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名作ドラマ『夫婦。』のセリフが時を超えて心に響く理由【水曜だけど日曜劇場研究】

 TBS「日曜劇場」の歴史をさかのぼって紐解くシリーズ第10回。阪神・淡路大震災、アメリカ同時多発テロ、新潟県中越地震……さまざまな災厄の歴史を抱えているのがドラマだ。だからこそ、コロナ禍の現在、過去の名作ドラマのメッセージが時を超えて響くのだ。ドラマを深く考察するライター・近藤正高氏が、田村正和主演『夫婦。』込められた製作陣の思いを読み解く。

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タイトルに「。」が入る理由

 ここしばらく「日曜劇場」における田村正和の主演ドラマを振り返っている。先にとりあげた『カミさんの悪口』(1993年)から11年後、2004年の10月期には黒木瞳との夫婦役でその名も『夫婦。』が放送された。「日曜劇場」における田村の主演作はこれで6作目、黒木と夫婦を演じたものとしては3作目だった。この間、2002年10月には同枠が1956年にスタートして以来、単独でスポンサーについていた東芝が降板、名称も「東芝日曜劇場」から現在の「日曜劇場」に改められている。改称して最初の作品は、やはり田村・黒木主演の『おとうさん』だった。

 劇中に登場する家電やメディアも『カミさんの悪口』から『夫婦。』では大きく変わっている。洗濯機は縦型からドラム式になり、テレビはブラウン管から薄型のハイビジョンテレビになった(『夫婦。』放送の前年、2003年12月には地上デジタル放送も始まっている)。それ以上に大きな変化は、携帯電話とインターネットの普及だろう。とくに携帯は、ドラマに出てくる登場人物全員が持つまでになった(まだスマホではなく二つ折りの携帯が主流の時代だが)。『夫婦。』で田村演じる通販会社の社長・山口太一は、携帯メールのおかげで浮気がバレてしまう。

 そういえば、『夫婦。』と、タイトルに「。」が入るのも時代を感じる。人気アイドルグループのモーニング娘。の影響もあるのだろう。「日曜劇場」ではこれ以前にも、2000年に同じく田村・黒木主演で『オヤジぃ。』が放送されている。こちらはセリフと考えれば、「。」がつくのも違和感はない。では、『夫婦。』の「。」はどう解釈すべきなのか。まず思いつくのは、このころすでに一般化していたウェブ検索への対処である。夫婦は普通名詞なので、そのままでは検索すると夫婦に関するあらゆるページが引っかかってしまい、ドラマの情報にたどり着けない。そこで「。」をつけたのではないか(ただし、実際にいま『夫婦。』で検索しても、上位にはドラマに関するページは出てこない)。

 さらに、ここで使われる「。」は、英語の「the」のような定冠詞とほぼ同じという解釈も成り立つように思う。すなわち『夫婦。』は『ザ・夫婦』に等しく、特定の夫婦を描きながらも、そこに普遍性をも浮かび上がらせようという意図を示しているのではないか。事実、このドラマを全編通して見ると、そのような内容になっている。

『夫婦。』のオープニングでは毎回、田村演じる太一が通販番組で社長自ら新商品を紹介する場面で始まる(ちょうどジャパネットたかたの社長による通販番組が評判になっていたころだ)。そこではよく妻のことも引き合いに出され、価格の安さを強調して「またカミさんに怒られちゃいます」と言うのがお約束となっていた。この場面はまた、前話の振り返りのパートにもなっており、太一が家庭での夫婦のやりとりを想定して商品を説明するのに合わせ、前話での太一と妻・華(黒木)のやりとりがオーバーラップする。

→名作ドラマ『カミさんの悪口』が主婦の心をつかんだ時代背景とその仕掛けを解析

『古畑任三郎』と同じ手法

『夫婦。』は、山口夫婦の長女・菜穂(なお/加藤あい)が、太一の部下の元木慎吾(大森南朋。こちらも名前の読みは「なお」である)と結婚することになったところから始まる。菜穂と慎吾は結婚式場を決め、担当のウェディングプランナーの待田幸子(羽田美智子)の協力のもと着々と準備を進めるが、太一は2人の結婚をなかなか認めようとしない。とまあ、ここまではドラマでありがちな光景である。本作の脚本家である遊川和彦は、その後『家政婦のミタ』(2011年)や『過保護のカホコ』(2017年。いずれも日本テレビ系)などといったかなりクセの強いホームドラマを手がけている。それだけに筆者は『夫婦。』を見始めた当初、後年の作品とくらべるとどうも毒気の薄い、ストレートなホームドラマという印象を受けた。しかしそれも初回のラストであっさり覆される。

