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大ヒット中『天国と地獄』から「入れ替わり」ドラマの歴史を考える。発端は、映画『転校生』なのか?

 放映中のTBS「日曜劇場」、『天国と地獄〜サイコな2人〜』がたいへんな盛り上がりだ。綾瀬はるかと高橋一生の男女が入れ替わった演技の見事さはもちろん、「入れ替わり」を軸とした複雑なストーリー、謎を「考察」するブームが起きている。前回、パパ(舘ひろし)と娘(新垣結衣)が入れ替わる『パパとムスメの7日間』(2007年)を取り上げたサブカルチャーの歴史に詳しいライター・近藤正高さんも、『天国と地獄』の謎に惹きつけられているひとり。これほどまでに魅力的な「入れ替わり」ドラマの歴史を紐解いてみたい。

前回を読む→ガッキー、舘ひろしの入れ替わりドラマ『パパとムスメの7日間』に賭けた舘の勇気

→【水曜だけど日曜劇場研究】第1シーズンを読む

『天国と地獄』から「入れ替わりドラマ」をさかのぼる

 日曜劇場で現在放送中の『天国と地獄〜サイコな2人〜』は、後半に入って、ますます目が離せない展開を迎えている。

 ドラマは、刑事の望月(綾瀬はるか)と殺人鬼の日高(高橋一生)の心と体が入れ替わってしまうところから始まった。望月は姿形が日高になり、それまでの事件が日高の犯行とわかれば死刑は免れない状況に陥る。そのため一旦は絶望するも、どうやら互いの人格を戻す方法があるらしいとわかり、まずは日高が犯人である確証をつかんだ上で元に戻り、逮捕すればいいと思い直して捜査を続ける。

 だが、その希望は、望月の姿になった日高が新たな殺人を犯したことで打ち砕かれる。この手の人格入れ替わり作品は、ラストではたいてい2人が元に戻るものだが、このような展開を見ると、果たしてハッピーエンドになるのかどうか、予断を許さない。

 さらに衝撃だったのは、先の日曜(2月28日)に放送された第7話で、「東朔也」なる一連の殺人事件の鍵を握る人物を望月(姿は日高だが)が探していくうち、それが日高の双子の兄であったと判明したことだ。

 日高とは幼い頃に生き別れたその兄は、裕福な家に引き取られたものの、その後、養父の会社がバブル崩壊により倒産し、運命が一変していた。それに対して日高は、母親の再婚相手が屋台から食品会社を起こし、成功を収める。双子の兄弟がたどった道はまったく正反対だ。いわばこの作品は、他人同士の人格の入れ替わりとあわせ、実の兄弟の運命の入れ替わりを背景として物語が回っていたことになる。

 思えば、本作の脚本家の森下佳子はここ数年、入れ替わりを題材にしたドラマをたびたび手がけてきた。昨年の緊急事態宣言発令中、テレワークにより制作された「今だから、新作ドラマ作ってみました」というNHKのミニドラマシリーズの1作『転・コウ・生』では、3者(2人の男女と1匹の猫)の心と体が入れ替わった。高橋一生は本作にも、猫の心になってしまうタカハシイッセイの役で出演している。

 さらにさかのぼれば、2017年に放送されたNHKの大河ドラマ『おんな城主 直虎』は、戦国時代に遠江(現在の静岡県)の一地域を治めていた井伊家の娘が、同家を継いだ男子が殺されたために、彼の幼い嫡男の後見役として城主となる。本来なら男が継ぐべき役割を女が担ったという意味で、これも一種の入れ替わり物といえる。

マーク・トウェイン『王子と乞食』チャップリン『独裁者』大林宣彦『転校生』

 こうした別人(親きょうだいを含め)同士が入れ替わってしまうという話は、古くから洋の東西を問わず存在する。日本でも、平安時代に書かれた『とりかへばや物語』(作者不詳)がある。これは容貌のそっくりな異母兄妹が、兄は内気で、妹は活発な性格であったため、父親が男女の衣装を取り替えて育てたところ、成人後、数奇な運命をたどるという話であった(『おんな城主 直虎』は案外、『とりかへばや物語』の正当な後継者といえるかもしれない)。

 容貌がそっくりな人間同士が衣装を取り替えたことで思いがけない運命をたどるという作品にはこのほか、マーク・トウェインの小説『王子と乞食』(1882年)、チャップリンの映画『独裁者』(1940年)などが思い浮かぶ。後者では喜劇王チャップリンが、同い年で、同じくトレードマークがちょび髭だったナチスドイツのヒトラーに対する痛烈な批判を込めて、ユダヤ人の床屋とヒンケルという独裁者の2役を演じてみせた。

『天国と地獄』と同じく男女の人格が入れ替わってしまう作品は、すでに戦前の日本にもあった。「うれしいひなまつり」「ちいさい秋みつけた」などで知られる詩人で作家のサトウ・ハチローによる児童小説『あべこべ玉』(1934年、のちに『あべこべ物語』と改題)がそれである。これは、やんちゃ盛りの男子中学生が、おとなしい小学生の妹と、不思議な力を持つ玉のせいで心と体が入れ替わってしまう様子をユーモラスにつづったものであった。

当時10代だった尾美としのりと小林聡美の好演

 映画作家の大林宣彦が、山中恒の児童読み物『おれがあいつであいつがおれで』(1980年)を読んだとき、まず思い出したのが少年時代に読んだ『あべこべ玉』だったという。『おれがあいつで〜』では、男子小学生の斉藤一夫が、幼馴染で名前も一字違いの斉藤一美とひょんなことから心と体が入れ替わる。これを大林が映画化したのが『転校生』(1982年)であった(前出の森下佳子の『転・コウ・生』の元ネタは言うまでもなく本作である)。大林はそれにあたってまず、《「あべこべ玉」を「とりかえばや物語」に一度戻して、そこから別のアレンジ版として『おれがあいつであいつがおれで』を捉えてみようかとも思った》という(『大林宣彦、全自作を語る』立東舎)。

