兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【11回 「奥さん」じゃないんですけど…】
若年性認知症の兄と暮らすライターのツガエマナミコさんが、2人の日々を綴る連載エッセイ。
兄が1人で生活していた頃に住んでいたアパートを引き払わず、5年にわたり家賃を払っていたことが発覚。そのアパートを訪ねてみると部屋はごみ屋敷…。会社の勤めも休みがち…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
* * *
3分間診療に付き添ったあげくに
40万円をかけた大規模荷物整理と引っ越しで、今の兄の持ち物はずいぶん少なくなっています。ただ、出したものが仕舞えないので、放っておけばどんどん床が見えなくなっていきます。引き出しやクローゼットにある衣類は、基本見えるところに放置。ドライヤーやヒゲソリも洗面台の引き出しから、いつのまにか兄の部屋のテレビの横に並んでいます。丸めたティッシュもごみ箱には入れず、その辺に置きっぱなし。
そう、基本置きっぱなしなのです。どこに置いてあったのか10秒で忘れてしまうので仕方がありません。その様子はまるでコント。
「今出したのに? 本当にわからん?」
と笑ってしまうほどです。
兄にはこの世界がどんな風に見えているんだろうと不思議に思うことも多いです。
例えば昨日、兄が電子レンジでご飯を温めようとしているとき、そばで見守るわたくしが「そうそう、そのレンジっていうボタン押して」と言っても、たくさんあるボタンからレンジの文字が探し出せません。指で1つ1つたどっているのに…且つカタカナは読めるはずなのに「もうちょい上」などとサポートしなければレンチンもできないのです。
先日も「その青い四角い箱取って」と言ったら「どれ?これ?」と言って赤い花柄のタオルを取ろうとするので、思わずのけぞりました。「確かに青色もちょっと入っているけどさぁ~」となる絶妙なチョイス。これが大マジメなのですから笑うに笑えません。
病院でも相変わらず自分の症状には疎い兄。「変わりありませんけど」という本人に代わって補足するのはわたくしの役目。
「自分で着替えができ、ヒゲを剃るなどの身支度はできてますけど、会社ではほとんどパソコンの前で苦虫をかみつぶしたような顔をしているらしいです」と医師に伝えると「そうですか。じゃ、お薬は今のままでいいですね。次回は〇月〇日でいいですか?」でほぼ診察は終了。
ご他聞に漏れない3分間診療のためにわたくしは毎回付き添っているのでございます。初期の頃は「奥さんから見てどうですか?」という屈辱的な間違いをされることもしばしば。これは病院以外でもいたるところで未だに続く兄妹同居のあるあるでございます。
中年の男女が2人で暮らしているのですから、無理もありません。最近やっと完了した人生の大イベント「家の住み替え」でも不動産屋の担当者に「奥さま…あ、妹さまは~」と何度言わせてしまったことか。わたくしは是が非でも「妹」を強調したいのですが、あまりに訂正シーンが多いので、日常の買い物などではそのまま流すことも近頃はあるあるでございます。
つづく…(次回は10月24日公開予定)
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現60才)。現在、兄は仕事をしながら通院中だが、病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