その「看取りまでします」は本当か?施設の介護力は千差万別 実例に学ぶ見極め方
人生100年時代を迎え、シニア期の家、終の棲家をどうすべきかは、誰にとっても考えておかなければいけないテーマになった。「元気なうちから準備することが、より幸せに暮らす秘訣」と語るのは、住宅ジャーナリストの中島早苗さんだ。住まいという視点で、シニア期以降のより快適な生活を考えるシリーズ、今回は高齢者住宅への住み替えについてだ。
元気なうちは、たとえ何歳になっても住み慣れた自宅で暮らしたい。そう思っていたとしても、やがて一人になり、身体のどこかが弱って、誰かの手を借りなければ日常生活が送りにくくなったとしたら…高齢者住宅への住み替えも選択肢の一つになります。
では、どんな住宅が自分に合っていて、希望どおりの生活が送れるのか。自宅から高齢者住宅への住み替えは、急な病気などに見舞われ、ある日突然必要に迫られて探す、というケースも多いのだと思います。
となると、本人、家族にとっては初めての経験。事前のリサーチや勉強をする時間もなく、その時になって慌てるということになりかねません。
高齢者住宅には実にさまざまな種類があります。公的補助で割安に介護サービスを受けながら暮らせる特別養護老人ホーム(特養)や、見守りや相談のサービスが付いている賃貸借契約のサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)、事業者によっては介護サービスまでが含まれる民間の有料老人ホームや、認知症を患う人のためのグループホームほか、外から見ただけでは内容や良し悪しの区別がつかないほど多くの高齢者住宅が存在します。
住み替えを決める場合、私なら事前に、現場の経験や知識に基づいた助言をくれたり、お薦めの住宅を紹介してくれたりする専門組織に相談したい。そう考え、今回は高齢者住宅等の紹介所でもある介護情報館(東京都中央区)館長の今井紀子さんにお話を聞きました。
介護情報館では来館者に、これまで入居されたかたの評判が良い高齢者住宅の情報提供を行っている他、在宅介護の相談にも応じています。来館による相談は基本的には無料で、自宅への戸別の訪問相談など、有料のサービスもあります。
当館のアドバイザーである今井さんは業界の事情に精通し、「高齢者住宅の選び方」などの講演活動もしています。これまで有料老人ホームの施設長はじめ、病院や老健等数多くの現場で千名以上の最期の場面を経験してきた、介護問題の専門家です。
看取りまでしてくれる高齢者住宅はどれなのか?
今回は今井さんにまず、「看取りまでしてくれる、終の棲家と言える高齢者住宅はどれなのか?」という質問を投げかけてみました。
「『看取りまでしてくれる』かどうか、という点だけで言えば、特養はもちろん、介護付き有料老人ホームにも、サ高住にも、看取りを行うところはあります。しかし、その内容は事業者により異なります。注意すべきは、ほとんどの場合、重要事項説明書や入居契約書には『必ず看取りをします』と言う記載がないという点です。
きちんと看取りをしている高齢者住宅では、看取り対応の質問をした場合、事業者自らが看取りの体制・実績や、看取りができたケース・できなかったケースを真摯に説明する姿勢が見られます。また、ACP=人生会議の機会を設けているところもあります。
肝心なのは、“自分あるいは入居するご家族が最期をどうしたいのか”、です。都度の状態変化に応じて、当初の希望を叶えてくれるのか、より希望に近い対応を取っているかを入居される前に見定めることが重要なのだと思います」(今井さん、以下同)
今井さんによれば、事前にホームへ見学や相談に行くと、ほとんどのホームが「介護度が重くなっても末期になっても、そのまま住み続けられます」と答えるそうです。
しかし、そう説明を受けて入居をした後、医療依存度が高まり、「この状態では当ホームでは無理なので退去をお願いします」と告げられ、別のホームへ移ることになってしまうケースは、今でも多くあると言われています。
