健康

要介護3で認知症の母の記憶を呼び覚ました”バラの花”。母は涙を浮かべた|回想法の実録レポート

 65才以上の約4人に1人が認知症もしくは予備軍という時代。少しでも進行を遅らせ、家族にはできるだけ長く元気でいてほしい。そこで、認知症予防に効果があるという「回想法」を試した実録レポートをご紹介。要介護3の認知症の母が試してみたら…。

→認知症の親を元気にする”回想法”って?|認知症専門医が解説

要介護3で認知症の母に「回想法」を実践

 父・田中幸一(仮名/87才)と母・節子(仮名/86才)の2人暮らし。次男の私・優(仮名/55才)は車で45分の距離に住む。節子はアルツハイマー型認知症(要介護3)。

 母は私の子供の頃から花が大好きで、朝から庭の小さな花壇と向き合い、赤やピンクのバラに笑顔で話しかけているような人だった。週末になると、家族で深大寺(東京都調布市)へマス釣りとおそばを食べに行き、隣接する神代植物公園にも立ち寄るのがお約束。だが引っ越してから30年以上、家族で神代植物公園へ行くこともなくなっていた。

 ある日、美容院に行く母を車で送迎する道すがら、神代植物公園前を通りかかると『春のバラフェスタ』という大きな看板が目に飛び込んできた。私はすかさず「いま神代植物公園でバラが咲いているようだから見に行ってみる?」と誘ってみる。

「神代植物公園って?」

 母には響かなかった。それでも公園に到着し、もう一度看板の前で伝えてみる。

バラがもたらした家族の思い出

「いま、この神代植物公園でバラがいっぱい咲いているんだってさ」

 すると今度は「あらっ、バラ? 私、バラが大好きなのよ。見たい見たい!」と、バラという言葉に反応した。「転ぶと危ないから手をつなごうか」と声をかけると、うれしそうに目を細めた。

「優が手をつないでくれるの? うれしいなぁ、うれしいなぁ」

 握力のない、小さな手の感触が伝わってくる。そうしてしばらく歩いていると、突然母が口を開いた。

「ここはね、あなたが幼稚園の遠足でよく来た神代植物公園なの。ここはお花がいっぱい咲いていて、私が大好きな場所だったの、覚えている?」

 家族で来たことも覚えているか聞いてみると、「当たり前でしょう。深大寺におそばを食べによく来たでしょ、その帰りにここに寄ったじゃない。あなたは覚えていないの?」と笑顔を見せた。握る手にも力がこもったようにも感じる。

「あなたは(子供の頃)、いつもこうやって私の手を離さずつないでいたわね」

 そう、つぶやくように話した後、目に涙を浮かべてこうも言った。

「今日は仕事が忙しかったろうにごめんね。でもバラを見ることができて本当によかったわ。きれいなお花だった、本当にありがとうね」

おもちゃの犬で先代ハニーを思い出した

 また別の日。このときは父の知らせで実家に急行することとなった。もともと父は、母が認知症を発症する少し前から耳が遠くなっていて、補聴器をつけても効果が薄かった。父からの電話での会話はいつも一方通行。こちらの言葉が聞こえていないので言葉のキャッチボールができない。

「優、元気か? 実はさ、母さんが犬を欲しいと言っていたから、犬を買っちゃったよ。母さん、喜んでくれているんだわ。ヨカッタ、ヨカッタ、ワッハッハッ…」

 両親は高齢者、しかも母は認知症、いまさら犬を飼うなんてとんでもない。驚きと憤慨で思わず、「ちょっと待って! 犬を飼った? 冗談じゃない!」とまくしたてるも、父にはまったく伝わっていない。そして父は受話器を母に渡した。犬のことを尋ねると、母も否定しない。

「お父さんが私のためにね。このワンちゃん、かわいいのよ。でも散歩が大変なの」

 恐ろしいことに、電話の向こうから、キャンキャンと犬の鳴き声が聞こえる。

「ちょっと待ってくれ、これからそっちへ行くから!」

 オートバイをぶっ飛ばして実家に到着した私は「犬! 犬はどこにいるの?」と尋ねるも、父には通じない。『犬はどこ?』と記したメモ用紙を見せると、「おっ、犬か! ちょっと待ってくれ、連れてくるから」と隣の和室に消えた。

 そして再び現れた父が脇に抱えてきたのは、おもちゃのぬいぐるみ犬。キャンキャンと聞こえたのはまさにこの声だ。脱力しながら「母さん、犬って、このぬいぐるみのおもちゃのことだったの…?」と尋ねると、「おもちゃ? ああ、このワンちゃんね。かわいいでしょう? でも散歩が大変なのよ」。

 父は、昔の犬を思い出しては寂しがる母のために、デパートへ行って買ってきたと言う。父なりの、母への思いやりだったのかもしれないと、その場で気づかされた。私は猛省しつつ、おもちゃのぬいぐるみ犬を使って、母との会話を試みた。

「名前はつけたの?」

「まだ」

「じゃあ昔、飼っていた犬の名前を覚えている? 母さん、かわいがっていたでしょう」

「そうねえ…」

 数分、沈黙が続いたので、私が水を向けた。

「“ハニー”というダックスフンドだったよね。体毛が真っ黒で手足が短くて…」

 すると突然、母はスイッチが入ったように話し出した。

「そうだわ、“ハニー”。思い出したわ。かわいかったなあ。体は小さいのに、吠える声は大きいのよね(笑い)。あなた、ハニーと一緒に公園でかけっこしていたから足が速くなったんでしょ。そうそう、庭先の道路の真ん中で日向ぼっこしていたら団子屋さんの車にひかれちゃったこともあったわね。ハニーがぺっちゃんこになったかと思ったら怖くて、優に見に行ってもらったわね」

 ひとしきり先代の犬を懐かしんだ母は、笑顔をそのおもちゃの犬に向けている。母の笑顔が見られるならこれも悪くないなと感じられた。

回想法を試してみて…医師の見解

「実生活にうまく応用したよい例。否定せず、返事を急かさないこともよかった。穏やかな気持ちで回想できる環境づくりも大切」(アルツクリニック東京院長で認知症専門医の新井平伊さん)

教えてくれた人

アルツクリニック東京院長・認知症専門医/新井平伊さん

取材・イラスト・文/辻本幸路

※女性セブン2021年3月18日こじ
https://josei7.com/

●認知症の母に”回想法”を試した5日間の実録ルポ|4日目に母の“目力”が増した!

●認知症の人の潜在能力を高める“かかわらない介護”のすすめ|料理特化型デイサービス『なないろクッキング』の事例

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