20秒息を止められますか?現代人に多い呼吸のし過ぎが体によくない理由【医師解説】
コロナ禍で2度目の夏が来た。マスクをつけて過ごす夏の苦しさを思うとため息が出る。だが、実は、外に出て思いっきり吸い込む深呼吸よりも、自宅でひっそり吐くため息の方が体にいいー。息を”吐く”ことの重要性をはじめ、5秒間息を止める呼吸トレーニングなどについて、専門家に聞いた。
何秒息を止められますか?
突然だが、あなたはいまから何秒間、息を止められるだろうか。 もし、20秒未満で息を吸いたくなったのなら、あなたは普段から「呼吸をしすぎている」ということになる。
メジャーリーグのシアトル・マリナーズのトレーナーとして活躍したほか、プロゴルフの宮里優作選手など、名だたるアスリートたちに呼吸法を指導してきたアスレティックトレーナーの森本貴義さんは、「現代人は、呼吸回数が多すぎる」と指摘する。
「安静状態(息が上がっていない、普通の状態)でいすに腰掛けて、自然に息を吐いて鼻をつまみ、その何秒後に息を吸いたくなるかで、その人の普段の呼吸回数が多いか少ないかがわかります。40秒以上、ラクラク息を止めていられるのが理想です。一方で、10秒未満なら、普段の呼吸回数が多すぎる。20秒未満でも、やはり日頃の呼吸回数が多い。ちょっとした運動やストレスで息が上がることが多いのではないでしょうか」
森本さんによれば、本来、人間の呼吸回数は、1分間に15回前後。しかし、いまはほとんどの人が18~20回以上呼吸しているという。
★呼吸のし過ぎをチェック…20秒以上息を止められますか?
いすに座っていつも通り呼吸し、息を吐いてから鼻をつまんで、自然に「息を吸いたい」と感じるまでの秒数をカウント。
■10秒未満
呼吸回数がとても多く、酸素不足になっている可能性が高い
■10~20秒未満
呼吸回数が多く、軽い運動やちょっとしたストレスで息切れしたり、疲れたりしやすい。
■20~40秒未満
呼吸回数は問題なし。ただし、理想には遠い。
■40秒以上
理想の呼吸回数。脳、体、細胞に充分な酸素がいきわたっており、ストレスや疲労にも強い。
呼吸の回数が多いとナゼいけないのか
「そもそも、呼吸の回数が多いことに何の問題があるの?」と、疑問に思うだろう。だが驚いたことに、たくさん呼吸して、体に多くの酸素を取り込むことは、健康にとってはマイナスなのだ。
米ハーバード大学、仏ソルボンヌ大学で客員教授を務める、医師の根来(ねごろ)秀行さんが解説する。
「もちろん、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出さなければ、人間は生きられません。しかし、呼吸の回数が多いと、酸素を吸いすぎると同時に、二酸化炭素を吐き出しすぎて、血中の二酸化炭素濃度が低下します。吸い込んだ酸素は、まず、血液の中のヘモグロビンと結合します。その後、血液にのって全身に運ばれた酸素は全身の約60兆個もの細胞に届けられ、エネルギー産生に使われます。これこそが、呼吸の真の目的である『細胞呼吸』です。
そのためには、酸素の届け先である細胞の付近で、酸素がヘモグロビンから切り離されなければなりません。この役割を果たしているのが二酸化炭素なのです。
呼吸回数が多すぎると、二酸化炭素不足のために酸素が充分に供給されず、細胞呼吸が滞り、結果として酸欠状態になる。せっかく吸った酸素がムダになるのです」
息を吸う事以上に吐くことが大切
「酸素の吸いすぎ」が体にどんな影響を与えるかは、5回ほど、思い切り深呼吸してみればわかる。急に大量の酸素を吸い込むことで相対的に二酸化炭素不足になり、軽い立ちくらみのような状態になるはずだ。
「血中の酸素と二酸化炭素のバランスが大きく崩れることで、吸い込みすぎた酸素が脳にまで供給されなくなるため、立ちくらみが起こります。
多くの人が、深呼吸するときに『吸う』ことばかり意識しますが、本当は『吐く』ことの方が大切。吸った息の100%を吐き切ることをイメージしてほしい。実際には、ほとんどの人が、吸った息の60%くらいしか吐けていません。吸ってばかりいるので、体内の二酸化炭素量に対する酸素の量がどんどん増えていき、かえって酸素の供給が追いつかなくなる」(森本さん・以下同)
その結果、酸欠になった脳や体が酸素を求めて呼吸回数が増え、さらに酸欠になり…という悪循環が起こる。
人間は、1日約2万3000回も呼吸しているといわれる。皮肉にも、息を吸ってばかりいると、そのたびに酸欠が加速し、悪循環によってさまざまな不調が起こるのだ。
呼吸回数が多すぎることの弊害は?
