認知症の母に”回想法”を試した5日間の実録ルポ|4日目に母の“目力”が増した!
全国の高齢者の認知症患者数は約462万人(2012年)に達し、2025年には700万人を超えるという。誰もが認知症になりうる時代とはいうものの、少しでも進行を遅らせ、家族には元気で過ごしてほしい。そこで、認知症予防に効果があるという「回想法」を、実際に試してみました実録レポートを紹介する。
認知用予防に「回想法」を試した5日間
母・杉本陽子(仮名/76才)は栃木県にて長女・島口恵(仮名/50才)と2人暮らし。次女である私・杉本海(仮名/46才)は東京都在住。陽子はアルツハイマー型認知症(要介護1)。
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回想法ってどうなんだろう──ケアマネジャーでもある姉から、同居している母の認知症が進んでいると報告を受けるたびに、介護のド素人で、しかも離れて暮らす私に何ができるのか、うしろめたさと悶々とした思いがあった。そんななか、家族でもできる回想法という民間療法を知り、4泊5日の帰省の折に試してみることに。
→認知症の親を元気にする”回想法”って?|認知症専門医が解説
1日目:母に喜びの感情が戻ってきた
1日目。「あれ、海じゃん」と母。かつては帰省するたびに「久しぶり~!」とハグをして大騒ぎをするような母だったが、その声にはあまり抑揚がない。リビングにある母の定位置にはものが散らかり、食事ができたら料理を運ぶ、テーブルの上を片付けるという概念もすっかりなくなっているようだ。
「恵はよく面倒見てくれて助かってるの。覚えてるからそんな心配しなくてもいいのに、薬のみ忘れないで!ってやってくれる。なんかいつも怒られちゃうんだよね」
母らしい嫌みも炸裂している。姉によれば、取り繕いや作り話も最近多いとのこと。食後、昔の生活道具が載った本を見せながら「張り板(洗った着物を干す板)ってお母さんの時代にあったの?」と聞いた。すると、途端に饒舌に。
「お母さんの若い頃は、着物は縫い目をほどいて、洗ったらこれに干したの。するとパリッとするのよ。川で洗濯してたんだけど、ちょっと遅くに行くと洗い場が埋まっちゃっててね」
2日目:得意だった縫い物を喜んでしてくれた
2日目。洋裁も和裁も編み物も得意だった母に、手ぬぐいを見せ、「端を一緒にかがってくれない? 得意だったでしょ」と持ちかける。姉によれば、雑巾もまっすぐ縫えなくなっているようだったが、普段を知らない私にいいところを見せようとしてか、快く引き受けてくれた。私が布端を三つ折りにしてまち針をうち、母が並縫いをする役割分担。すると、手ぬぐいをリズミカルに動かして器用に縫い、玉留めも完璧に。
「母親(祖母)が私に手習いをいろいろさせたからね。高校に進学したらどうかって中学の担任の先生が家に来たとき、うちの子は手に職をつけさせるからって追い返したこともあったのよ」(母)
喜ぶ私を見て自信がついたのか、もう1枚の手ぬぐいをかがってくれた。だが、それを見た姉が「じゃあこれも」と持ってきた手ぬぐいには手をつけなかった。ちょっと無理して縫ってくれていたのかもしれない。
3日目:食後のデザートもむいてくれる
3日目。近くのスーパーまで買い物に行きがてら、近所を散策しながら、「昔電車にひかれそうになったよね」「ここ豚舎があったよね」「お姉ちゃんがここで鳩を拾ったね」などいろいろな思い出を投げかけてみるが、反応は薄い。
帰宅後は一緒に、母の十八番だった炊き込みご飯を作る。姉にも料理を褒められ、母は「みんなで食べるとおいしいね!」といい笑顔を見せていた。そして「片付けは任せて」と食後のお皿をきれいに洗っただけでなく、「食後のデザート」とりんごをむいて出してくれるまでに。「こんな気遣い久しぶり! 何より最近は皮がむけなかったのに、すごい効果!」と姉。
4日目:朝から化粧をして目力が増している!?
4日目。朝、母にお化粧をする。仕上げに軽く香水をかけたら目を丸くした後、いいにおいだと喜んでいた。気づけば、それまで目の焦点がぼーっと合わなかったのが、目力が増している気がする。
それから部屋の掃除を始めると、母が手伝いにきた。もともときれい好きで、季節の変わり目には食器棚のグラスやお皿をすべて磨くような人だったが、認知症を発症して以来、ダイニングテーブルや椅子がカビだらけになったりたんすの奥にものをめちゃくちゃに押し込んだりと、なかなかの汚部屋になっていた。が、この日は箒(ほうき)を片手に、ふすまの敷居のほこりを掃きだす徹底ぶり。姉と2人、「お母さんが戻ってきた!」と小躍りして喜ぶと、そんな喜んでどうしたの?とばかりにキョトンとしていた。
午後、小学校のときに習わせてもらっていたピアノを弾く。弾き終わるとパチパチ拍手してくれたり、ピアノに合わせて鼻歌を歌ってくれたのは昔のままだったが、それも長くは続かず、テレビをつけてうとうとし始めた。
それからまたしばらくして、母が三度の食事より好きだった花札をしようと持ちかけた。もともと花札をするのは家族でも母と私だけ。花札をしながら、とりとめのない話をするのが何よりも楽しい時間だった。だが母が認知症を発症してからゲームのルールもうろ覚えになり、そうした会話をしていても集中力が途切れるようになった。勝負に勝つという欲もなくなり、以前ほど花札に興味を示さなくなっていたのだ。
だが、この日の母は始めるなり「青短赤短のダブルで役がついたら25点だからね!」と宣戦布告。声にもハリがあり、手さばきもスピーディー。この日は私を圧倒的に打ち負かし、“現役”感を見せつけたのだった。
5日目:おきまりだったお小言と感謝の言葉が…
5日目。古いアルバムを見ながら思い出話を持ちかける。が、反応は薄い。自分の若い頃や母親、きょうだい、小さい頃の姉と私がわからないようだった。人には向き不向きがあるんだなと実感。そうこうするうち、帰りの電車の時間が近づいてきた。
一緒に洗濯物を畳んでいると、「海、貯金してるの? いい人いないの?」と、かつておきまりだった小言が突然始まった。母らしさが戻ってうれしいような、うざったく感じるような…よくなるというのはこういうことも含まれるのかと、モヤモヤしていたら、続けて熱い感謝を述べられた。
「実はお母さんね、最近死んでもいいやと思っていたんだけど、なんだか生まれ変わった気分がする。海のおかげ。ありがとう! 認知症を治せるよう、頑張るからね!」
その目には光が宿り、生き生きして見えた。
あれから2か月。週に2~3回は電話をするようにしているものの、たくさん歩いて疲れた日など、日によってはあまり話したがらず、姉によればやはり進行しているとのこと。それでも、もし回想法が母にとってよい効果をもたらすのであれば、できることはしたい。母に芽吹いた若葉を枯らしたくない、そう思えた4泊5日の体験だった。
回想法を試してみて…医師の見解
「得意なことは誰でも心が弾むので、意欲や感情が湧いてきて予備脳が働き、生活機能全般の改善が見られたと思われます」(アルツクリニック東京院長・認知症専門医の新井平伊さん)
教えてくれた人
アルツクリニック東京院長・認知症専門医/新井平伊さん
取材・文/辻本幸路
※女性セブン2021年3月18日
https://josei7.com/
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