 前回書いたように、本作では毎回ラストに太一のモノローグの場面があり、そこでは彼がドラマ本編より少し先の未来から過去を振り返る形で語っている。初回ではさっそく、太一の浮気が原因で華と離婚することが明かされ、以後の回では、それにいたるまでの経緯が描かれることになった。『古畑任三郎』が、先に犯人を明かしておいて、それから追って動機やトリックを説明していくのと同様、いわゆる「倒叙」の手法である。

 太一が華と結婚したのは25年前、ちょうどそのころ彼は勤務していた百貨店をやめ、父親からも勘当されていた。頼るあてが一切ないなか、短大を卒業したばかりの華とほぼ駆け落ち同然に結婚し、以来、彼女の内助の功もあって太一は成功を収める。菜穂と息子の順(塚本高史)と2人の子供にも恵まれた。菜穂はすでに就職し、先述のとおり結婚も決まっている。弟の順も大学卒業を控え、太一はいずれ会社を継がせるべく就職させる気満々でいた。そんな一見、幸せに見える山口家も、太一がひょんなことから結婚式場の幸子と出会い、やがて男女の関係になってしまったのを境に、さまざまな問題が噴出する。

 じつは順は留年が決まっていた。そんな折、たまたま知り合った看護師の田之上静香(西田尚美)に惹かれ、結婚を考えるようになる。静香は順の10も年上で、しかもシングルマザーとあって、華は順との交際に強く反対する。菜穂の結婚も、山形にいる慎吾の母・マサ子(松原智恵子)があいさつのため上京した際、倒れたのをきっかけに暗雲がたちこめる。慎吾がいつでも母のそばにいられるよう、帰郷するか、東京で同居したいと言い出したからだ。これに菜穂は頑なに抵抗する。

 しかしそれ以上に深刻な問題を抱えていたのが華だった。結婚してからというもの家計を見事にやりくりし、料理が得意で、掃除にも余念がない。まさに良妻賢母を絵に描いたような華が、第4話で太一の浮気を知るや、半狂乱に陥る。夫のためにつくりおきしていたカレーを鍋からぶちまけ、目につくものを手当たりしだいに散らかし、さらには結婚して最初につくった家計簿のページ(「今日から山口家の主婦/太一さんのために頑張ろう」と書きつけてあった)も破ってしまう。

 その後、華の追及により太一は浮気を白状し、幸子とはもう会わないと約束する。しかし夫婦のあいだにできた溝は埋まらず、むしろ深まるばかりだった。第8話で華は、太一宛てにしばらく離れたほうがいいと置手紙をして家を飛び出し、それまで家の一切を彼女にまかせていた家族は途方に暮れる。ドラマではありがちなシーンではあるが、それにしたって妻(母)がいないと飯も満足に焚けず、風呂も沸かせないというのは、かなり問題ではないだろうか。このとき順が、母がいつも掃除ばかりしていた理由がよくわかったとして「結局、この家はお母さんそのものなんだね」と口にするが、このセリフからは華がいかに家に縛りつけられていたかがうかがえよう。

 そのころ、華は新婚旅行で行った箱根の旅館に泊まったあと、東京に戻り、衝動買いした派手目な服とヒール姿で街中をさまよい歩く。そこで自分と同じ年ぐらいの女性たちが生き生きと働いているのを目の当たりにした彼女は、自分の人生を見直す必要に駆られながら、帰宅する。そしてその夜、とうとう太一に離婚を切り出すのだった。

