「国民的年下彼氏」から進化し続ける俳優チョン・ヘインを堪能するドラマ・映画3選
勢いの止まらない韓国ドラマの魅力を語るうえで欠かさないのが俳優の力。今回注目するのはチョン・ヘイン。ドラマ『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』(2018年)で「国民的年下彼氏」としてブレイクした俳優の進化し続ける魅力を、韓国留学も経験したライター・むらたえりかさんが考察します。
『よくおご』『ユ・ヨル』『D.P.』と進化し続ける俳優チョン・ヘイン
Netflixドラマ『梨泰院クラス』(2020年)の日本版リメイク制作が発表された。2018年放送のドラマ『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』は、インドでのリメイク企画が進行しているという。韓国ドラマはますます世界から注目されている。
今回はリメイクが予定されている『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』で「国民的年下彼氏」としてブレイクし、現在も活躍中の俳優チョン・ヘインの出演作品を紹介。チョン・ヘインと韓国ドラマ・映画の魅力に迫る。ピックアップしたのは、『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』、『ユ・ヨルの音楽アルバム』、『D.P. ─脱走兵追跡官─』の3作品だ。
『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』:刷新された「理想の男性像」の象徴
チョン・ヘインが一躍人気俳優となった作品が、ドラマ『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』(2018年)だ。主人公のユン・ジナ(ソン・イェジン)は、カフェを経営する会社の社員として働いている。女性差別やセクシュアルハラスメントが残る社風、良家の男性との結婚を急かす母親、結婚を考えていた恋人の浮気と別れ。35歳のジナの悩みは尽きない。
そんなジナの前に現れたのが、チョン・ヘインが演じるジュニだった。ジナにとって幼馴染みで実の弟のように可愛いジュニは、海外留学から帰国して再会したジナに好意を抱く。ジナもまた、冗談を言い合って素の自分を見せられるジュニに癒されていた。ジナに執着する元彼や家柄ばかりを気にするジナの母、そしてジュニの実の姉でありジナの親友であるギョンソン(チャン・ソヨン)。ふたりは周囲に影響を与えながら、ひととして自信を取り戻し愛を深めていく。
ジュニは女性にモテて賢く、人前では微笑みを絶やさないひょうひょうとしたキャラクター。しかし、ジナのことになると余裕がなくなり、後先を考えずに行動してしまう場面もある。ジュニもまた、彼女の前では素の自分を見せられたからだ。
そんな彼の変化に惹かれるジナのように、チョン・ヘインの表情の変化から目が離せなくなる。「秘密の恋」を楽しみながらジナをからかういたずらな笑顔。初めて心が通じ合ったときの、驚きと安堵が入り混じってしゃっくりが出てしまう可愛らしさ。元彼に付きまとわれるジナを心配し、守れなかったことを悔やむ目に溜まった涙。大人なジナのからかいに素直に乗ってしまうこどものような純粋な瞳。
2018年頃といえば日本でも、とりわけ女性にとって「理想のパートナーとしての男性像」が「居心地の良さ」や「価値観の共有」などに移行しつつあった時期。『逃げるは恥だが役に立つ』(2016年/TBS系)や『カルテット』(2017年/TBS系)、『獣になれない私たち』(2018年/日本テレビ系)などは、女性たちの意識の変化に寄り添う、あるいはそれを促すドラマだった。同じ時期、韓国でもその変化は起こっていた。その理想の男性を象徴する存在として、チョン・ヘインが躍り出たのだ。
『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』
監督:アン・パンソク 出演:ソン・イェジン、チョン・ヘイン、チャン・ソヨン、チョン・ユジン、パク・ヒョックォン、キル・ヘヨン
『ユ・ヨルの音楽アルバム』:素朴さを活かし若者たちを美しく撮る
『よくおごってくれる綺麗なお姉さん』で「国民的年下彼氏」の二つ名を得たチョン・ヘインが次に挑んだのは、Netflix映画『ユ・ヨルの音楽アルバム』(2019年)だ。1997年に少年院を出所した陰のある青年ヒョヌをヘインが演じた。彼と偶然に町のパン屋で出会う少女・ミスを演じたのは、韓国のみならず日本でも根強いファンの多い『トッケビ〜君がくれた愛しい日々〜』(2016年)で主人公を演じたキム・ゴウンだ。
