認知症の人が言うことを聞いてくれる魔法! 利用したい「あの人」って?
認知症の母の介護を、東京―岩手と遠距離で続け、その様子を介護ブログや書籍などで公開している、くどひろさんこと工藤広伸さん。息子の視点で”気づいた””学んだ”数々の介護心得は、実践的ですぐ役に立つと話題になっている。今回は、なかなか言うことを聞いてもらえないときのアドバイス。言い方を少し変えるだけで、してほしいことが、スムーズにいくという魔法とは?「しれっと」をモットーとする工藤さんの介護サバイバル術、必見だ。
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認知症の人に「お風呂に入ってほしい」、「デイサービスに行ってほしい」、「ご飯を食べてほしい」など、介護する側が、今やってほしいと思っているのにうまくいかない、ということはよくあります。
わが家では、わたしが普通に声をかけるとダメ、そんな時に、少し言い方を変えただけでうまくいくことがあります。今日は、その方法についてご紹介します。
美容室に行ってくれない母にかける「魔法の言葉」
認知症の母(73歳)は、デイサービスに行く直前「なんだかお腹の調子が悪いから、今日は休もうかしら」とよく言います。最初の頃は信じていたのですが、必ず「ある状態」のときにお腹が痛いということに気づきました。それは、母は白髪が目立つようになると、仮病を使うということ。髪をきちんと染めないと、恥ずかしくて外には出られないと思っているのです。
それでは、と美容室に連れて行こうとするのですが、今度は「面倒くさい、寒いから明日にする」と言い出します。どうしたら美容室に行ってくれるだろうと、いろいろ試してみたのですが、「ある言い方」をすると母が動くことが分かりました。
「デイ(サービス)の所長さんが『お母さんはいつも髪をきれいに整えていいですね』って、言っていたよ。」
わたしが直接言うのではなく、「デイの所長さんが話していたよ」という間接的な言い方に変えてみたのです。
こんなこともありました。近所にあるそば屋まで、母と歩いて行こうとしたときのことです。
「今日は、そば屋に行きたくない。お腹いっぱい」
そば屋に行くのには理由があって、手足の不自由な母のリハビリのためです。少しでも自分の足で歩いてもらうために、おいしいそば屋を口実として利用しているのです。しかし、行きたくないと母が言うので、こういう言い方でアプローチしてみました。
「かかりつけ医が『そば屋まで歩くと、長生きしますよ』って、言っていたよ。」
わたしではなく、かかりつけ医が話していたという言い方にしたのです。すると、母がコートを着て、外出する準備を始めました。
この2つの話には、ある共通点があります。
「虎の威を借る狐」で言葉をかける
「虎の威を借る狐」ということわざがあります。他の人の権力を後ろ盾にして威張るという意味です。おそらくですが、認知症の母にとって44歳のわたしは未だに子どもの扱いなのだろうと思います。「子どもなのに、親にいろいろ指図するな!」という気持ちが、どこかにあるのかもしれません。
それならば、子どものわたしではなく、権威ある人が言ったことにしようというのが、先ほどの2つの話の共通点です。
デイ所長、かかりつけ医、どちらも母から見ると目上の人になります。
診察室の母を見ていても、かかりつけ医の言うことに対しては「はい、はい」と返事することが多く、話を聞こうとします。ならば、すべてかかりつけ医が言ったことにすれば、わたしが直接言うよりも話を聞いてくれるだろうと思ったのです。この方法で、母が美容室やデイサービスに素直に行ってくれることが増えました。
「この人の言うことなら話を聞く」という人がいるはず
わたしの母の場合は、目上の人の言うことを聞く傾向にありますが、個人差はあると思います。最初に目上の人で試してみようと思った理由は、人は権威あるものに弱いという傾向があると、本で読んだからです。これは、認知症に限った話ではありません。
目上の人で効果がなかった場合は、”話をよく聞く、信頼している身近な人”で試してみるといいかもしれません。
「奥さんの話なら信用している」「お兄さんの言うことは素直に聞く」など、”あの人”の言うことなら、話を聞いてくれるはずという人を思い浮かべてみてください。
言うことを聞いてくれないのは、怒鳴ってしまった結果かも
認知症介護している間に、イライラして怒鳴ってしまって、介護を受ける人が全く話を聞いてくれないほど、関係が冷え込んでいるご家族もいるかもしれません。
認知症の方はケンカしたこと自体は忘れても、「何かこの人と話すとイヤな気持ちになる」という感情だけは残ると言われていますので、おそらく、日々のケンカの積み重ねでイヤという気持ちが残ってしまい、何を言っても聞いてくれなくなるというケースも多いように思います。
そんなとき、信頼している第三者を持ち出して、コミュニケーションがうまくいくようになれば、今まで拒絶されていた話を聞いてくれるようになるかもしれません。
わたしは、母と言い争いをするくらいなら、初めからかかりつけ医が言ったことにして、無駄な争いは避けるようにしています。なので、わが家ではかかりつけ医がいろんなアドバイスを母にしていることになっていますが、実際はわたしが話を作っています。
「あの人が言っているのなら、しょうがないわね…」
そんな気にさせる、信頼できる誰かを見つけて利用すると、少し認知症介護が楽になることもあるかもしれません。
今日もしれっと、しれっと。
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工藤広伸(くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間20往復、ブログを生業に介護を続ける息子介護作家・ブロガー。認知症サポーターで、成年後見人経験者、認知症介助士。 ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(http://40kaigo.net/)