妻のALS介護の費用。いくらかかる?介護保険と自己負担
「最初は介護保険を使ってヘルパーを派遣してもらえるのが月に24時間だけだと言われて絶望しました。そのときに、福祉課の職員に言われた言葉が本当に酷いものでした。“給付時間がもっと必要なら、実際に自腹でヘルパーを雇って、請求書や領収書などの実績をもってきてください”と言うのです」
真さんは、自己負担で雇ったヘルパーが入った時間表と請求書と領収書、加えて訪問診療してくれる医師の書類、訪問看護してくれるナースの書類をすべて集めた。そして、真さん自身の双極性障害と睡眠障害の診断書。主介護者がこういう状態であり、ヘルパーを自費で雇うことで家計は破綻寸前なので、重度訪問介護の時間を追加してほしいと、理由書や資料を携えて、再度交渉した。
「このままでは在宅介護は崩壊してしまうという気持ちをぶちまけました。それらの書類は、職員が審議会や役所内の会計担当と話し、納得してもらうためのもので、これを作成するのに、かなりの労力を費やしました」
福祉課から「この時間にはナースが入っているので、ヘルパーは要らないはず」と言われ、「ナース以外にも医療を施すときに体を支えるヘルパーが必要です。認めてほしい」など、再三交渉して、245時間から524時間、704時間と3段階、3年を経て増やされた。
「子どももおらず、ダブルインカムだったので、老後に備えて蓄えもそこそこありました。その半分をこれまでの介護に使ったと思う。今なんとかやっていけるのは、民間の生命保険の傷害保険。それを年金型の保険金でもらっています。障害年金、各種手当が介護の原資です。重度訪問介護でかなりの費用は負担されますが、自己負担額は発生するので、月に5~10万円は支払います。例えば人工呼吸器代は介護保険からの支給で賄えますが、痰の吸引機は、1台目が壊れたら2台目からは自費です。20万円はするので、その都度の負担もかなりになります」
他にも視線入力装置も使えない状態に進行したので、本人が希望した、脳から身体を動かすための信号をセンサーで介護者に伝える装置を購入するなど、かなりの金額がかかった。在宅介護を決意したものの、物心両面での負担は大きい。
レスパイト入院の病室で泣いていた妻
一時休止、休息を意味するレスパイト。レスパイト入院とは、在宅療養を続ける介護者の日々の疲れ、冠婚葬祭など事情があるときに、病院が患者を医療保険で入院させること。東京都には最長60日間受け入れる制度がある。保健所に申請すると、この制度を利用できるベッドが空いているかが確認されて、入院先が決まる。
真さんもこれまで、自分の脊椎管狭窄症、大腸ポリープなどの手術や東北の実母の葬式などの際に利用してきた。しかしその都度、膨大な書類と煩雑な手配が必要だ。自宅からストレッチャーで運び出し病院のベッドに寝かせるまでの移動には民間救急サービスを利用する。この費用が高額で、毎回真さんは頭が痛い。希実枝さんの入院のための予約、準備等々やらなければいけないことがある。
一方、希実枝さんはレスパイト入院を嫌がる。最初にレスパイト入院した病院では、放っておかれたという。文字盤を読み取れない看護師ばかりで意思疎通ができない。病院の人員不足で、在宅での四六時中ヘルパーのいる生活とは違って雑な扱いを受けていたというのだ。
「退院する前日に病室を訪ねると妻が泣いていました。どうしたのと聞くと、身体が痛いのに誰も来てくれないと言います。自力で体を動かすことができないから、頻繁に体位変更しなければいけないのですが、看護師さんが忙しすぎてベッドまで来てくれない。ナースコールを押せないので、息を吹きかけてナースを呼ぶブレスコールをつけたのだけれども、それも作動しなかった。周囲の人は、疲れている私を見て、レスパイト入院を勧めてくれますが、妻は入院が嫌いでレスパイトのレの字も言ってくれません(笑い)」
そんな経験があるので、次にレスパイト入院したときは、病院の看護とは別に、慣れ親しんだヘルパーを常時置こうとした。ところが病院側からは、ヘルパーを入れるなら個室になるので、差額ベッド代を支払うように言われた。1泊1万3000円。20日で26万円。大変な額になる。
「パートで働いているヘルパーさんの確保も大変になります。入院中にヘルパーさんが要らないとなると、退院して自宅に戻ったときに、今までみてくれて慣れているヘルパーが他の人のところに行ってしまうケースを経験しました。文字盤を読むのを慣れているヘルパーさん、妻と相性のいいヘルパーさんは、在宅介護では不可欠なのです。
最終的に病院は、妻の様子を見て差額ベッド代を取りませんでしたが、クリアしなければならないことは日々出てきます。最近では制度改正で、コミュニケーション支援を行っているので重度訪問介護時間を使ってヘルパーさんに病室にいてもらうことが可能になりました」
さらに病状が進んだらどうするか
現在の希実枝さんは、ベッドの上で寝たきりながらも、文字盤を使って意思を伝える。「ビールが飲みたい」とねだると真さんが舌に少しのせる。
また友人たちが読んでくれた最新刊の長編の小説を1週間に1冊のスピードで聞いている。これは30年以上も編集者として仕事をしてきた希実枝さんが、望んだことでもある。
「身体が動かなくなったときに、大好きな小説を読み聞かせてほしい」
かつて希実枝さんは、視線入力装置や文字盤を駆使して、真さんと緩和ケアの医師の前で、そう伝えた。そんな希望をかなえようと、50人近くの友人たちが集まり、ボランティアとして本を読んでいるのだ。
まず新聞などに掲載された書評を読み、読んでほしい書物を決め、リクエストに基づいて担当者が本を読んでいく。クラウドに読んだ音源をアップロードし、それをベッドの脇の端末で聞く。希実枝さんは先日、ボランティアをしてくれる友人にこう答えた。「本読みは私を私たらしめるもの」。彼女の頭脳も意欲もは未だ衰えてはいない。
しかしながら、希実枝さんの病状は進行しつつある。痛みを和らげるために少量のモルヒネを使うこともある。この先、目も開けられなくなってしまったらどうするのか。今後どうするべきか真剣に考えることもある。
「在宅介護は想像した以上に過酷だったといっても過言ではありません。いまだにつまずきそうになることもあります。私も病気がちですし、いつまで介護ができるかなと不安になります。ホスピスを見学しに行ったこともあります。病院と同じで施設もルーティンワークしかやってくれないかもしれない。彼女が考える満足のいく介護をしてくれるかどうか。在宅は彼女が望んだこと。できる限りのことをしてあげたいが、悩みは尽きません」
真さんは、言葉を選ぶようにそう話した。
家族が倒れたとき、私たちはどういう介護を選ぶか。多くの家族は在宅介護が望ましいと思うかもしれないが、介護する側の過酷さを置き去りにして決定しては、必ず破綻が来る。
相互が納得のいく介護とは何か。本当に難しい選択だ。
取材・文/樋田敦子
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