認知症予防になる新しい片付け方法|医師がすすめるすごい片付け術
“断捨離”に“ミニマリスト”──必要最低限のものしか持たないライフスタイルが支持を得ている。部屋が片付くと気持ちが晴れ晴れするが、実はそれ以上の効果を私たちにもたらすという。最近の寝苦しさも、すっかり進んできた物忘れも、“片付けで片付く”というのだ。
蒸し暑い日が続いている。夜になっても気温は下がらず、寝苦しい夜を過ごしている人も多いだろう。 しかし、なかなか寝付けないのは、暑さだけが原因というわけではないかもしれない。
睡眠中に吸ったほこりが安眠を阻害
さとうヘルスクリニック院長で、内科医の左藤桂子さんは、睡眠の質を左右する大きな要因は、部屋のほこり掃除にあると説明する。
「私たちは睡眠中も呼吸をし、空気を吸っています。汚れた空気が無意識のうちに鼻や口から体内に入り込むと、かぜなどのウイルスが体内に入った時と同じく、粘膜は戦闘モードになって異物を排除しようと働き始めるのです。力を抜いて寝ているように見えても、体の奥では細胞が懸命に闘っている。このような状態では、体が真に休めるはずがありません」
空気の汚れには、ほこりや花粉に加え、黄砂やPM2.5といった大気汚染物質も含まれる。PM2.5は、大きさが2.5μm以下(2.5mmの1000分の1)と、髪の毛の太さの30分の1ほどしかない微小粒子を指す。人が吸い込むと肺の奥深くまで入りやすいため、肺がん、呼吸器系への影響に加え、循環器系への影響が懸念されている。
「睡眠は、心身を整えて疲れをとり、若返らせて元気になるために必要な時間。それを部屋や空気の汚れが邪魔すれば、睡眠による健康効果は得られません。寝室をしっかり掃除して、睡眠環境を整えることが大切です」(左藤さん・以下同)
PM2.5などは微小すぎて目視できないが、まずは目に見えるほこりを掃除すること。
「普段、小さなほこりは空気中を漂っていますが、空気より重いため、次第に重力によって下に落ちてくる。これを掃除機で吸い取ろうとすると、空気が大きく動いて再び舞い上げてしまいます。雑巾やハンディーモップなどで優しく拭き取るのが基本」
床に近いほどほこりの濃度が濃くなるため、できれば床から距離のあるベッドに寝た方がいい。
「寝る直前にカバーを取り替えると、それだけでほこりが立つので就寝の1時間前までに、布団やシーツ、枕カバーに粘着クリーナーをかけるのがいいでしょう」
空気中に漂うほこりを掃除するのは難しいので、空気清浄機を使って取り除くといい。
「微小粒子まで除去できる高性能のものを24時間稼働させる方法もいい。わが家では玄関や寝室、リビングのそれぞれに空気清浄機を設置しています」
エアコンの空気清浄機能を使うのも有効だが、フィルター掃除を怠ると、ほこりや機内で発生したカビを部屋にまき散らすことになる。空気の吹き出し口近くで寝ていた場合、こうした汚れた空気が原因でぜんそくを発症するケースも。エアコン本体やフィルターの掃除も忘れず行いたい。
掃除を含む家事に認知機能維持の可能性が
世界保健機関(WHO)は今年5月14日、認知症予防についての「ガイドライン 2019」を発表した。そこでは運動と禁煙が強く推奨され、健康的な食事、脳トレ、生活習慣病の予防や治療などが条件付きで推奨されている。
ここでいう「運動」とは主に有酸素運動や筋トレを指しているが、掃除を含む家事などの軽い運動にも認知機能低下や認知症の予防が期待できるという研究もある。公立諏訪東京理科大学教授で、医療介護・健康工学部門長の篠原菊紀さんが解説する。
「アメリカのラッシュ大学アルツハイマー病センターが、700人以上(平均年齢82才)を対象に約4年間追跡調査したところ、有酸素運動や筋トレを除いた立ち座り、掃除を含めた家事などの身体活動が多いほど、認知症になりにくいことを報告しています」
さらに、ボストン大学医学部が2354人(平均年齢53才)を対象にした実験では、軽い運動を1時間行うごとに脳年齢が1才ほど若返るという研究結果が出ているとも。
つまり、しっかりした運動はもちろん重要だが、掃除を含む家事労働をしっかり行うことも、認知症予防に役立つ可能性があるのだ。
「掃除は軽度の運動であるだけでなく、脳トレ的な要素も含んでいます。掃除や片付けをする時には、なんとなく掃除機をかけたり、散らかっているものをしまっているわけではなく、どこから手をつけ、どういう手順で行えばいいかなどを考えて行動しています。この時、一時的に何かを記憶し処理するワーキングメモリと呼ばれる機能にかかわる前頭前野、空間的な位置関係の理解や処理にかかわる頭頂連合野、さらに集中力にかかわる前頭眼野などが活性化します。私たちの実験では、心をこめて掃除をする方が、こうした脳活動が強まることがわかっており、より脳トレになります」(篠原さん・以下同)
ピカピカに磨き上げるとセロトニンが分泌
さらに、掃除しづらいところや苦手なところの掃除ほど脳が活性化しやすいという。 台所のシンクや蛇口、浴室の鏡などの、磨くとピカピカ光る場所の掃除も大事と篠原さんは言う。
