脳が老化したマウスに与えられていたエサは?
講座では、サルのエサを減らしたところ、長生きしたという研究が紹介された。酸素消費量が抑えられたからだ。マウスでも同様の結果が得られた。ならば、しっかり食べると酸素消費量が増え、老化が進むのか。しっかり食べるから健康に過ごせて、酸素消費量が増えるからある日、突然に寿命を迎える。それがピンピンコロリなのか? という質問だ。
ピンピンコロリとは、健康なまま寿命を迎えたいという多くの人の願望(理想?)であり、確かに時折、そのように死ぬ人の話は聞く。だが、今日の話と結びつくのか。心配して福井先生を見ると、意外にも”我が意を得たり”と語り出した。
老化には「生理的老化」と「病的老化」の2つあるが、「病的老化」を防ぐようにすれば、寝たきりにもならず、また、認知症などにもならず、健康なまま暮らし、ある日、「生理的老化」による寿命を迎えられる。それがすなわちピンピンコロリだ。
多くの人が望む”死に方”とは、実は「脳の老化」の研究者が勧める「病的老化」を防ぐことにほかならなかった。
そして、次の質問はより核心に迫るものだった。「この歳で何か始めて間に合いますか?」という60代と思われる女性の質問だ。
年齢とともに人間の身体の中には酸化物質がたまり、それが「病的老化」の原因となる。60年以上、たまりにたまれば、今さら対策を採ったところで無駄なのではないか。それが女性の質問だった。福井先生はこの日、最もはっきりした口調で断言した。
「決して遅くはありません。今から何か始めることには意味があります」
断言するのには根拠がある。自分で研究をしたからだ。マウスの実験では、若い時から抗酸化物質を与え続ければ脳は賢くなり、与えなければ脳が老化(酸化)していった。しかし、充分に抗酸化物質を与えられずに育った老齢のマウスでも、ある時から抗酸化物質を大量に与え始めると脳が賢くなっていった。確かに若い時から与え続けたマウスにはかなわない。だが、何も対策を採らなかったマウスに比べれば、違いは明らかだった。
「どうです? 明るく夢の持てるデータではありませんか!」(福井先生)
会場にどよめきが起こり、やがてあちこちで拍手がわき起こっていった。福井先生はこの日、一番、うれしそうに笑った。
1日1杯弱のワインから始めよう
講座を聴いて日頃の不摂生を海よりも深く反省し、これからは規則正しい食事と規則正しい生活を送ろうと心に決めた。ただし、根本から立て直すのは相当難しい。その点、始めやすいのがワインだろう。抗酸化成分のポリフェノールが含まれている赤ワインを、毎日飲む。122歳まで生きたフランス人女性もたしなんだそうだ。
「ただし1日1杯ですよ、私はイッパイ飲んじゃうんですけどね。アハハハハ……」。会場中を沸かせた福井先生のギャグが忘れられない。この先生なら信頼できる。これで老後は安泰! という考えが甘いことは百も承知だが、とにかくすぐに始めることに意義がある。
〔この日の3ポイント〕
・身体の老化(酸化)を防ぐには、抗酸化成分を摂る
・身体の酸化を気にするあまり、通常の生活を犠牲にする必要はない
・ピンピンコロリとは「病的老化」を防止した結果。科学的に説明できる
〔講演中の今日イチ〕たとえ歳を取っても、今から「抗酸化成分」を摂れば効果がある
〔大学のココイチ〕福井先生の研究室がある芝浦工大の大宮キャンパス。樹木に囲まれ春の桜も見応えがあるが、中に一カ所だけ白い桜が咲く見所がある。
〔前の記事〕「なぜ脳は身体より先に老化してしまうのか」
取材講座データ:脳の老化ってどんなこと? 芝浦工業大学公開講座 2017年1月14日
2017年1月14日取材
文/本山文明 写真/adobe stock
初出:まなナビ