今井さんがかつて経験したケースを教えてくれました。
看取りを標榜する施設から退去を促された理由とは
「離れて暮らす80代のお母様の電話口での様子がおかしいと感じ、そろそろ高齢者住宅への住み替えを考えている、という海外在住の娘さんからのご相談でした。
実は、後で分かったことですが、お母様には持病があり、ご相談の時点では既に進行している状況でした。しかしお母様の『要介護の人が入るような狭い部屋は嫌。まだ元気なので自分で食事も作りたい』という強い希望を尊重し、広い居室にキッチンやお風呂の付いた、元気なかた向けのホームを選び、入居されました。
しかし、持病はかなりのスピードで進行し、その処置が必要となり、入居後数日で介護棟へ移ることに。介護棟では看護師による日々の処置が頻回となり、ここでは面倒を見続けるのは無理だと言われ、別の介護型の有料老人ホームに移らざるを得ない状況になりました。
このケースは、入居者であるお母様の健康状態を十分に把握できていないご家族が、お母様の設備や環境へのこだわりを優先してしまい、その結果、身体状況に合わないホームを選んでしまったという事例でした。
入居金は償却期間内だったので返金が実施されましたが、この件は、離れて暮らすご家族が入居者の状況を十分に理解していること、希望条件が入居者の身体状況よりも優先順位が高いかを判断すること、そして『必ず看取りします』と言っているホームの『介護力』を十分に精査しての住み替え提案が特に重要であると、その後の反省材料となりました」
複数の事業者比較、体験入居など慎重な検討が必要
このように、ミスマッチな高齢者住宅を選ばないためには、面倒でも複数の事業者を比較検討し、体験入居をして、他の複数の入居者の意見を聞いてみることはもちろん、住み替えを希望する対象者の「譲れない条件」を絞り込み、その条件とホームの対応力や介護力の差異がより少ないホームを探すことが大事だと、今井さんは言います。
また、本人が認知症などで意思表示をできなくなる場合もあるので、元気なうちに家族が本人の最期の希望を聞いておくことも重要です。いざとなった時、病院で延命治療をするのか、自宅や高齢者住宅にできるだけ長く居たいのか。預金通帳や印鑑、住宅の売買契約書など、大事なものの保管場所も聞いておきましょう。
100年ライフが目前に迫る今。高齢期が長くなったということは、最晩年を暮らす場所や、最期の迎え方について考え、決め、伝えておく時間が長くなったとも言えます。
希望に合った暮らしを続けるために。「何とかなるさ」、「誰かがどうにかしてくれる」ではなく、自分の頭と体が動くうちに準備しておくことが、最善な生活を長く送れる秘訣なのだと思います。
教えてくれた人/今井紀子さん
介護情報館館長、ニュー・ライフ・フロンティア取締役。医療機関の副事務長、有料老人ホームの施設長、老人保健施設の事務長などを経て現職。高齢者向けの住まい・施設を探す人や、自宅に住み続けるか住み替えるか悩む人、住み替えに不安を感じる人から寄せられる多数の相談に応じている。
介護情報館
住所:東京都中央区日本橋茅場町1-8-3 郵船茅場町ビル2階
HP: https://kaigo-jyoho-kan.com/
文/中島早苗(なかじま・さなえ)
住宅ジャーナリスト・編集者・ライター。1963年東京生まれ。日本大学文理学部国文学科卒。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に約15年在籍し、住宅雑誌『モダンリビング』ほか、『メンズクラブ』『ヴァンサンカン』副編集長を経て、2002年独立。2016~2020年東京新聞シニア向け月刊情報紙『暮らすめいと』編集長。著書に『建築家と家をつくる!』『北欧流 愉しい倹約生活』(以上PHP研究所)、『建築家と造る「家族がもっと元気になれる家」』(講談社+α文庫)他。300軒以上の国内外の住宅取材実績がある。