バリアフリー観光かくあるべし みんなが楽しめる旅行を叶える三重県の取り組み
今、日本中に「バリアフリー観光」が広まりつつある。とくに熱心に取り組んでいる自治体の一つが三重県だ。三重県には、江戸時代から今に至るまで、「一生に一度はお伊勢参り」とあこがれるパワースポット伊勢神宮をはじめ、数々の観光名所やご当地グルメが盛りだくさん。障がい者や高齢者だけでなく、同行する人も一緒にその魅力を満喫できる「バリアフリー観光」とは?
バリアの有無より、バリアの詳細
三重県でバリアフリー観光を積極的に進めているのが、「NPO法人 伊勢志摩バリアフリーツアーセンター」。鳥羽駅前の土産物ビルに事務所をかまえる同センターは、伊勢・鳥羽・志摩を中心に三重県内の旅のバリアフリー情報を無料で発信している。事務局長の野口あゆみさんに、バリアフリー観光について聞いてみた。
「バリアフリー観光と聞くと、『段差が少ない』『点字の表示がある』など、障がい者や高齢者を受け入れる施設に行くのだ思われますよね。でも、実はちょっと違うんです。私たちがご案内するのは、誰もが当たり前に楽しめる観光スポット。そこにどんなバリアがあるかという情報をお伝えし、旅行するご本人に選んでいただくことで、本来のバリアフリー観光になるのだと考えています」(野口さん、以下「」内同)
障がい者とひと括りにされても、視覚障がい者に必要なのは点字版や音声ガイドだし、車いす利用者は車いすで利用できるトイレやスロープがほしい。さらに、車いす利用者であっても、電動か手動か、まったく立てないのか歩けるのかなど、それぞれの状況は異なる。
そこで野口さんたちは観光地や店について、「坂道は急だが、事前に連絡すれば専用通路を通れる」「玉砂利が浅いので、車いすでも通行しやすい」など、“どんなバリアがあるか”をくわしく調べ、伊勢志摩バリアフリーツアーセンターのホームページで発信。さらに、バリアフリー情報誌『みえバリ』では、三重県内各地の観光地の魅力をバリアフリー視点を交えて紹介し、障がい者、高齢者、またその家族の「旅行へ行きたい」気持ちを湧き立たせる手助けもしている。
「バリアフリーな店じゃなく、おいしい店に行きたいんや」
野口さんがバリアフリー観光に熱心に取り組むようになったのは1999年頃のこと。地元の伊勢で車いすを利用している1人の男性と出会ったことがきっかけだった。
「私は以前、地元タウン誌の編集の仕事をしていた経験があったので、良かれと思って車いすで行けるお店を調べて伝えたところ、『バリアフリーのお店に行きたいんじゃない。おいしいお店に行きたいんや。その店の入り口がどうなっているのか、2階にあるならエレベーターがあるのか、ないのか。そういうバリアが事前にわかれば、友人と一緒に行くなど、事前に準備ができる』と言われたんです。
私たちが食事に行くときはまず、おいしいお店の情報を聞きつけ、それからどうやって行くかを考えますよね。それは障がいがあってもなくても同じなのだと気づき、はっとしました」
野口さんの考え方と視点は180度、大転換。それからは、「行けそうなところ」ではなく、「行きたいところ」を探し、そこへ一緒に行く方法を考えるようになった。ちなみに野口さんはその後、車いすの男性と結婚。アクティブな夫とともにプライベートでも魅力的なお店やデートコースを開拓し続けている。
旅行者「みんな」が楽しめる旅を
伊勢志摩バリアフリーツアーセンターが設立されて約18年。野口さんたちは多くの観光客の話を聞き、情報提供をするなかでオリジナルのサービスを立ち上げた。そのなかから3つを紹介する。
●伊勢神宮内宮参拝サポート「伊勢おもてなしヘルパー」
伊勢神宮の総敷地面積は約5500ヘクタールと広大。とくに内宮は玉砂利の参道が往復1.6km、正宮前には25段の階段があり、車いすや杖をついた人は進むのが難しい。そういった人のために、約50人の「伊勢おもてなしヘルパー」が車いすのままでも参拝できるようにサポートするサービスを行っている(1週間前までに要申し込み。有償)。参道では、玉砂利でも進みやすい特別なタイヤを備えた次世代型電動車いすを使用し、サポートしている。 「2016年にサービスを開始して以来、年間100回以上のサポートを行っています。『念願の参拝が叶った』『ヘルパーと楽しい時間が過ごせた』と、とても喜ばれています」
●入浴介助サービス
地元のヘルパー2名が宿泊先に出向き、入浴の介助をするサービス(2週間前までに要相談。有償)。
「介助を必要とされている方がお風呂に入れると、そのお連れ様も安心してお風呂にゆっくり入れます」
●車いすレンタル「どこでもチェア」
旅行中に疲れたり、歩くのが大変になったりしたら、旅行中ずっと使える車いすを鳥羽駅周辺の7か所で無料レンタルできる。鳥羽市内の宿泊施設などに乗り捨てもできる。これを利用すれば、各施設から次の目的地へと楽に移動できる。 「ご主人の歩行介助をしている女性が、『以前の伊勢旅行で、夫を歩かせるのが申し訳なくて行くのをあきらめたお店がありました。今回は車いすを借りたおかげで遠慮せずに行けました』と喜んでくださったことがあります。家族3世代の旅行では、祖父母が疲れて動きたくなくても、車いすがあれば孫たちの行きたいところに一緒に行って楽しめますよね」
バリアフリー情報によって、障がい者や高齢者が楽しめたとしても、そのサポートをする人が疲労困憊してしまっては、「また行こう」とはなりにくい。野口さんたちのサービスやアイディアは旅行者みんなの満足度を上げ、三重県にまた行きたいと思わせる仕掛けでもあるようだ。
変わる伊勢、変わらない伊勢
野口さんたちの活動が広まるとともに、それぞれの宿泊施設や観光施設でもバリアフリー化が進むようになった。
「改装するときにユニバーサルルーム(車いすで宿泊できる施設が整った客室)やバリアフリーのトイレを作りたいと、私たちに相談してくださる宿泊施設が増えてきました。そういった場合は、どこも同じように改装してもらうのではなく、その施設の特色や魅力を生かしたらどうなるかを考えつつ、アドバイスさせていただいています」
その一方で、昔ながらの姿を貫く観光地もある。例えば、伊勢神宮。バリアフリー化を進めるなら玉砂利や階段をなくし、手すりを付けるという選択肢もあるかもしれない。しかし、そうしないことも観光客へのサービスの一つだ。
「歩きにくい玉砂利を踏みしめて、一歩ずつ神様に歩み寄るのが、伊勢神宮らしさ。それに、高齢の方のなかには、昔見た風景をもう一度見たいと、伊勢神宮にいらっしゃる方もいます。伊勢神宮は変わらなくても、私たちがサポートすることでその魅力を大勢の方に味わっていただきたんです」
伊勢神宮の参拝者数は、2003(平成15)年は年間約561万人で、式年遷宮のあった2013(平成25)年は約1420万人と、約2.5倍に増えている。一方、車いすを利用して参拝した人の数は、2003年には年間約4000人だったのが、2013年には約2万5000人と、6倍以上も増加。これもバリアフリー観光の成果の一つかもしれない。
バリアをなくすのではなく、バリアの存在を明らかにすることによって観光客自身の選択肢を広げるバリアフリー観光。この視点があるかないかで、観光地の魅力が大きく変わっていくのかもしれない。
撮影/政川慎治 取材・文/市原淳子