兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第110回 「元気だから感謝」と言えるか?】
「他人事ならわかったようなことも言える」、誰でもそんなことはあると思いますが、若年性認知症を患う兄と2人暮らしのツガエマナミコさんの心境は、より複雑です。わかっちゃいるけど、イライラして、ため息もでる。将来のことを考えればなおさら…。
それでも、「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
実は、ストレス溜まりまくりです…
「今日はワンちゃんのところに行く日だよ」と言うと、しばらく考えて「クマちゃんもいるよね?」と返してくる兄と2人暮らしのツガエでございます。
大きなレトリバー犬を「クマ」と認識しているようなので、訂正したい気持ちをぐっとこらえて、「へえ、クマちゃんもいるんだ」と話しを合わせております。
兄はどこまでおバカさんになっていくのでしょう。テレビから流れてくる短いフレーズをオウム返しするだけでも、最近はおかしなことになっています。
例えば「整理収納のプロ」は「セイリシューのプリン」、「超デカ盛り弁当」は「チョーデカメンボー」といった具合に独自変換されます。聞いたまま繰り返しているつもりでも口が回らないのと、途中で記憶が薄れてしまうので、「なんでそうなるの?」というまったく別モノが飛び出てくるのでございます。「東京の感染者数が5000人を超えました」というニュースが流れれば「5000万人かぁ」と、勝手に万倍して、いかにも心配そうなため息をつくくせに、その舌の根も乾かぬうちに「コロナってなんだ?」と基礎から崩壊させる斬新なワードセンス。いちいち訂正もしませんが、心の中では「ゴセンニンな」とか「毎日何時間テレビ見てんねん」とツッコミまくりです。
でもそんなことは無害なこと。笑ってしまえばいいのです。そして、たとえどこまでおバカさんになろうとも生きていることに感謝しなければいけないのでしょうね。
他人の話だとそれがよくわかります。先日、友人から「母親がボケてきた」というお話しを聞きました。
「何度も同じ話しをするから聞いていられない」という愚痴です。「わかるわ~」と共感しながらも、話しの〆には「でもお元気ならそれが一番ありがたいよね」と口が勝手に言っていました。わたくし自身は兄に対して「”元気だから感謝”なんて言葉で締めくくられてたまるか」と思うくせに、他人事なら本気でそう言える。我ながら矛盾しているのでございます。
そんな悶々とした日々の中、デイケアの主任さんには「困っていることがあったら言ってくださいね」とやさしく言われました。
「兄と暮らしていること全部がわたくしにとっては困ったことです」と言ってみたらどう答えてくれるのか、聞いてみたい衝動が喉元まで持ち上がって、でも急激にしぼんでいきました。
突き詰めたら「老人ホーム行き」じゃないですか。これまた困ったことにわたくしにはその財力がございません。何を隠そう週1回のデイケアを週2回にすることだってためらわれるくらいの貧乏ライター暮らし。まだ62歳の兄が、これからどれだけ生きるのかを考えると、お先は真っ暗。金のなる木でもなければ、兄を老人ホームに入れることもできません。
ああ、また将来のことを考えてしまった。いけない、いけない。こんなときに将来のことを考えてはいけません。
そうです、カラオケ店が緊急事態宣言を受けてどこもかしこも休業してしまっている今、わたくしのストレスはじわじわと溜まり続けています。これこそわたくしの緊急事態です。この先しばらくは発散場所がないのでできるだけ平穏な生活をしないといけません。
それなのに昨日、また兄の部屋の屑籠にお便さまが入っていて朝から兄のウンチとご対面。屑籠にはレジ袋を掛けていたので中身をトイレにポチャンで済みましたけれども……。妹にこんなことをさせて普通にテレビを観ている兄、その神経は超合金か!?
ウオ~~~~~、歌いたい! 叫びたい! 自己満足に浸りた――い!
仕方がないので、今宵もまた若い男の子たちがワチャワチャする知的Youtubeチャンネルを観て癒されることといたします。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