呼吸回数が多すぎると、当然ながら、免疫細胞にも充分な酸素が供給されないため、免疫力が低下する。また、すべての臓器の働きを調節している自律神経のバランスが乱れる。
「自律神経は、呼吸と密接に関係しています。一般的に、息を吐くと、心身をリラックスさせる副交感神経が優位に働きます。一方で、息を吸うときは、心身を興奮させる交感神経が優位になる。つまり、吸ってばかりいると、リラックスできず、強制的に興奮状態になってしまうのです」
交感神経優位でリラックスできない状態が続くと、消化吸収が悪くなるほか、ホルモンバランスも乱れて、太りやすくなり、下痢・便秘などの不調も出やすくなる。さらに、交感神経が優位になると、全身のすべての細胞にも悪影響を及ぼす。
「交感神経優位の状態が続くと、体中の毛細血管が収縮し、老化を促す活性酸素が発生しやすくなります。すると、細胞の機能が低下して細胞呼吸の効率が悪くなり、エネルギーをつくり出す力や老廃物を排出する力も低下するのです」(根来さん)
呼吸回数が多く、こうした不調が起きやすいのは、女性や筋肉量の少ない人に多い。というのも、理想的な呼吸をするには、横隔膜などの「呼吸筋」が充分に働く必要があるからだ。
「横隔膜の筋力が弱いということは、呼吸のたびにほかの場所の筋肉まで使ってしまっているということ。多くの場合、肩を上げ下げして呼吸しています。これによって、慢性的な肩こりや首こりがある人も珍しくありません」(森本さん・以下同)
呼吸回数が多いほど、肩や首の筋肉にかかる負担も増える。充分に使われない横隔膜の筋力はどんどん衰え、呼吸は次第に浅く、速くなり、ますます酸欠になっていくのだ。
「呼吸筋エクササイズ」で呼吸改善!
息を止められない人は、全身の不調も止められない。だが、裏を返せば、息を止められるようになれば、こうした問題は一挙に解決に向かうということだ。呼吸改善の効果をより効率よく得るために、まずは呼吸筋のストレッチを実践してほしい。
「土下座の体勢になって、ゆっくり呼吸することで、肩回りや背中など、呼吸回数が多すぎることでこわばりやすい筋肉のストレッチになります。床についた手はできるだけ遠くに伸ばします。余裕のある人は、そのまま背中を丸めて、吐くことを意識しながら、ゆっくりと呼吸を続けてください。リラックス効果があるので、在宅でのデスクワーク中の気分転換や、寝る前のストレッチにもおすすめです」
ストレッチが済んだら、基本の「息止め」をやってみよう。息を止めることで一時的に血中の二酸化炭素濃度を上げ、細胞に効率よく酸素をいきわたらせることができる。
ただ仰向けになって、5秒かけて吸い、5秒間息を止めて、5秒かけて吐くだけ。これを3回繰り返す。
★呼吸筋エクササイズのやり方
難しければ、息を吐くときは口からでもOK。息を止めるのが苦しいときは無理をせず、少し休み、3~4秒程度から始めるのがよい。
【1】仰向けになって両ひざを立て、両手は床に置く。
【2】静かに息を吐き切る。
【3】5秒かけて鼻から息を吸う。
【4】5秒間息を止める。
【5】5秒かけて鼻から息を吐く。
【6】【3】~【5】を3回繰り返す。
出典:森本貴義著『入門!「全集中」の呼吸法』
イチローや宮里選手も実践…5秒呼吸の効果
「イチロー選手は、打撃の瞬間に息を吐いているといわれています。宮里選手も、2017年に呼吸法を取り入れたことで、賞金王の座を手にしました。1日のうち、どのタイミングで行ってもいい。
続けることで、少しずつ体質が改善して、日常のパフォーマンスが上がっていくのがわかるはずです。
はじめのうちは、しっかりと“細く長く”息を吐き切ることを意識してください。そうすることで、少しずつ横隔膜の筋力が鍛えられて、しっかりと動くようになります」
米軍で採用されている呼吸法で更に効果UP!
より多くの効果を求めるなら、米軍や警察の訓練でも行われる呼吸法がある。5秒で吸い、5秒止め、5秒で吐くのは変わらないが、座ったまま行い、腹圧をかけながらゆっくり息を吐くところがポイントだ。
「これを5回繰り返すことで、血中の二酸化炭素濃度の低下を防ぐと同時に、自律神経を整え、脈拍や血圧を下げることができます。強いストレスを感じたときでも、パニック状態になるのを防ぐ効果も期待できる。実際に、同様の呼吸法は米国の軍隊や警察でも行われています」(根来さん)
★自立神経トレーニングのやり方
座る場所は、いすや床など、自分がリラックスできる場所でよい。
【1】ラクな姿勢で座る。
【2】静かに息を吐き切る。
【3】5秒間息を止める。
【4】お腹をふくらませながら、5秒かけて鼻から息を吸う。
【5】5秒間息を止める。
【6】お腹をへこませながら、5秒かけて鼻から息を吐く。
【7】【3】~【6】を5回繰り返す。
出典:根来秀行著『超呼吸法』
コロナ禍で呼吸回数が多い人が増えている理由
森本さんは、特にいまのコロナ禍では、呼吸回数が多くなっていると話す。
「感染不安や外出自粛など、これまでにはなかったあらゆるストレスにさらされているいま、自律神経の乱れや運動不足で、どうしても呼吸回数は増えがちです。リモートワークなどで一日中パソコンに向かっている人は、猫背になって呼吸が浅くなっている可能性もある。マスクによる息苦しさで、ハアハアと口呼吸になりやすいのも理由の1つです。
でも、呼吸を変えれば、24時間365日、トレーニングをしているのと同じです。5秒間の息止めは、毎日行わなくてもいい。できるときに行って、少しずつ呼吸回数を減らすことを心がけてください」
呼吸は「量より質」。たまったストレスも一緒に、まずはしっかり吐き出してみよう。
教えてくれた人
森本貴義さん/アスレティックトレーナー、根来(ねごろ)秀行さん/医師・米ハーバード大学、仏ソルボンヌ大学・客員教授
イラスト/いばさえみ 写真/Getty Images
※女性セブン2021年7月15日