橋田壽賀子さん“生涯現役”を叶えたトレーニング法「亡くなるひと月前まで続けていた」
「人生100年時代」のいま、日本人の平均寿命は、男性81.41才、女性87.45才と年々延びている(※2020年7月、厚労省の発表)。そんななか重要視されるのが「健康寿命」だ。たとえ長生きしても、健康に問題があって日常生活が制限されてしまうのはつまらない。脚本家の橋田壽賀子さん(享年95)もそう考えた1人だ。
一念発起した橋田さんが83才から取り組み、95才で旅立つまでの12年間、欠かさず続けた「ストレッチ」と「トレーニング」がある。マンツーマンで橋田さんをサポートし続けたトレーナーの八代直也さんに、その方法を教えてもらった。
亡くなるひと月前まで!橋田さんはトレーニングを12年間続けた
「自分のことは自分でやる」
その言葉通り、橋田壽賀子さん(享年95)は最期まで自分の足で歩き、生涯現役で過ごした。「寝たきりになりたくない」と言って、83才から始めたトレーニングは、亡くなるひと月前まで12年間も継続した。
「高齢者が寝たきりになる主な要因は、転倒による骨折です。加齢による筋力や歩行能力の低下がその原因です」
そう話すのは筋肉研究の第一人者で早稲田大学スポーツ科学学術院教授の川上泰雄さんだ。川上さんによると、60才を超えると筋量の減少率は年間2.5%、20~60才と比べると5倍のスピードで減っていくという。
「定年などで運動量が減ることも一因です。上半身よりも下半身が減少しやすく、特に体の中でいちばん大きな筋肉である、太ももの大腿四頭筋は減少しやすいです」(川上さん・以下同)
歩く速度と余命の関係
大腿四頭筋は歩くときに大事な筋肉で、この筋量が減少すると、歩く速度も遅くなる。そして、歩く速度は余命と大きく関係している。
「1秒間に1.4mくらいのスピードで歩ける65才男性の余命は25年、65才女性だと35年(つまり、100才まで生きられる)といわれています」
歩く速度を測るには横断歩道を渡ってみるといい。一般的に日本の横断歩道の信号は、歩行者の歩く速度の基準を1.0m/秒にしている。例えば、10mの横断歩道ならば、青信号の点灯時間は10秒に設定されている。なので、青の点灯中に横断歩道を渡りきれれば、1.0m/秒以上の歩行速度があることになる。
「加齢によって筋量は減少するものです。しかし、トレーニングをすれば、年齢に関係なく筋量を増やすことができます。コロナ禍で一日の活動量が減っているいま、普段の生活に運動を少し取り入れるだけで、5年、10年先に大きな差になっていくでしょう」
無意識に歩いても筋肉はほとんど使われないが、例えば、階段の上り下りをしたり、大股で歩くだけで、筋肉の活動量は大幅にアップする。トイレで用を足すときや靴を履くときに上下に動く運動を数回してみてもいい。そして、こうした効果は運動が苦手な人ほど大きいという。
「少し“しんどい”と感じるぐらいの負荷が筋肉を増加しやすいのです。運動に慣れていない人や筋量が減少気味の人は、ダンベルやマシンを使わなくても、自分の体重だけでもこの“少しのしんどさ”を達成でき、筋肉の維持増進が期待できるのです」
トレーニングは脳も刺激する
さらに、トレーニングは脳にもよい影響がある。
「人間の体は脳からの指令で動いています。この指令が少なくなると筋肉が活動しにくくなり、思うように動かすことができなくなります。片足立ちでバランスが崩れてしまうのは神経系の働きが衰えてきている影響もあります。トレーニングは筋肉だけでなく脳も刺激し鍛えてくれます」
橋田さんが長年実践していたトレーニングについて、川上さんは太鼓判を押す。
「橋田さんは、大腿四頭筋を中心に、体幹の筋肉群に刺激を与える、アスリートの間でいま流行しているファンクショナルトレーニングをまんべんなくされています。専門家のアドバイスのもと、効果的なトレーニングによって、加齢による筋量の減少を最小限に抑えてキープできていたのでしょう」
橋田さんがパーソナルトレーナーの八代直也さんの下に通い始めたのは83才のとき。
「橋田先生と初めてお会いしたのは2009年です。最初は『もう年だし、あと2、3年も生きたら死んじゃうだろうから、それまで面倒見てよ』とおっしゃっていましたが、そこから12年間、週3回のペースで一緒にトレーニングをしてきました」(八代さん・以下同)
月・水・金の朝9時から10時までの1時間。最初の30分はストレッチで膝や股関節をほぐして血の巡りをよくし、トイレ休憩を挟んで後半の30分はバランスボールを使うなどのトレーニング。この12年、負荷を調整しながら、ほぼ変わらないメニューをこなしてきた。
「高齢者の中には、ルーティーンが崩れるとストレスになるかたもいます。同じメニューをやるメリットは、前回できたことが今回もできたと自信になること。違和感や痛みの差を感じることもできるので、体調管理にもつながります。先生は股関節がすごく健康で、バランス力は同年代の中ではかなり優秀でした。水泳をやっていたので上半身の力が強く、手すりを持つ腕力は強かったです。ただ、膝や腰を悪くしていたので、主治医と相談しながらメニューを考えました」
ここでは、橋田さんがこなしていた最初の30分トレーニングをご紹介する。
ストレッチでゆっくりと体をほぐすところからスタート