「汚れを落として磨き上げるための反復運動により、神経伝達物質のセロトニンの分泌が増えます。セロトニンには精神状態を安定させ、リラックスさせる働きがあり、不足すると怒りっぽさやうつにつながると考えられています。無心に磨き続けると、汚れが落ちるとともに気分がスッキリ。ピカピカにきれいになった状態が目に入れば、視覚情報が脳へのサプライズ刺激となって、脳を喜ばせる。心の落ち着きも脳を守る大事な要素です」
ルーティンを脱し新しい掃除手順を考える
いつも同じ手順で掃除をしていると、能動的に判断することがなくなるため、徐々に脳トレ効果は薄れてくる。
「掃除する場所の順番を入れ替える、逆の手を使うなど、いつもと違うことを行うだけでも脳はより活性化します。とはいえ、やりたくないことをイヤイヤやったのでは、ストレス物質であるコルチゾールなどの分泌が増し、脳の接続を悪くしたり、場合によっては脳細胞を殺したりと悪影響を与えます。おもしろいことに、“これは脳トレだ”“自分のためだ”と思えばコルチゾールの分泌が低下する。前向きに掃除に取り組むといいでしょう」
部屋の荒れ方で脳の衰えた部位がわかる
だが、いざ認知症を発症すると、片付けや掃除が苦手になりやすい。 アルツハイマー型認知症の場合、判断力が低下するという特徴がある。何が必要なのか、何が捨てるものかの判断ができなくなり、掃除をするべきほこりやゴミも認識できなくなる。片付け方法そのものがわからなくなるので、整理整頓ができずに部屋がどんどん散らかっていきがちだ。
さらには臭気にも鈍感になってくるので、ゴミが増えても気にならなくなる。きれい好きだった親の家が荒れてきたら、それが認知症のサインだと疑うべき──そう話すのは、『部屋も頭もスッキリする!片づけ脳』(自由国民社)著者で、加藤プラチナクリニック院長の脳内科医・加藤俊徳さんだ。
「汚部屋とは言わないまでも、部屋が片付かない、片付けられないのは、脳に原因がある可能性が高い。極端なことを言えば、掃除や片付けが苦手な人は、ボケやすい傾向にあるとも考えられます」(加藤さん・以下同)
加藤さんによると、脳は8つの系統に分かれて働いており、そのうちどの系統が弱ったかによって、苦手な片付けの部類が違ってくるという。
(1)視覚系/目で見た情報を正確に処理できないため、部屋が散らかっていても気にならない。
(2)理解系/与えられた情報を客観的に判断したり、空間認知できないため片付けたくても方法がわからない。
(3)運動系/脳の中で最初に成長するが、衰えると体を動かすことがおっくうになり、片付けが面倒に感じる。
(4)思考系/物事を深く考え判断し、集中力を高めるよう働くが、弱ると自分に指示が出せず、しまう場所が決められなくなる。
(5)記憶系/蓄積した情報をうまく引き出せなくなり、元の場所が思い出せず、片付けが進まない。
(6)感情系/喜怒哀楽に乏しく、物事に執着を持たず、片付けを他人任せにしがち。
(7)聴覚系/物事を聞き流して忘れてしまい、行動できなくなり片付けが面倒に。
(8)伝達系/コミュニケーション力が弱り、家族に「片付けてほしい」とうまく伝わらず、イライラする。
以上のように、家族が認知症になった時片付けられない特徴から、脳のどこが弱っているか判断できる。以上を踏まえ、脳を鍛えるすごい片付け術を見ていきたい。
●書き出してシミュレート
部屋の中で探しものをすることが多かったり、床に物があふれている場合、脳の「理解系」が衰えている可能性がある。
「まずは部屋の状況を把握するためレイアウト図を描き、どこに何があるか、最終的にどうしたいかを考えてみること。紙の上で整理整頓することで『理解系』が鍛えられます。洋服を今までアイテムや色柄別で収納していたものを、素材別・季節別にするなど、収納ルールを変えて、収納ボックスの大きさに合わせて、どう収めきるのかを考えてみるのもいい。場所や対象物の特徴をあらためて認識できるので、脳トレになります」
●好きな歌を歌いながら
動くのがおっくうになると、掃除や片付けまでが面倒になるが、好きな歌を歌いながら片付けをするといい。
「手と口を同時に動かすことで、脳の『運動系』と『思考系』の刺激になります」
歌わないBGMは、脳の「感情系」に働きかけてやる気を引き出し、1曲終わるまでに1作業を終えるよう時間を区切れば、「記憶系」も刺激できる。
ラジオの場合は「聴く」必要があるため、「聴覚系」が鍛えられる。興味がある内容を覚えようとすれば「記憶系」も強くなる。
●アルバムを整理する
片付け始めるとかえって散らかる場合、脳の「記憶系」が落ちている可能性がある。
「片付けるための決まった場所や元の状態を覚えていないため、散らかるのです。こういう人にはアルバムの整理がおすすめ。写真を選んで捨て、ホルダーに移すという行為は、撮影した当時の記憶を呼び覚まし、脳を刺激します」
また、朝のうちは脳のあらゆる系統が効率よく働き、捨てるものや必要なものを判断しやすい。書類や郵便物の整理は朝に行い、昼は掃除機をかけるなどの、体を動かす掃除を行うとよい。
※女性セブン2019年8月15日号