「徘徊」「妄想」…認知症、その症状は「人生歴」で理由がわかる!?
東京―盛岡の遠距離で、認知症の母の介護を続けながら、その記録を介護ブログで公開している工藤広伸さんが、息子の視点で”気づいた”“学んだ”数々の「介護心得」を紹介するシリーズ。今回のテーマは、「人生歴」。親がどのような人生を送ってきたかを知ることが、介護に役立つという。その理由とは?
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あなたは、自分のご両親、祖父母が、どんな人生を歩んできたかを知っていますか?
青春時代の恋愛、夫婦の出会いや結婚、出産の喜び、どんな会社で働き、どんな仕事をしてきたのか、意外と知らない方は多いと思います。
認知症の本には、「人生歴」という耳慣れないコトバが出てきます。文字通り、その人の人生の歴史を指します。この「人生歴」が、認知症介護にどのように役立つのか、わたしの体験談をお話します。
認知症の人は、過去に生きて、過去で輝く
わたしの母は、数時間前まで居たデイサービスで、何を食べ、どんな話をしてきたかの記憶がありません。
しかし、息子のわたしが4歳のころ、歯医者を怖がって泣き叫び、病院へ連れていくのに苦労したことは、40年も前なのに、昨日のことのように覚えていて、わたしに何度も話します。
認知症の方は、数時間、1か月前といった直近の記憶はありませんが、数十年前の記憶はしっかり覚えていることがあります。母は現在73歳ですが、自分が10代から40代の話をやたらするのは、直近よりもその時代の記憶の方が鮮明だからです。
正直、母の若い頃の話は、特に興味もなかったのですが、何度もその話を聞かされるうちに、どうして今の性格になったのか、なんとなく分かるようになりました。
この経験が、認知症介護に役立つとは思っていなかったのですが、介護者として母の「人生歴」を理解したら、介護がとてもラクになったのです。
認知症のその症状は「人生」とつながっている
「最近ね、お隣の窓に目隠しがついたのよ」
母はこういうのですが、30年以上前から、すでに目隠しはついていました。なぜそんなことを言うのか、最初は分からなかったのですが、母の「人生歴」をひも解くことで、その理由が見えたのです。
母は、自分の学生時代に、両親が離婚しました。家を転々としながら生活せざるを得なかった母は、結局8回の引っ越しをしました。狭い家に住んだときは、近所への音漏れ対策のため、布団をかぶってテレビを見たこともあるそうです。
いつもご近所の目を気にして生きてきた母の「人生歴」を知ったことで、目隠しという「妄想」を理解できたのです。
デイサービスの送迎車からどうしても降りない男性に、「書類があるから、仕事手伝ってくれない?」という一声をかけただけで、急に車から降りたという話があります。これも、若かりし頃に、男性が活躍されていた仕事の「人生歴」を理解していたから、意味ある声かけにつながったのです。
また、徘徊する認知症の方が、以前住んでいた家や働いていた職場を目指して歩くということはよくあります。目的なく、さまよっているのではなく、実はきちんと行き先(目的)を持っているのです。そんなときも、以前住んだ家や職場の住所を知っていると、「仕事に行こうとしている、前の家に帰りたいと思っている」と理解できます。
このように、認知症の症状は、その人の「人生」と密接につながっているのです。
若い頃の経験を根掘り葉掘り聞いてみる
お隣の窓に目隠しがついた話を聞いたとき、本当にびっくりしました。母は、何を言っているのだろう…そう思いました。しかし、母の「人生歴」を理解し、その原因を見つけてからというもの、「そんな人生経験をしているのだったら、そういう発想になってもおかしくないよな」と思えるようになりました。
認知症の人は、昔のことはよく覚えています。若い頃に経験したことを、根掘り葉掘り質問してみてください。好きな歌手、旅行した国、住んでいた街がどう変わっていったかなど、何でもいいです。喜んでお話してくれると思います。
妄想や暴言をありのまま受け止めるよりも、人生そのものを振り返ってみると、このように理解できる場合もあります。
「人生歴」から、症状の原因を見つけることができる
介護者は、暴言や暴力、妄想など、全く理解できない場面に何度も直面します。認知症は根治する病気ではないので、その症状は何度も何度も繰り返されます。理由もわからないまま、その症状と向き合い続けるのと、理由を予測できる材料をもって対処するのとでは、ストレス度合が大きく違います。
理由が分からない状態は、クイズを出題されたのに、正解を教えてもらえないような感覚に似ています。
「人生歴」から、症状の原因を見つけて、納得したうえで対処することは、介護生活を劇的にラクにするものだと、わたしは思います。ぜひ、ご両親や祖父母の青春時代を振り返ってみてください。「人生歴」を明らかにすることは、認知症のご本人をイキイキとさせ、介護者のストレスを解放するWin-Winな関係づくりの手助けになります。
今日もしれっと、しれっと。
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工藤広伸 (くどうひろのぶ)
祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母(認知症+CMT病・要介護1)のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間20往復、ブログを生業に介護を続ける息子介護作家・ブロガー。認知症サポーターで、成年後見人経験者、認知症介助士。 ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(http://40kaigo.net/)