1万回以上ステージに立ってきた高木ブー「ライブは最高です」【連載・第32回】
久々のコンサート(12月12日、内幸町ホール)で、華麗な演奏と歌声を披露した高木ブーさん。始まる前は「今年はずっと家の中にいたから、ちゃんと声が出るかな」と漏らしていたが、マイクを前にした瞬間、そんな不安はたちまち吹き飛んだ。15歳のときに地元の夏祭りで演奏して以来、どれだけのステージに立ったことか。さまざまなステージの思い出を語った。(聞き手・石原壮一郎)
柏の夏祭りでもらった拍手が僕の人生を決めた
やっぱり、お客さんの前で演奏して歌うのは最高だね。今年はコロナの影響で、配信ライブとかはあったけどコンサートはずっとできなかった。久しぶりのコンサートのタイトルが、いきなり「ハワイアンクリスマスだョ! 全員集合」だもんね。でも、コンサートで締めくくれてよかったな。
2部にわたってたっぷり演奏して歌ったんだけど、終わったときは「えっ、もうおしまいなの」って物足りない気持ちだった。若い人から年配の人まで、たくさんの人が目の前で喜んでくれている様子を見て、ぼくのほうが力をもらっちゃったよ。
考えてみたら、ウクレレを弾いたりバンドで歌ったり、そしてドリフターズでコントをしたり、僕はずっとステージに立つのが仕事だった。いったいどのぐらいのステージを経験したのかな。1万回は確実に超えてるよね。ありがたいことだって、あらためて思います。
人生初のステージは、前にもちょっと書いたけど、15歳のときの柏の夏祭り。兄貴がその年の誕生日プレゼントになぜかウクレレをくれて、楽器を持ってるからっていう理由だけで知り合いが声をかけてくれたんだよね。誘われたときは、まったく弾けなかった。
バンド名は「ドリーム・アイランダーズ」。メンバーは、楽器の経験者から素人の僕まで全部で6人。よしず張りのステージでハワイアンを5、6曲演奏した。演奏したって言っても、僕は覚えたての「G」のコードをひたすらかき鳴らしてただけだけど。
ステージに立ってるときは頭が真っ白だったけど、拍手をもらって気持ちよかったのは覚えてる。降りてきたら、いろんな人が「よかったよ」「やるじゃない」って声をかけてくれた。そのあとも商店街のお祭りに呼ばれたりして、何度か演奏したんだよね。当時の「柏町」(現・柏市の中心部)なんて田舎だから、歩いてて「あ、ウクレレの兄ちゃん」なんて言われることもあった。
そんなことが病みつきになったのかな。もともと楽器には何の興味もなかったし、人前に出るタイプでもなかったのに、たちまちウクレレの虜になった。楽器をやってると女の子にモテたのも、熱中した大きな理由だったかも。今思うと、あの柏の夏祭りのステージが、その後の僕の人生を決めたってことだよね。
大学を出てそのままプロのミュージシャンになって、たくさんのステージに上がった。やがてザ・ドリフターズのメンバーになって、ジャズ喫茶で演奏したり、テレビにちょこちょこ出始めたり、ビートルズの前座で武道館のステージに立ったり。
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その後の『8時だョ!全員集合』だけでも803回だもんね。毎回、始まった途端に嵐の中に放り込まれたみたいになって、緊張する余裕もないまま気がつくと番組が終わってた。
忘れられない初のソロコンサート、ハワイでのステージ
記憶に残っているステージはたくさんあるけど、感慨深かったのは、1998(平成10)年7月に新宿のルミネホールACT(現・ルミネtheよしもと)でやった初めてのソロコンサートかな。満員に埋め尽くしてくれた500人ぐらいのお客さんに向かって、
「いつもは真ん中に長さんがいて、隣りに加藤がいて、僕は向かって右の端で……。真ん中に立つまでずいぶん長い時間がかかりました」
そう言ったら、すごい拍手と歓声だった。みんなが真ん中に立つ僕を歓迎してくれているみたいで、嬉しかったな。あの瞬間、ミュージシャンとしての高木ブーは新しいスタートを切らせてもらったのかもしれない。
ハワイで初めてステージに立ったときも、特別な思いがありましたね。もう20年ぐらい前かな、ウクレレ奏者のロイ・サクマさんが以前から開催している「ウクレレフェスティバル」に出場させてもらった。ずっとウクレレをやってきたけど、まさか本場で演奏できる日が来るなんて思わなかったもんね。
そのあとも、ほぼ毎年「ウクレレフェスティバル」に出たり、ここ数年はサザンの関口和之君がプロデュースしている「ウクレレ・ピクニック・イン・ハワイ」があったり、去年はミュージシャンなら誰もが憧れる「Blue Note Hawaii」にも出してもらった。加山雄三さんも出たことがあるけど、僕は当時85歳で日本人アーティストとしては最高齢記録らしい。「まさかここのステージに立てるなんて、人生って面白いなあ」って思ったな。
もちろん、僕がいろんなステージに立てているのは、たくさんの人の助けや応援があるおかげです。僕にできる恩返しは、いい演奏をして楽しんでもらうこと。来年はたくさんステージに立って、たくさん恩返しができるといいな。
「柏で初めてステージに立ってから70年以上にわたりウクレレを弾き続けてこれた。みなさんのお陰です。これからも頑張りますね」
高木ブー(たかぎ・ぶー)
1933年東京生まれ。中央大学経済学部卒。いくつかのバンドを経て、1964年にザ・ドリフターズに加入。超人気テレビ番組『8時だョ!全員集合』などで、国民的な人気者となる。1990年代後半以降はウクレレ奏者として活躍し、日本にウクレレブーム、ハワイアンブームをもたらした。CD美女とYABOO!~ハワイアンサウンドによる昭和歌謡名曲集~』『Life is Boo-tiful ~高木ブーベストコレクション』』など多数。著書に『第5の男 どこにでもいる僕』(朝日新聞社)など。YouTube「【Aloha】高木ブー家を覗いてみよう」( イザワオフィス公式チャンネル内)も大好評! 12月31日18時から、ももいろクローバーZの年越しカウントダウンライブ「第4回ももいろ歌合戦」に出場(AMEBA、BS日テレ、ニッポン放送で放送)。12月31日20時からはCS放送「TBSチャンネル2」で、14時間にわたって『年またぎ!「8時だョ!全員集合」集中放送』が放映される。
取材・文/石原壮一郎(いしはら・そういちろう)
1963年三重県生まれ。コラムニスト。「大人養成講座」「大人力検定」など著書多数。最新刊は「恥をかかない コミュマスター養成ドリル」。この連載ではブーさんの言葉を通じて、高齢者が幸せに暮らすためのヒントを探求している。