暮らし

親が「痛い」と泣いている時何もできず困ったら…|700人以上看取った看護師がアドバイス

 介護の難しさのひとつに、相手が苦しんでいるのに対して、どうもしてあげられないことがある。たとえば、親が痛がっているのを見るのはとても辛く、混乱してしまう。自らも親のそうした状態に直面した経験を持つ看護師の宮子あずささんに、どうしたらいいかを聞いた。宮子さんは、看護師として700人以上を看取ってきた人だ。

→親が興奮してどなり合いの喧嘩になってしまう場合のアドバイスを読む

こちらも泣きたいぐらいの気持ちでもどうすることもできない

 骨粗しょう症の母親を介護しているかたがいました。Kさんとしましょう。骨粗しょう症は「サイレント・ディジーズ(静かな病気)」とも言われていて、はじめのうちは自覚症状が現れません。急に腰や背中が痛くなった場合は、すでに骨粗しょう症が相当進んでいる可能性が高いのです。

●「痛い、痛い」と泣くのに困り果てて仕事も手につかない状態に 

 骨粗しょう症は、骨量(骨密度)が極端に少なくなる病気で、背中や腰の骨(脊椎)の一部がすかすかになって押し潰され、強烈な痛みを伴うのです。Kさんの母親は、「痛い、痛い……」と泣くのだそうです。

 Kさんは、なんとかしてあげたい。こっちも泣きたいぐらいでも、どうすることもできません。母親が「痛い、痛い……」泣くのに、Kさんは困り果て、仕事も手につかない状態になりました。

 しかし、Kさんは、ある時からこう言うことにしました。「そうだよね、辛いよね。でも何もしてあげられないの、ごめんね」

●何もしてあげられないのは「冷たい」のではない

 Kさんのケースは、はたして「冷たい」のでしょうか。私はそうは思いません。なぜなら、Kさんはこうやって流すことで、介護を続けることができたからです。その後、痛みがおさまることはないものの、親も子も痛みが起きることに少しずつ慣れていきました。

「どうしよう」「かわいそうに」とKさんが右往左往して悩み続けていたら、Kさん自身が病んでしまったでしょう。なぜならどうにもできないからです。気にしないようにして放っておくしかないのです。

 母親の痛みに寄り添おうとするあまり、Kさんが倒れてしまったら、最も被害をうけるのは親です。Kさんは、聞き流すことによって、継続して安定した介護をしてあげることができたのでした。

痛みをゼロにすることはできないが、工夫してあげられることはある

 私の母親も膠原(こうげん)病に関節リウマチも伴っていたので、体中に痛みがありました。またシェーグレン症候群で、常に口の中の痛みを訴えていました。

●痛いことに少しずつ慣れてはくる

 シェーグレン症候群とは、涙や唾液を作りだしている涙腺、唾液腺などが慢性的に炎症を起こす病気で、乾燥による目の痛みや、口の渇きや痛みが生じます。乾きによって歯の不調も出てきます。シェーグレンと膠原病のせいで、母は始終、痛い痛いと口にしていました。

 私も気になって仕方ありませんでした。こんなに大変でどうしようという状況だったのですが、そのうちに、親の方も、痛いことに少しずつ慣れてはきたんですね。Kさんも最初は気になって気になってしょうがなかったのが、だんだん放っておけるようになったのだと思います。そうならないと介護は続かないのです。

●話を聞いてあげることはできる

 私が介護を続けられるようになったのは、自分がなんとかしてあげられないことを認めたためかもしれません。

 人は、どうにもできないことを何度も何度も言われると、自分が責められているような気持ちになってしまいます。話を聞くのもいやになってしまいます。看護師として、部下から困っていることを訴えられるのも同じでした。聞かされると責められているようで、いやだと思ってしまうのです。

 しかし、部下の看護師も、痛いと言っている親も、なんとかしてもらいたいというよりは聞いてもらいたいという気持ちが強かったりするのです。

 自分には母の痛みを取ってあげる手だてはないのだと認めて、でも可能な限り話を聞いてあげることが、介護を続けていける道ではないかと思います。

●改装をしたり、介護ベッドにしたり、さすってあげたりする

 母の「痛み」に関して、自分はそれを取ってあげることはできないと認めた私ですが、その代わり、こちらができることをするようにしました。母がなるべく痛みを感じないで生活できるようにする手伝いです。

 母の場合は、膠原病のせいで、階段を上がるのにも痛みが伴いましたので、階段の段差を低くするような改装をしたり、床に敷いてある布団だと寝起きが大変そうだから介護用ベッドに変更したりと、日常生活での痛みを少しでもらくにすることができるような工夫を考えました。

 痛みをゼロにすることはできませんが、環境を整えるとか、具体的な工夫をしてあげられることはあります。からだをさすってあげることもできます。そうすると介護される側もする側も少し気がまぎれるのです。

〈親が痛いと言っている時のためのまとめ〉

●何もできないことに悩み続けていたら、子どもが病んでしまう

●自分に痛みを取ってあげる手だてがないことは認めて、可能な限り話は聞いてあげる

●環境を整えるとか、からだをさすってあげるとか、痛みをらくにする工夫をする

今回の宮子あずさのひとこと

「親の介護をしたからこそわかることもある」

 私は看護師という仕事をして、たくさんのかたを看取ってきました。しかし、親の介護をして親を看取るというのは、それとは全然違うことでした。親が苦しんでいる姿を目の当たりにするといった経験は、誰にとっても特別なことだと思います。
 
 親を介護して得たことのひとつに、次にこうして年を取って死んでいくのは、自分だという感覚がありました。それは親を看取ったからこそわかったことかもしれません。

 看護師の仕事として介護をしている時は、バトンタッチができます。しかし親の介護にはそれがありません。自分が最後まで抱えて意思決定していかなくてはなりません。だからこそ、親の介護という長丁場を乗り切っていくためには、自分をらくにしてあげることも必要です。

 新型コロナウイルスの感染がますます拡大し長期化していく中、どうやったら親を感染させないですむか、医療崩壊になったらどうするかと、心配しているかたが多いと思います。時には気分転換をしながら、お過ごしいただければと思います。

→宮子あずささんの他の記事を読む

教えてくれた人

宮子あずさ

宮子あずさ(みやこあずさ)さん/
1963年東京生まれ。東京育ち。看護師/随筆家。明治大学文学部中退。東京厚生年金看護専門学校卒業。東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。1987年から2009年まで東京厚生年金病院に勤務。内科、精神科、緩和ケアなどを担当し、700人以上を看取る。看護師長を7年間つとめた。現在は、精神科病院で訪問看護に従事しながら、大学非常勤講師、執筆活動をおこなっている。『老親の看かた、私の老い方』(集英社文庫)など、著書多数。母は評論家・作家の吉武輝子。高校の同級生だった夫と、猫と暮らしている。

構成・文/新田由紀子

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