65才までに決めておきたい終の棲家の方向性「少し先の自分に感謝してもらうためのヒント」
「“100年ライフ”が現実になる日はもうすぐそこ、とも言われています。長いシニア期に困らないために、プレシニア期(50~64才位)までに、終の棲家の方向性を決めて実行に移しておくことをお勧めします」と語るのは、住宅ジャーナリストの中島早苗さんだ。親の介護や看取り経験もふまえ、シニア期の住まいを考えるヒントを教えてもらった。
終の棲家、「自宅」か「施設」か選択肢はまず2つ
今回は、終の棲家として、シニア期を暮らす場所の選択肢について考えてみましょう。
選択肢を大雑把に2つに分けると、
1. 「自宅」で住み続ける
2.「高齢者施設」に住み替える
となります。
更に細かく分けると、自分の家でも現在の家に住み続けるか、別の場所に引っ越して住み替えるかという選択肢があります。高齢者施設は公的施設である特別養護老人ホーム(以下、特養※1)などから、民間の有料老人ホームまで、さまざまな選択肢があります。
今回はその入口である、「自宅か、それとも施設か」問題について考えてみます。
※1 特別養護老人ホーム
認知症などにも対応し、看取りまで行う所が増えている。介護保険で入居可。要介護3以上。
6割の人が介助が必要になっても自宅に住みたい
まずこの問題について、多くの人はどのような希望を持っているのでしょうか。
内閣府「令和2年度 第9回高齢者の生活と意識に関する国際比較調査結果※2」の「住宅・生活環境」の項目を見てみましょう。
※2 https://www8.cao.go.jp/kourei/ishiki/r02/gaiyo/pdf/s2-6.pdf
身体機能が低下して、車いすや介助者が必要になった場合、自宅に留まりたいか、どこかへ引越したいかを聞いた調査によれば、「現在のまま、自宅に留まりたい」「改築の上、自宅に留まりたい」と希望する人の割合が、あわせておよそ6割。「高齢者用住宅へ引越し」「老人ホームへ入居」を希望する人は、あわせて3割弱です。
過半数の人が自宅での暮らしを望んでいるのがわかります。
施設と自宅、どちらが向いているのか?
要支援や要介護になった時、あなたなら施設と自宅のどちらを希望しますか?
施設と自宅、どんな人が向いているか、考えてみます。
施設のメリットは、介護が受けられる施設の場合、プロに介護してもらえるため、同居の家族に気兼ねをしなくて済みます。食事を提供してくれる施設なら、毎日の料理の手間をかけることなく、バランスの取れた食生活を送ることができます。
また、自宅なら老朽化した場合の改修など、自分で住まいのケアをし続ける必要がありますが、施設ならその心配はありません。
一方、施設の一番のデメリットは、自宅より費用がかかる点でしょう。自分の年金だけで賄えるのか、また、配偶者が元気で自宅で生活し続ける場合は、自分の施設費用とは別に残る配偶者の自宅での生活費もかかるので、その合算をする必要があります。
そう考えると、予算が十分にあり、介護で家族に迷惑をかけたくない、日々の料理や自宅の修繕にも煩わされたくないという人には、施設が向いているのかもしれません。
ある日突然、施設入所が必要になる!?
これまで取材したり、話を聞いたりした例を思い出してみます。
高齢者用住宅に住み替えたり、施設に入所したりした人は、脳血管系や認知症などの病気で要介護となり、家族が引っ越し先を調べて入所の手続きをする、という例がほとんどだったと記憶しています。
あるいは、そこまで重度の要介護状態にならないまでも、日々の家事、生活を送るのがこれまでより困難になったのを感じて、自分で早めに住み替えるというケースもあります。
私の実父も70代後半のある日、脳梗塞を起こして倒れ、その後要介護状態になってしまいました。リハビリ病院で数か月のリハビリを終えた父が入所できる施設を弟と私でさがし、介護老人保健施設(以下、老健※3)や特養のショートステイを数か月ずつ利用。「最期は自宅で過ごさせてあげたい」という弟の希望により、実家に住めるよう改修を施し、弟家族と一緒に半年程住んで、亡くなりました。
このように、施設への入所の必要は唐突にやってくることも珍しくありません。その時になって、要介護になった本人が自分で施設をさがしたり、手続きをするのは難しい。だからと言って、例えば特養に事前に申し込みをするのは不可能です。要介護認定が下りない限り、申し込みができないからです。
ちなみに、特養への入所は現在、要介護3以上と認定された人のみが可能で、しかも多くの場合、長期間の順番待ちです。つまり要介護認定されても、すぐには入所できない場合がほとんどです。
※3 老人保健施設
病院と自宅の中間施設。リハビリで在宅復帰を目指すことを目的にしている。原則、3か月程度の期間限定。介護保険で入居可。要介護1以上。
要介護認定が下りたら、特養入所の申し込みを