 ただ、映画では入れ替わる男女が小学生から中学生へ変更されている。じつは大林も当初は原作どおりの設定でやろうとして、小学生を1500〜1600人ほど面接したという。

 しかし、そのうちに、この本を映画にするには性を描かないと結局は男女が描けないと気づき、主人公の年齢を「はっきり生理のある年頃」ということで15歳に引き上げた。あの作品は心理劇だと繰り返し言っていた原作者の山中は、この設定変更に「生々しくなるかもしれないなあ」と懸念したが、大林は《生々しさをセクシュアルなお色気のほうじゃなくて、羞恥心のほうに置き換えたら心理になりませんか》と説得したという(『大林宣彦、全自作を語る』)。

『転校生』は、当時10代だった尾美としのりと小林聡美の好演もありヒット作となる。その後、テレビドラマ化もされ、さらに下って原作どおり小学生という設定によるドラマもつくられたほか(2002年にNHK教育で放送された『どっちがどっち!』)、2007年には大林自身により再映画化もされた。『転校生〜さよなら あなた〜』というタイトルで、蓮佛美沙子と森田直幸が出演したリメイク版では、少女が不治の病で死の淵に立たされるという新たな設定が加えられた。

大島弓子『秋日子かく語りき』も

 ともあれ、性を羞恥心で描くという意図のもとつくられた『転校生』は各方面に影響をおよぼし、さまざまなフォロワー作品も生まれた。

 作家の五十嵐貴久は、当連載で前回とりあげたドラマ『パパとムスメの7日間』の原作となった同名小説(2006年)を書くにあたり、やはり『転校生』を参考にしたという。《『転校生』は入れ替わりモノのバイブル的な映画ですから、もう7、8回は観ていると思います。その影響は確実にあって、言い出したらキリがない。それに負けないようにと執筆したのですが、残念ながらちょっと勝てないかなぁ》とは、2018年に同作が韓国で映画化された際の五十嵐の発言だ(「シネマトゥデイ」2018年3月29日配信)。

 2016年に大ヒットした新海誠監督のアニメーション映画『君の名は。』も、『転校生』の影響を受けていることはまず間違いない。ただ、そこに登場する少年と少女は、場所も時間も離れたところにいて、入れ替わるまでは一度も会ったことがないというひねった設定になっていたのが新鮮だった。

 こうして振り返っても、この系統の作品には、男女の性が入れ替わるという設定が圧倒的に多い。そのなかにあって、交通事故で死んだ主婦が、その現場に居合わせた女子高校生の体を借りて生き返るという大島弓子のマンガ『秋日子かく語りき』(1987年)や、あるいは事故死した母親の魂が宿った娘と父親の生活を描いた東野圭吾の小説『秘密』(1998年)、総理大臣の父親とそのドラ息子の心と体が入れ替わってしまう池井戸潤の小説『民王』(2010年)といった作品は、同性どうしの入れ替わり物という点で異色だ。

 上記の作品のうち、『秋日子かく語りき』は、『ちょっと待って、神様』というタイトルで、2004年に泉ピン子と宮崎あおいの出演によりドラマ化された。『秘密』も滝田洋二郎監督、広末涼子と小林薫の出演による1999年の映画版のほか、テレビドラマも含め、何度か映像化されている。『民王』もまた、2015年に遠藤憲一と菅田将暉が父子に扮してドラマ化された(このときも高橋一生が総理の秘書役で出演し、原作の文庫版の解説も書いている)。『民王』など、折しも現実に総理親子が取り沙汰されているいまだからこそ見返したい作品である。

入れ替わり物と社会格差

 入れ替わり物は、『天国と地獄』がそうであるように、性別や年齢など、入れ替わる2人の立場が違えば違うほど、悲喜劇が際立ち、物語として面白くなる。また、『パパとムスメの7日間』がそうであったように、仲の悪い2人が入れ替わって互いの立場を体験することで、理解を深めるという作品も少なくない。サトウ・ハチローの『あべこべ玉』もそのようなラストになっていた。

『おれがあいつであいつがおれで』は、男女同権を訴えるウーマンリブ運動華やかなりし時代に、真の男らしさ、女らしさとは何かを問いただすべく書かれたという。大林宣彦もこの姿勢を踏襲して『転校生』を撮ったと語っている。だが、いま、これらの作品を読んだり観たりするとむしろ、いわゆる男らしさや女らしさとは、親のしつけなど社会的な慣例などを通じてつくられるところが大きいと気づかされる。

 入れ替わり物というジャンルは、ジェンダーや差別の問題などさまざまなテーマを盛り込むことで、今後さらに新境地を拓く作品が現れそうな可能性を秘めている。たとえば、異なる人種や民族に属する人間同士が入れ替わる作品などは、すでにあってもよさそうなものだが、筆者は寡聞にして知らない。もしどなたかご存じであれば教えていただきたい。

『天国と地獄』もまた、男女の入れ替わり以外にも、社会の格差の問題などさまざまな要素が盛り込まれている。一体どんな結末が待っているのか、最後までしかと見届けたい。

※次回は3月17日(水)公開予定

『天国と地獄〜サイコな2人〜』は『Paravi』で視聴可能(有料)

文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

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