→ブルーインパルスに感謝した綾野剛主演!ドラマ『空飛ぶ広報室』の内容に今こそ注目

火種は結婚10年目から

 続く第9話では、家族が久々に一緒に散歩するなど一転して復調ムードになり、菜穂も慎吾と山形に行く決意を固めた。その日が25回目の結婚記念日だと気づいた太一は、華に銀婚式だから少し奮発したとダイヤモンドの指輪を贈る。彼女は喜んだのも束の間、おもむろに寝室の押入れにしまいこんだものをひっぱり出してきて、太一を唖然とさせる。それは、華が太一のために用意していた15年分の結婚記念日のプレゼントだった。彼女はこれら品々を、太一のほうから先にプレゼントをしてくれたら渡すつもりでいたのに、彼がずっと結婚記念日を忘れていたために押入れにしまったままになっていたという。何のことはない、太一の浮気は離婚にいたる単なるきっかけにすぎず、火種は結婚10年目から着々と蓄積されていたのだ。

 このころ、団塊の世代の大量定年を目前に控え、妻が夫の退職とともに離婚を切り出す熟年離婚がちらほらと話題になりつつあった。翌2005年にはずばり『熟年離婚』(テレビ朝日系)というドラマも放送されている。『夫婦。』もこうした世相を反映していたことは間違いない。

 結局、太一も離婚を受け入れ、最終回(第11話)で菜穂の結婚式を迎える。このときにはすでに夫婦はサバサバした気持ちで、娘を送り出そうとしていた。しかし、このまま視聴者を安心させてくれないのは、さすが遊川和彦というべきか。式の終わりに太一が新婦の父親としてあいさつをしていると、突如としてある事件というか事故が会場を襲う。それでも太一は動じることなく、あいさつを続行し、「別れ」や「死」といった忌み言葉をあえて用いながら、夫婦とは何かを問いかけた。さらに先ほどの事故を踏まえ、「いまは昔と違って、地震やテロがいつ起こるかわかりません。そんな不安な世の中です。そんなときだからこそ、私たちができるのは、いや、しなくちゃいけないのは、一番身近な人、たとえばですね、ご主人とか奥さんにできるだけたくさんの愛情を注ぐことではないでしょうか」と訴えるのだった。これは、1995年の阪神・淡路大震災や2001年のアメリカ同時多発テロなどといった、現実のさまざまな事件を念頭に置いたものだろう。ちょうど『夫婦。』のスタートまもない2004年10月23日には、新潟県中越地震も起きている。地震やテロはその後も頻発しており、それだけに太一の言葉は、東日本大震災を経て、さらにいまコロナ禍にある私たちの心にも響く。

 後日、太一と華は一緒に役所へ離婚届を提出に赴く。2人して窓口で待つあいだ、太一が涙ながらに華に伝える感謝の言葉には、未婚の筆者も胸にこみあげるものがあった。しかしドラマはこれだけでは終わらない。ラスト7分で、さらなるどんでん返しが待っていて、元夫婦の将来に希望を持たせたところで幕を閉じる。

還暦をすぎていた田村正和

『夫婦。』の放送当時、田村正和は61歳と、すでに還暦をすぎていた。それにもかかわらず20歳以上も下の女性と浮気をしてしまう男を演じて、不自然に感じさせないところがすごい。他方で、歳相応にペーソスをただよわせ、妻との別れのシーンでは視聴者からしっかり涙を搾り取る。おかげでこのドラマは、単なるプレイボーイの浮気話に終わることなく、妻の家庭からの解放というきわめて現代的なテーマを扱って、深みを持ったものとなった。

 なお、『夫婦。』最終回のラストで太一は妻に「自分より先に死ぬな」と頼んだが、田村はその後、2009年の単発ドラマ『そうか、もう君はいないのか』(城山三郎原作、TBS系)で妻に先立たれた老作家を演じている。このときのプロデューサーも「日曜劇場」の主演ドラマでずっと組んできた八木康夫であり、脚本は『カミさんの悪口』シリーズの山元清多だった。

『夫婦。』は配信サービス「Paravi」で視聴可能(有料)

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文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)

ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。

●田村正和はモテ男の象徴!?出演ドラマから紐解くそのスター性

●まるでコロナ予言のドラマ『アンナチュラル』街はマスク姿だらけ、テレビは「手洗い、うがい」と連呼

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