高齢者にストレッチは不可欠。体の柔軟性を保つことによって、いろいろな運動時の効果が上がり、転倒やけがの予防にもなり、疲労回復の効果もある。日々の生活にぜひ取り入れたい。
【1】お尻・もも裏
仰向けで、腕は手のひらを上にして体の横に。膝を伸ばしたまま片足を上げ、ひと呼吸。上げた足首を直角にしてお尻ともも裏の伸びを感じて。難しい人は手を添えてもOK。左右各10回。
【2】股関節・もも
仰向けで腰に手(タオルでも可)を入れ、隙間を作るように腰を反らせる。その姿勢をキープしたまま、膝を持ち上げる。上げた膝は股関節の真上。足裏を床につけたままの曲げ伸ばしでもOK。左右5~10回ずつ。
【3】テーブルトップ
仰向けで両腕を上げ、手のひらを合わせる。両膝を揃えて90度に曲げて上げる。息を吐きながら膝を揃えたまま右に倒し、吸って真ん中、吐いて左。呼吸に合わせてゆっくり左右10回。
【4】ショルダーブリッジ
仰向けで足は腰幅、かかとが膝の真下にくる位置で両膝を立てる。息を吸いながら骨盤を持ち上げ、肩から膝まで一直線にする。上げたときにお尻の穴を締めるように意識して。息を吐きながら骨盤を下ろす。ゆっくり上下10回。
【5】片足ショルダーブリッジ
【4】と同じ動きを片足で。膝に痛みがある人や軽い負荷でやりたい人は、足を置く位置を尻から離すと上げ下げがしやすくなる。余裕がある人は下げたときに尻を床につけないで。左右各10回。
【6】亀さん腹筋
仰向けで両腕をバンザイ、股関節を曲げて両足を上げた姿勢が基本姿勢。足を床に下ろすと同時に上体を起こす。反動を使ってもOKだが腹筋を意識して。起き上がったらまた寝転がり、基本姿勢に戻りまた起き上がる。10回。
【7】深層筋
うつ伏せで足は肩幅、上体を起こして肘をつく。肘は肩の下、手のひらは上に向ける。その姿勢をキープしたまま、右腕を前に伸ばして3秒キープ。手を伸ばしたときに上体が傾いたり、首が上下しやすいので、背筋から首までまっすぐをキープして。左右交互に10回ずつ。
【8】膝つきプランク
四つん這い(手は肩の下、膝はお尻の下)で首から背中をまっすぐのまま、片手を床から離し反対側の肩をタッチ。体が傾かないように。難しい場合は肘をついてもOK。左右交互に10回ずつ。
【9】キャット&ドッグ
四つん這いの姿勢から息を吸って背中を反る。このとき胸を張る意識で。続けて息を吐いて背中を丸める。背骨1つずつを動かすイメージで深い呼吸に合わせて。10回ずつ。
自分の体と相談して、無理ない範囲から始める
今回紹介しているトレーニングは畳一畳のスペースがあればできることばかり。
無理をせず、週に1度からやってみてもいいし、3回、5回と少ない回数からやってみて、慣れてきたら“ややきつい”と感じるぐらいまで回数を増やしていくやり方でもいい。まずはストレッチ。前出の川上さんも、ストレッチは必ずやってほしいという。
「特に高齢者にストレッチは必要です。加齢とともに関節の柔軟性は損なわれやすい。可動域を大きくして、しなやかに大きく動けるようにすることは運動効果を上げますし、転倒やけがの予防になり、疲労回復効果もあります」
【1】は上げ下げをゆっくりと。
「上げ下げするときに前ももに力が入ることで、もも裏の筋肉が伸びます。足が上がらない人は膝を曲げて、手で引っ張ってもいい。【2】は股関節を動かすことがメインですが、腰を反(そ)らせてキープすることで、深層筋へもアプローチしています。足が上がらない人は前ももの大腿直筋が弱い可能性があります。無理をせず、足裏を床につけたまま膝の曲げ伸ばしをしてください」
【4】【5】のショルダーブリッジは橋田さんが苦手だったメニューだという。
「前もものストレッチと同時にお尻やもも裏の筋トレにもなっていて、膝や腰のリハビリでもよくやる運動です。これは先生がいちばん苦手だと言ってました。そうはいっても『やるわよっ』と言いながら、ちゃんとやるんですけどね(笑い)」
橋田さんは両足で20回、片足は左右各20回ずつ、夏場は汗ばみながら取り組んでいたそうだ。
「【6】は橋田先生オリジナルメニューで、『亀さん腹筋』と名付けました。反動をつけてもいいですが、体幹を固めるトレーニングなので、足だけ下がったり、足と体がバラバラにならないように。亀さんが甲羅で転がってるようなイメージで、首筋までまっすぐキープすることを意識してください。首の筋肉は大事で、高齢者は転倒時に首を支える筋肉がないと頭を打ってしまうんです。橋田先生は『こんなのいくらでもできるわよ』といつも20回ぐらいやってました」
プロフィール
■フィジカルコーチ、コンディショニングトレーナー・八代直也さん/1971年生まれ。脚本家の橋田壽賀子さんをはじめ、大相撲の第71代横綱・鶴竜、女子プロゴルファーの渡邉彩香など、トップアスリートから小学生まで、年間1500人のコンディショニング指導を行っている。
■橋田壽賀子さん/1925(大正14)年生まれ。1949(昭和24)年、松竹に入社。テレビドラマの脚本家として、『おんな太閤記』『おしん』(ともにNHK)、『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)など数多のヒット作を世に送り出した。
取材・文/伏見友里 撮影/関谷知幸(八代さん)、太田真三(橋田さん)
※女性セブン2021年7月15日