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家族の認知症は公表すべき!?長門・津川兄弟の対応を専門家が考察

 女優の朝丘雪路さんが亡くなり、夫である津川雅彦さんが「死因はアルツハイマー型認知症であった」と会見で報告を行った。津川雅彦さんの実兄で、2011年に亡くなった長門裕之さんも、妻である南田洋子さんが認知症となり、晩年は介護を続けていたことで知られている。

 兄弟そろって、認知症を患った妻を介護したわけだが、その公表の仕方は対象的である。

 兄の長門さんは、妻が認知症を患ったことを早くから公表する道を選んだ。口頭で発表するだけでなく、自身が介護する様子を克明にカメラで撮影させ、テレビで公開する形もとった。このとき、すでに南田さんは長門さんのことを認識できず、老老介護の切なさ、夫婦愛に注目が集まり、番組の瞬間視聴率は27%を超えている。

 また、南田さんが亡くなる5ヶ月前には、手記『待ってくれ、洋子』を、亡くなった翌年には『洋子、やっぱりいってしまったのか』(共に主婦と生活社)を刊行し、長い夫婦生活の実態と、介護の様子を詳らかに公開した。女優としての南田さんをおとしめるものだと批判する声が聞かれたが、真実の愛が語られている、夫婦のあり方を考えさせると賛辞する向きもあった。

 一方で、今回妻を看取った弟、津川さんは、朝丘さんが存命しているあいだ、認知症であることを口外することはなかった。朝丘さんが認知症を発症するまでは別居生活を送っていた二人だが、3年前に津川さんが引き取り介護を続けてきたと言う。津川さん自身も、肺や頚椎の手術を受け、心筋梗塞や糖尿病を患っており、体調がきついなか、施設などに頼ることなく朝丘さんの介護をしてきたことになる。

 朝丘さんが亡くなったあとの会見で、津川さんは「病気の詳細のことはしゃべらない。勘弁願えますか」と口をつぐんだ。

 芸能人という立場、そして認知症となった妻は女優。同じような境遇に見舞われた兄弟だが、妻の認知症の公表に関しては、まったく反対の言動をしたことになる。どちらが正しいとか、間違いという結論を導くような話ではないのだが、一般人の場合、家族の認知症は周囲へ公表すべきなのか、それとも家族内の秘め事にすべきなのか…。

認知症の取扱説明書 』(SB新書)の著者である、医学博士、平松類さんにお話を伺った。

 * * *

他人に知られたくないなら、公表する必要はない

 とても難しい質問を受けたというのが正直な気持ちです。「周囲の理解を得るために、積極的に公表したほうが良い」というのはもちろん一理ありますが、家族以外の人には知らせず、家庭内でひっそり暮らすことが幸せなご家族もいらっしゃいます。世の中が、認知症の方や高齢者に優しいと言い切れればいいのですがそうではありません。そのため公表することで苦しむこともあります。

 ですから大切なのは、家族の気持ちが穏やかでいられること。ですから、家族だけでみたいのなら、それで構わないと思います。

 机上の論で話をする医療従事者の中には、「家族だけで抱え込むと家庭が崩壊してしまう」と話す人もいるようですが、必ずしもそうではありません。実際に介護を担うご家族の中には、「家族だけで頑張りたい」「他人に認知症の親を見られたくない」と思う人もたくさんいます。

「仲間をつくって気持ちを分かち合おう」「周囲に助けを求めるのが大切」などと、第三者の考えを押し付けるのではなく、「家族だけでみたい」という価値観を尊重することも大切だと私は思います。

協力とは名ばかり。「言いふらし」「噂話」のネタになってしまうことも

 身近な人にだけ知っておいてもらいたいと思って隣家の人に話したところ、「皆さんに協力を頼んでおいた」と気を回され、言葉は悪いですが「言いふらされた」形になってしまうことも実際、少なくありません。

 津川雅彦さんが朝丘雪路さんを外に出さなかった気持ちも私には理解できます。

「外の空気を吸わせてあげるべきだった」とか、「人との接触を持たせたほうが本人のためだったのでは」と憶測で物を言う人もいるかもしれませんが、わざわざ公衆の面前に出すよりは、家族だけで車で遠出して、誰もいない自然豊かな風景に身を委ねるだけでも刺激としては十分です。きっと津川さんもそのような対応はしていたのではないかと、私には思えてなりません。

