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兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第44回 兄は去年から外出自粛中です」

 ライターのツガエマナミコさんは、若年性認知症を患う兄と2人で暮らしている。兄の生活をサポートするツガエさんが2人の日常を綴る連載エッセイ。

 ようやく先週、全国的に緊急事態宣言が解除になったが、今回は、宣言下で自粛生活中だったときのツガエ家の様子をお伝えする。世間では、外出を控えることに努めていた中、兄の暮らしは案外と変化がなく…。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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 * * *

100点満点の自粛生活

 今春は、外出自粛のゴールデンウィークでした。コンサートやイベントが軒並み中止になったかと思えば、学校が休校になり、卒業式や入学式もありえないほど縮小されました。店舗は休業を余儀なくされ、人に近づくな、集まってしゃべるな、買い物は3日に1回、ジョギング中もマスクしろというめちゃくちゃな縛り。カラオケの“1970年代縛り”よりも遥かに厳しいではありませんか? 

「いつまで我慢すりゃいいんだ!」というストレスが爆発しそうな世の中にありまして、我が兄はいつもと変わらぬマイペースでございます。と言いますか、我が家はもとからつつましい二人暮らし。旅行や外食はしてきませんでしたし、兄はすでに無職、わたくしも基本在宅なので、緊急事態宣言の前後で生活に変化が出る要素がないのでございます。

 それに、うちの兄の外出自粛は世間様の比ではございません。スタートはなんと昨年の7月。会社に行かなくなってからほぼずっと自主的な軟禁状態でございます。

 病院とハローワーク、稀に散髪以外は外を出歩くことはございません。4月のハローワークに至りましては「郵送での手続きにご協力ください」ということで唯一の外出もなくなりました。

 ゴミ出しも新聞もわたくし任せなので、兄は玄関の敷居を跨(また)いですらおりません。そういう意味では兄の感染防止対策は完璧で、総理も知事も泣いて喜ぶ100点満点自粛。生産性のない兄ができた唯一の社会貢献でございます。

 自粛が続き、世間様がキレ出しているニュースを見るにつけ、兄の辛抱強さ、気の長さ、穏やかさに驚かされるとともに、その秘訣は頭の空っぽさだと思うようになりました。

 毎日毎日、朝からワイドショーを見続けている割に、兄は世の中で何が起こっているのかを理解しておりません。それが端的に露呈したのが3月の病院の診察でのこと。

先生「毎日何をして過ごしていますか?」
 「そうですね、テレビしか見ていないです」
先生「最近、テレビで気になったニュースはありますか?」
 「いや~、毎日いろんなことが起こりますよね」
先生「そうですね。その中でも今一番大きなニュースになっているものがあるのですが、何かわかります?」
 「う~んと、火事?ですか?」
先生「いや、火事じゃないですね。コロナウイルスって聞いたことないですか?」
 「ああ、コロナコロナって言ってますね。なんか病気でしたっけ」
先生「そうです、それです。肺炎を起こすウイルスです。どこの国から始まったと言われているんでしたっけ?」
 「え?どこの国?あっちのほうですか?え~と…」
先生「とても大きな国です。わりと近い大きな国といえば?」
 「え~と、あれですか…北のほうの…朝鮮とか」

―――わたくしの心の声「大きな国って言ってるじゃんかボケ」―――

先生「う~ん…違います。答えは中国です。中国の武漢から始まったと言われているんですよ」
 「は~そうですか。知りませんでした」

 こうしてその日の診察は終わりました。あんなに毎日同じニュースの繰り返しでも、兄の頭の中にワイドショーの内容が刷り込まれることはないようでございます。「マスクがない」も「渋谷がガラガラ」も「医療崩壊寸前」も、兄にとっては関連性のない単体のニュースで、ツルンと通り過ぎて何も残らない。先日の診察で「コロナ」と「病気」がかろうじて結びついただけでも良しとするところまで、兄の病状は進んでおります。

 世の中の騒動とは別のところでこの先も兄の外出自粛は続くことでしょう。そしてもし兄が新型肺炎になったとすれば、感染経路は100%わたくし。兄とは極力会話をせず、食事どき以外は自室にこもってお仕事の振りをしているわたくしでございます。まぁ正直、感染対策とは全く関係ありませんけれども…。

つづく…。(次回は6月11日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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