謎のウイルスに感染して…映画『アイアムアヒーロー』を観て日本男子よ奮い立て
新型コロナ感染拡大の影響で、今シーズンのドラマが放送延期中だ。綾野剛、星野源主演のドラマ『MIU404』のレビューをお届けする予定だったこのシリーズでは、放送開始を待ちながら、脚本担当の野木亜紀子の過去作品を振り返り、あらためて見直したいドラマをご紹介する。
数々のドラマレビューを執筆する大山くまおさんが『逃げるは恥だが役に立つ』『重版出来!』などのヒットドラマに続いて、今回は映画『アイアムアヒーロー』を取り上げる。
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日本にもあった!本格的なゾンビ映画
収束する気配が見えない新型コロナウイルス感染症。ウイルスが世界中を覆い尽くしていく様子を見て、ゾンビ映画をイメージした人もいるかもしれない。
ゾンビ映画といえば、欧米の専売特許というイメージがあるかもしれないが、日本にも優れたゾンビ映画がある。それが2016年に公開された『アイアムアヒーロー』である。
原作は『ビッグコミックスピリッツ』に連載していた花沢健吾のコミック(全22巻で完結)。主演は大泉洋で、有村架純と長澤まさみがダブルヒロインとして脇を固める。マンガ原作でこのキャストならライトなタッチの作品を想像する人もいるかもしれないが、実際はかなりハードな残酷描写、バイオレンス描写も多い(R15+指定作品)。
海外のファンタスティック映画祭で数々の賞を受賞していることからもわかるように、世界の目の肥えたホラーファンからも認められた本格的なゾンビ映画なのだ。
余談だが、公開当時はゾンビ映画だと知らずに劇場に出向いて、死ぬほど驚いた人たちも少なからずいた模様(特に若い女性)。
35歳・負け犬の主人公、大泉洋
主人公は35歳の鈴木英雄(大泉洋)。マンガ家として成功を夢見ているが、まったく見込みはなく、アシスタントをして生計を立てている状態。同棲相手の黒川徹子(片瀬那奈)からも見放されつつある。
しかし、ある日突然、街の人々が謎のウイルスに感染し、次々と凶暴化して犠牲者が続出する。徹子をはじめ、英雄の仕事先のマンガ家やアシスタントたちも次々と感染し、見るも無残な姿に。「ZQN(ゾキュン)」と呼ばれる感染者の群れが日常生活どころか文明社会そのものを崩壊させていく中、英雄は偶然出会った女子高生の比呂美(有村架純)を連れてサバイバルの旅に出る。
英雄は穏やかな性格だが、同時に臆病で小心な男として描かれている。自己紹介するときは「ヒーローの英雄です」と名乗るが、これは自分を卑下したもの。英雄はヒーローになりたくてもなれなかった男、ヒーローになることを諦めてしまった男である。わかりやすく言えば「負け犬」だ。
象徴的に描かれるのが、ショットガンだ。クレー射撃を趣味にしている英雄は、逃げ出すときに自前のショットガンと弾丸を持ち出すしが(ちゃんと免許も一緒に持ち出しているのが彼らしい)、持ち前の臆病さと法律を守らなければいけないという気持ちが強すぎて、ZQNに襲われても引き金を引くができない。
『アイアムアヒーロー』で英雄が回復した「男性性」
脚本の野木亜紀子は、展開と登場人物の多い原作を非常にコンパクトにまとめているが、窮地に陥った英雄が安易にヒーローにならない様子をじっくり描く。英雄はショットガンを撃つことができず、あまつさえ他人に取り上げられてしまったりもする。
大量消費社会への批判が込められていたジョージ・A・ロメロの『ゾンビ』(78年)をはじめとして、ゾンビ映画は基本的に根本的な解決はなく、ゾンビとの対決以外のテーマが描かれることが多い。だとすると、『アイアムアヒーロー』で描かれていたのは、日本的な決めきれなさであり、男性の弱さである。ライターの西森路代は「本作は日本と日本に住む男性のアイデンティティを重ねて描いた批評的な作品にもなっている」と指摘し(日刊サイゾー 4月22日)、映画評論も行うラッパーの宇多丸は「『去勢された男』『去勢された男性性』の物語になっている」と表現している(TBSラジオ 2016年5月21日)。
野木自身、ツイッターで「米映画『ワールド・ウォーZ』を比較して観ても面白いかもしれない」と呟いている。主人公が開始5分で銃を撃つ「強いヒーローアメリカ」映画と、『アイアムアヒーロー』は対極的だ。アメリカの映画祭で英雄に共感した観客が多かったことについて、「日本的な苦悩に共感する人々がアメリカにもいる」ことを意外と感じたと述べている(いずれも4月23日)。
映画の終盤、英雄は勇気を振り絞って、振り絞って、ついにZQNに立ち向かい、ショットガンの引き金を引く。映画では、銃は男性器のメタファーであり、「発射」という表現もわかりやすい。つまり、『アイアムアヒーロー』は苦悩する日本人男性が、男性性を回復(獲得)して本当の英雄になるまでの映画だと言える。とはいえ、単に「男らしく銃をぶっ放せるようになって良かったね」とも言い切れない。作中には銃を奪って専制的に振る舞おうとする男たちも登場するが、強そうに振る舞って力を誇示し、物事を決定していく者の存在が世界をより良いものにするとは限らない。コロナ禍のさなかにある現在あらためて観ると、さまざまなことを考えさせられる。
それにしても野木と監督の佐藤信介(『図書館戦争』シリーズなど)は、ゴア描写とテーマ性を両立させつつ、迫力のあるゾンビエンタテイメントを作り上げるという難題をこなしてみせた。ぜひ観てみてほしい。
※『アイアムアヒーロー』はAmazon Prime Videoなどの配信サービスで視聴可能(有料)
文/大山くまお(おおやま・ くまお)
ライター。「QJWeb」などでドラマ評を執筆。『名言力 人生を変えるためのすごい言葉』(SB新書)、『野原ひろしの名言』(双葉社)など著書多数。名古屋出身の中日ドラゴンズファン。「文春野球ペナントレース」の中日ドラゴンズ監督を務める。
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