはあることに挑戦することを決めたというのです。
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ツガエの水泳習慣化計画
何か新しいことを始めなければ!と思いはじめてどのくらい経つでしょうか。ようやく一つ浮上してまいりましたのが「プール」でございます。
中高年になるにつれ厚みを増してきた寸胴鍋ボデーラインが年々ダブダブと波を打つようになり、もうどうにも止まりません。かといってトレーニングジムのダイエットコースに高額をかけるのはもったいなく思え、お金をかけずに近所を走ったりするのは膝痛持ちのわたくしには不可能。食事制限は気乗りがしない。ということで、プールで小一時間休み休みゆっくり泳ぐのがいいのではなかろうかと浅知恵を働かせたわけでございます。かの女優・吉永小百合さまも水泳をよくなさっていると昔テレビ番組でお話されていたのを聞いたことがございまして、あやかりたいと思ったのもプールを選んだ理由でございます。
ネットで近場のプールを探しまして、1時間600円ほどで利用できるスポーツ施設を見つけました。「よしよし、これでいつでも行ったるで」と思った矢先、水着が必要なことを思い出し、水着の所在がとんとわからないことに愕然といたしました。
たしか6~7年前に海に入る体験取材があり購入したのでございます。そのとき一緒に買ったラッシュガード(水の中で着用する上着)はクローゼットでよく見かけるのに、水着そのものはそれ以来一度も着用した記憶がございません。
当時(たぶん55歳)購入した水着は太ももまである黒の半パンツと紺色で前開きファスナー式の上半身とのセパレートタイプ。いわゆるプールで見かける典型的なシニア向け水着でございました。当時から「もうこれ以上は太らないぞ」という気合を秘めていたわたくしは、着た感じがジャストだったことを思い出し、「新たに買わねばならないか?」と思案しつつ、記憶の欠片を頼りに家の中を捜索いたしました。40代で購入したチャラい水着が見つかったあと、クローゼットの上の方の引き出しの一番奥で丸まっているシニア向け水着を発見いたしました。
広げてみれば黒い半パンツはいかにも小さく「これは厳しいぞ」と思いましたが、さすが伸縮性に富んだ水着さまでございます。はち切れんばかりではありますが、力を込めて引き上げればなんとか「穿けた」状態になりました。問題は上半身でございます。パンツがきつい分、上にハミ出し盛り上がった脂肪が胸の下で段になり、前開きのファスナーが肉を噛みそうでございました。それでも息をつめてお腹を凹ませながらファスナーをあげてみましたところ、ギリギリで収納完了。ずいぶん肥えたはずなのに、水着さまの伸縮性には感服しかございません。
もちろん状態はボンレスハムのごとく立派な三段腹シルエット。その見た目には相当ガッカリさせられます。でも逆にシュッとしたウエストラインが欲しい!という思いは切実になりました。
もう30年前のように平べったいスリム体型になりたいわけではございません。ほんの数年前ウエストにゆとりをもって買ったはずのパンツやスカートがきつくて着られない事態を回避したいだけでございます。あわよくば段々のないウエストラインを獲得し、完全に「処分」の対象になっているお洋服たちを復活させたいという野心もございます。
水泳は全身運動と聞いております。ただ泳ぐだけでスリムボデーが手に入るかどうかはわかりませんが、水着姿を他人の目に晒すことで身が引き締まる効果を信じたい。そう、「どうせオバサンだから人目なんか気にしない」などと言っているからこの仕上がりになったのでございますから、「あの人ダブダブしてるわ~」と思われていると明確に意識することがわたくしには必要なのでございます。
あと足りないのは「水泳キャップ」のみ。近々どこかで購入してまいります。
さて、今週の兄のご報告でございます。
先週はニコリともしてくれませんでしたが、今週はときどき笑顔があり、積極的に話しかけてきてくれたのでほっと致しました。「これがこんなだから」とか「こうだからぁこっちなんだよ」と手振りも付けて何か話したいことがあるようでした。主語も動詞も何を指しているのは皆目わかりませんでしたが、自ら言いたいことを発信していることが嬉しいことでございました。わたくしは「へぇ~、こんなだもんね」「そっか、やっぱりこっちなんだ」とほぼオウム返ししかできないながら、誰かと会話をしている雰囲気を味わってほしくて驚いたり考えたりするフリをしておりました。
そういえば、先日カラオケに行きましたら、楽曲検索機の画面が新しくなっておりビックリいたしました。今までは50音のキーボード入力でございましたが、最新機種はスマホ画面のようになりフリック入力が採用されておりました。「今どきはこっちが主流なのね」とカラオケルームで時代の流れを感じたツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