連載

認知症の母が暮らす実家の片づけが7年経っても終わらない 母の食器を捨てられない理由

 岩手・盛岡で暮らす認知症の母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。不要なものを手放す“片づけ”は静かなブームだが、大量の物が捨てられない親の家の片づけについて、工藤さんが思うこととは。

親の家を片づけるのは簡単ではない

「親の家を片づける」

 たったこれだけのことなのに、簡単にことは運びません。認知症介護中のわが家では、7年以上片づけを続けていますが、未だに終わりは見えません。

 なぜ、親の家の片づけが大変で難しいのか? わが家の例をご紹介します。

捨てちゃだめ!と言い張る母と捨てたい息子

 親の家の片づけが難しいと感じたのは、2014年のことです。

 実家の台所には、30年以上前から使っていた古びた木製の食器棚がありました。以前は家族5人で暮らしていましたし、お客さんが来たときのために、たくさんの食器を準備してありました。

 しかし、家族が亡くなったり、家を出て行ったりした結果、実家で暮らすのは母一人だけ。ほとんどの食器は不要となり、そのまま手をつけずにいました。しかし、大量の食器の重さに耐えられなくなった食器棚は歪み、引き戸の扉が動かなくなってしまったのです。


 手足の不自由な母の弱い力では、扉はびくともしません。わたしの力で扉はなんとか動くのですが、ひとり暮らしの母には不便です。そこで重い腰を上げ、食器の整理を始めることにしたのです。

 わたしの遠距離介護のことも考え、5人分あった食器を2人分に減らすようにして、不要な食器をゴミ袋に入れていたときのことです。突然母が現れ、

「この食器あとで使うから、取っておいてよ」

「お客さんが来るかもしれないから、捨てないでね」

 実家に来るのは、ヘルパーさんや看護師さんぐらいでした。たくさんの食器を使って、母が誰かに料理をもてなす機会はもうありません。しかし、母の頭の中ではまだ、お客さんに料理の腕を振るうかもしれないと、本気で考えていたのです。

 母の前で食器の整理をしても終わらないと分かったわたしは、母がデイサービスに行った隙に、食器の整理を進め、外のゴミ袋に入れておきました。この方法なら整理できると思ったのですが、ゴミ袋に入れたはずのいくつかの食器が棚に戻っていたのです。

 しまいには、

「この食器棚、引き取る人がいるかもしれないから捨てないで」

 30年以上経って扉が動かない、ボロボロの食器棚を使いたい人なんていません。わたしは、

「こんな食器棚、粗大ごみに捨てるしかないでしょ!」

 と、あきれるしかありませんでした。

 とにかく「捨てるのはもったいない」と言い張る母と、「必要ない」と譲らない息子のせめぎ合い。親の家をただ片づけるだけなのに、親子ケンカの火種になってしまったのです。

 2021年の今もなお、実家の片づけは続いています。一軒家でモノが多すぎて片づかない、遠距離介護で滞在期間が短く、片づけが進まないという理由もありますが、片づけ始めは、母との言い争いが原因で前に進みませんでした。

 しかし現在では、7年前とは少し違った片づけになっています。

2021年の親の家の片づけ

 7年の月日が経過し、母の認知症は軽度から重度へと進行しました。

 以前の母は、モノ自体に紐づいていた思い出がかろうじて残っていたから、捨てることをためらったり、決断できなかったりしていたと思います。

 ところが今は認知症が進行してしまい、モノにたくさん詰まっていた思い出が消えてしまっています。だから、母との言い争いがほとんどなくなってしまったのです。

 とはいえ、30年以上使って愛着のあるコーヒーカップや茶碗があるので、それらの食器は残しつつ、さらに不要な食器の廃棄を進めています。おかげで、食器棚は片づいたのですが、最近は別の理由で廃棄を始めました。

いったん別の場所にモノを移動してから捨てる

 例えば、ほうれん草のおひたしを入れる小鉢を使おうと思っても、母は定位置に戻すことができないので、すべての食器棚の扉を開いて探します。食器探しに時間がかかるようになったため、見つけやすくするために食器の数を減らすようしました。

 また、茶碗の上に平皿を平気で重ねることがあり、食器棚の中がぐちゃぐちゃになりやすいので、認知症の人にも生活しやすい環境作りのための片づけへと変化しています。

 母に「この食器、捨てていい?」と聞けば、今でもほぼ100%「今度使うから取っておいて」と言います、絶対に使わないのにです。なので、すぐにゴミ捨て場へ持って行かずに、別の場所に食器を移動して、数か月様子を見るようにしています。

「そういえば、あの食器どこにいったかしらね」と言われたら食器を戻すようにしているのですが、残念ながら1度も言われたことはありません。

 片づけをしていると、忘れていた思い出がよみがえってくるのと同時に、モノと一緒に思い出まで整理しなければならないという複雑な感情が込み上げてきます。それでも母に自立した生活を送ってもらうためには、捨てなければならないモノはたくさんあります。

 母の大事なモノまで捨ててしまわないようにしつつ、生活しやすい環境を整えるために、これからも母の家の片づけは続きます。

 今日もしれっと、しれっと。

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)。音声配信メディア『Voicy(ボイシー)』にて初の“介護”チャンネルとなる「ちょっと気になる?介護のラジオ」(https://voicy.jp/channel/1442)を発信中。

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この記事へのみんなのコメント

  • イチロウ

    昨今、家の片づけが一種のブームになっています。 その種の著書が爆売れして米国まで「片づけ」の指導に行かれた著名な方もおられます。  でも、そんなに必要なものでしょうか?  数年前に我が家のご近所で住人が亡くなり、親戚縁者が住家の片づけを依頼され数人の業者が来られて「片づけ」をされたことがありますが、その際には、手早く半日で終わりました。 整理をされる担当の方、捨てる荷物をトラックに積み込む担当の方、等々が手早く仕事をされて呆気無い程に業務が終わり帰られました。  住家に御住まいの当の住人が整理・処分をされる折には、思い出が詰まった品々を手早く「捨てる」、「残す」等と分類が出来ません。 当然時間がかかり生前に住家の整理が不可能になる場合もあります。 私自身も数年経過しても未だ捨てきることが出来ません。 当たり前です。 自身が頂いた小学校から大学までの記念の品々や、勉学に使った基本書や参考書、辞書の類から記念品の数々を捨てきれないので当然でしょう。 他人が見れば、単なる古本でも。 生前整理が出来なければ、整理業に依頼可能な額の金員を残せば良いのです。  無理して整理して生き甲斐が亡くなれば命を縮めます。

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