「徘徊」と「万引き」が始まったら、トラブル回避のために公表もあり

 ただし、介護者が病気やケガを患った場合や、家族の仕事が忙しく介護に手がまわらない場合などは、無理をせず公共機関へ相談することを勧めます。

 公共機関へ家庭の事情を伝えることで得られるメリットはたくさんあります。地方ですと、役場の担当者が知り合いで「家族の恥を知られるようで嫌だ」という声を聞くこともあるのですが、個人情報保護の重要性は、公共機関であれば十分に理解しているはずです。

 また、認知症が中程度まで進行すると「徘徊」と「万引き」のトラブルが増えてきます。買い物には行けるけど、帰り道がわからなくなって徘徊になるケースと、お店まで行って買いたいものは手に入れたけど、お金を払うことを忘れて結果として万引きになってしまうケースがとても多いのです。

 こうしたことが起こり始めたら、患者さんが行きそうなお店や交番に声をかけておくのは、トラブルを防ぐ一助にはなります。しかしそれも、「あの人は認知症だから」と噂のタネになるというデメリットもあります。

 私たちが思うほど、現実の社会の目は、まだまだ認知症に対して甘くないというのが私の印象です。

朝丘さんの死因はアルツハイマー型認知症だったのか?

 津川雅彦さんの今回の会見では、死因を「アルツハイマー型認知症」と述べたことも話題になっています。ですが、現実的に考えると、日本では死因を認知症とするのは平成27年の統計(人工動態統計)で0.86%とごくわずかです。とくにアルツハイマー型認知症の場合、脳の萎縮にともなって、心機能、呼吸機能、嚥下機能などの低下が起こり、最終的な死因は肺炎、心不全、腎不全といったケースが多いのです。

 がんや脳卒中などで急に命の危険が迫った場合は、家族も「一日でも長く生きていて欲しい」と、医師に延命治療を求めることが少なくありません。

 一方、認知症の方の場合、ゆっくり少しずつ体の機能が衰えていくことが少なくありません。すると、昔からいう「老衰」と似たように、ゆっくりと穏やかに亡くなる方が多いため、延命治療を選択しないことが多くなります。ですから、今回の朝丘さんの死因をアルツハイマー型認知症と診断したのであれば、そのような意味もあったのではと、私は推測しています。

穏やかな終末期のために、家族で話し合っておきたいこと

 もちろん、認知症でも胃ろうや人工呼吸器で延命治療をされる方はいます。これもどちらが正解ということはありませんが、できるなら、患者さん本人の意志を全うしてあげたいと思います。ですから、ある程度の年齢になったら「延命治療をどうしたいか」については、家族で話し合っておく必要があるのです。

 ただ、ここで問題なのは、息子さんや娘さんがこういった記事や書籍を読んだときに、思い立ったように「お母さん、延命治療はして欲しい?」と聞いてしまうことがあるのです。子どもの立場からすると、「思いついたときに聞いておかなければ」という優しい気持ちなのですが、聞かれた親のほうは「突然何? 死んでほしいの?」と、戸惑うことになります。

 延命治療が題材の映画やドラマを一緒に見たあとなどに、「私はどうしたいかな? お母さんはどう?」などと、聞いてあげるが理想です。なかなか難しいことではありますが、いざとなったとき、あの時話しておいてよかったと、きっと思えるはずです。

 芸能人の方が認知症で亡くなったという話題は、自分や家族が認知症になったときに、周囲にどうして欲しいのか、自分はどうしたいのかを考えるきっかけになります。かしこまってしまうと話しにくいことでも、芸能人の方がなさった介護や治療であれば、自然に話せるのではないでしょうか。そういう意味では、津川さんにも長門さんにも、私は感謝したいと思うのです。

平松類(ひらまつ・るい)

 

医師/医学博士。愛知県田原市生まれ。昭和大学医学部卒業。現在、昭和大学兼任講師ほか、二本松眼科病院、彩の国東大宮メディカルセンター、三友堂病院で眼科医として勤務。述べ10万人以上の高齢者と接し、症状や悩みに精通している。NHK「あさイチ」、TBSテレビ「ジョブチューン」、フジテレビ「バイキング」、テレビ朝日「林修の今でしょ!講座」、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」、「読売新聞」「日本経済新聞」「週刊文春」などメディ出演多数。著書に、著書に、『老人の取扱説明書』『認知症の取扱説明書 』(共にSB新書)、『緑内障の最新治療』(時事通信社)等がある。

取材/文:鹿住真弓

●朝丘雪路さん最期の病床 往年スターとの思い出話を繰り返す

●妻が認知症かも…「お金の管理」夫がやっておくべきこと

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