ある日、ミスの姉が働くパン屋にヒョヌが「豆腐」を買いに来た。ミスはわけがわからず困惑するが、これは韓国の「刑務所や少年院を出所したときに白いもの(豆腐など)を食べる」という文化から、ヒョヌの出所を暗に示している。ヒョヌはパン屋で「ユ・ヨルの音楽アルバム」というラジオ番組が流れているのを聴き、「奇跡だ」と喜んでそのパン屋に通い、そこで働くようになる。
しかし、少年院に入ったきっかけとなった事件や、当時の悪い仲間たちからヒョヌは逃れることができず大人になっていく。「まともに生きることだけが唯一の願い」と思いながらも、過去に引き戻されてしまう。過ちを背負いながらも、それでも愛するひととともに生きたいというささやかな願いを叶えようとする青年の姿が描かれていく。
この映画のヘインはどこまでも素朴だ。『よくおごってくれる~』でのたっぷりの余裕はなく、人生を諦めることにいつも静かに抗っている。彼が背中を見せるたびに、またどこかへいなくなってしまうのではないか、と不安になる。それほどに繊細で、ふと消え去ってしまいそうな不確かな存在感をヘインは醸している。
ヒョヌが背中をあらわにするシーンがある。薄暗い部屋のなかで、窓からの光がぼんやりと背を照らす。背骨に沿ってくっきりとした暗い影が落ち、肋骨の一本一本に沿う皮膚の影はグラデーションとなって羽のようである。この作品でのヘインの背中は石膏像のように滑らかで耽美さを感じるほどだ。
ミスも髪の毛やスカートの裾の揺れ動く一瞬まではっきりととらえられている。陰を抱え「まともに生きる」ことの困難さにくじけ、それでも前を向いて生きる若者たちを美しく撮ろうとする、賛歌のような映画である。
『ユ・ヨルの音楽アルバム』
監督:チョン・ジウ 出演:キム・ゴウン、チョン・ヘイン、パク・ヘジュン、キム・グッキ、チョン・ユジン、チェ・ジュニョン、ユ・ヨル、ナム・ムンチョル 脚本:イ・スギョン
『D.P. ─脱走兵追跡官─』:感情表現ができない青年の心の叫び
最後に紹介するのは、Netflixオリジナルドラマ『D.P. ─脱走兵追跡官─』(2021年)だ。男性に兵役が課される韓国。軍隊のなかでは、先輩からのしごきやいじめが横行しているという。ヘインが演じる主人公のアン・ジュノは、大学に行くことも叶わず学歴で見下されながらも、父親のDVが原因で離婚した母親と妹を金銭的に支えて暮らしていた。誰からも見送られることなく兵役に就いたジュノは、その観察眼を買われ、脱走した兵士を逮捕する部隊「D.P.」に所属することになる。
ジュノは、先輩のハン・ホヨル(ク・ギョファン)とともに任務にあたる。脱走兵たちを追うなかで「人権を気にしていたら規律を守れない」という軍隊の体質や、兵士たちの心の傷に触れていく。
D.P.になるまでは、感情を殺していじめにも耐えていたジュノ。しかし、脱走兵たちの自殺や壮絶ないじめ、一筋縄ではいかない人間関係などを知る。問題は軍隊内部に留まらず、ドラマはヤングケアラー問題などにも踏み込んでいく。人生に諦めの気持ちを抱いていたジュノが、怒りや悲しみ、虚しさなどの感情を覚えるようになる。しかし、それを上手く表現できないために無表情で感情表現をする演技は、ヘインの挑戦だったのではないか。
軽薄なキャラクターのホヨルと打ち解けていくにつれて、彼に対しては時折年相応の青年らしさを見せる場面が出てくる。ホヨルはジュノを「おれの息子」と呼ぶ。それは直属の後輩であるからだが、実の父親と断絶していたジュノの「頼れる、信じられる目上の男性」の位置にホヨルが来ることを示していたのだろう。ふたりの関係が深まっていく過程も見どころだ。
オープニング映像にもメッセージが込められている。男児の赤ちゃんの頃からの写真が順番に映され、徐々に成長していく。青年たちの入隊式では、家族も恋人も泣きながら彼らを見送っている。そして最後に、こちらを見つめるジュノの顔にフォーカスされていく。訓練だけでも過酷な軍隊生活で起こる不正やいじめ。それを受けているのは、誰かに愛される息子たちであり、そして誰かに愛されることのない者も当然、人権を侵害されてはならない。それが、ただひとり後ろを振り返り真っすぐな目線を向けるジュノの瞳を通して訴えかけられる。
愛される「国民的年下彼氏」だったヘインの演技の進化、滲み出る凄みを堪能したい。
『D.P. ─脱走兵追跡官─』
原作・制作:ハン・ジュニ、キム・ボトン 出演:チョン・ヘイン、ク・ギョファン、キム・ソンギュン、ソン・ソック、ほか
文/むらたえりか
ライター・編集者。ドラマ・映画レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。宮城県出身、1年間の韓国在住経験あり。