それでも、家族や自分が要介護状態になり、特養に入所を希望するなら、ダメ元で申し込みをしておくことをお勧めします。特養は民間の有料老人ホームに比べて費用が割安ですし、最期の看取りの時期まで居られる所がほとんどです。要介護状態になってから何年生きられるかわかりませんが、だからこそ、申し込みをしておけば、いつか順番が来るかもしれません。
私も父の入所のためにダメ元で、弟の住む実家の近くと、私の家の近くの特養に計10か所程申込書を送り、空きを待ち続けてみました。すると、1年程かかりはしましたが、1か所の特養から「空きができた」という連絡をもらえたのです。しかし、本人面談をするというちょうどそのタイミングで父は他界。結果的にはその特養にお世話になることはできませんでしたが、もしも希望するなら、複数申し込みをしておくのはアリだと思います。
申し込みと並行して、下見をしておくのもいいと思います。特養も他の老人ホームも、施設によって実に質がさまざまです。特養でも個室型中心の施設もありますし、清潔かそうでないか、経営者がどのような方針か、入所している人の雰囲気など、複数下見すれば違いが見えてきます。どんな施設なら暮らしてもいいと思えるのか、あるいは自宅の方がいいのか。親のための下見であっても、自身の終の棲家を選ぶ参考にできると思います。
現在のコロナ禍では難しいかもしれませんが、入所を希望する他の施設、有料老人ホーム等も幾つか下見、訪問してみるといいでしょう。
有料老人ホームには、元気なうちから入り、要介護になっても住み続けられるホームがありますが、大抵は入居時に支払う一時金も、月々の支払いも極めて高額です。資産が潤沢にある人は、そうしたホームに自立のうちから住み替えるのも選択肢の1つです。
自宅に最期まで住み続けるためには
一方、自分の家で最期まで住み続けたいというのは多くの人の願いであると共に、経済面等を考慮した、一般的かつ現実的な選択だともいえそうです。
となると、現在の家を要支援・要介護となった時にも住める改修を、早めにしておくことが、未来の幸福な暮らしにつながると思います。
長くなったシニア期の生活と、シニアの持ち家が老朽化している現実への対処を考え、国も動き始めています。
国交省は2019年に初めて、早めに住まいを改修することのメリットや改修の際に配慮すべきポイントを取りまとめたガイドライン※4を公表しました。
※4「高齢期の健康で快適な暮らしのための住まいの改修ガイドライン」
https://www.mlit.go.jp/common/001282248.pdf
この「高齢期の健康で快適な暮らしのための住まいの改修ガイドライン」、一般の人にも非常に参考になるので、一読をお勧めします。
とかく国の資料は、そのままでは読みにくいものが多いと感じる中、このガイドラインは秀逸です。改修を推奨する背景にあるデータを幾つも掲載し、住宅改修の際におさえておきたい項目も具体的に示してあり、戸建ての改修を考えている人には有益なヒントになります。
例えば、ヒートショックを防ぐ改修のポイント。国交省によれば、日本の住宅ストック約5000万戸のうちの4割が「無断熱」の状態です。内窓の設置等で断熱性能を高め、家全体の温度差を少なくする間取りに変更するなどの改修をすれば、ヒートショックを防ぐことにつながります。
いずれにせよ、シニア期の住まいは「早いリサーチ&準備が吉」。
「そのうち何とかしなければ」と思っているうちにあっという間に後期高齢者となり、住み替えも改修もできなくなってしまった例を幾つも知っています。
とある高齢の方の、住まいに対する発言が印象に残っています。
「高齢者は体力も気力も経済力もなく、ただ途方に暮れている」
気づいたら、時すでに遅く、途方に暮れるしかない。それはあまりに残念というか、残念以上、時に悲惨な結末にさえなりかねません。
しつこいようですが、何度でも言います。シニア期の住まいの備えはプレシニア期までに。改修も住み替えも、家の変更には貯蓄も必要だし、めんどうくさいし、つい先延ばしにしがちですよね。でも早めに実行しておけば、将来、80才のあなたがきっと自分に感謝するに違いありません。
文/中島早苗(なかじま・さなえ)
住宅ジャーナリスト・編集者・ライター。1963年東京生まれ。日本大学文理学部国文学科卒。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に約15年在籍し、住宅雑誌『モダンリビング』ほか、『メンズクラブ』『ヴァンサンカン』副編集長を経て、2002年独立。2016~2020年東京新聞シニア向け月刊情報紙『暮らすめいと』編集長。著書に『建築家と家をつくる!』『北欧流 愉しい倹約生活』(以上PHP研究所)、『建築家と造る「家族がもっと元気になれる家」』(講談社+α文庫)他。300軒以上の国内外の住宅取材実績がある。