認知症ケア「ユマニチュード」|イラストで解説する基本の柱「見る」「話す」技術
「こんにちは、今日もいい天気ですね」
と、声をかけられて
「こんにちは、本当に気持ちのいい天気ね」
と返す。
こうした何気ない日常のあいさつは、マナーだからしていると私たちは思っています。もちろん相手に良い印象を与えるマナーではあるのですが、実はそこには単に言語的なメッセージをやりとりしているにとどまらず、言葉には現れていない、非言語的なメッセージが存在しています。あいさつや天気の話を通して、相手に「私はここにいます」「あなたもここにいるのですよ」というメッセージを送っているのです。
認知症の方は話しかけても適切な答えを返してくれないことが多々あります。話すことができなくなっている方もいるでしょう。ですから介護する人が、話しかけなくなるのは当然といえば当然です。しかし、ここは敢えて技術として「話す」ことを意識してする必要があります。
たとえ返事がなくても、まったく気づいていないように思えても「おはよう」「気持ちのいい朝ですね」といった言葉を掛けることは、「私はここにいます、そしてあなたの存在に気づいています」と伝えるためのもっとも基本的な技術です。それに対して何らかの反応があったら、必ず言葉で返すようにします。「うるさい」「触るな」「出て行け」といった否定的な言葉や、手で払うような仕草や、顔をそむけるといった拒否の行動であったとしても、「うるさかったですか、ごめんなさい」「大きく手を動かせましたね、元気で嬉しいです」などと、ポジティブな言葉で返すのです。最初は、「無視されているのにそんなセリフは言えない」と思われるかもしれませんが、こうしたやりとりを繰り返すことで、反応のなかった方からも徐々に反応がかえってくるようになります。この反応はケアをしている方にとって、ケアを受ける人からの贈り物なのです。
もうひとつ「話す」技術として活用して欲しいのが、「オートフィードバック」というユマニチュードの技法です。相手からの言葉による反応がないときに、人はつい、自分も黙ってしまいがちになります。ケアを行なっている場に言葉をあふれさせるための技術として用いるのが「オートフィードバック」です。今行っている介護の行為を、そのまま言葉にして実況するという方法です。
「蒸しタオルを持ってきました」
「部屋が少し暑いので、汗をかいたでしょう。さっぱりしませんか?」
「右腕を上げますね」
「右腕がとてもよく上がりましたね」
「温かいタオルで右の手のひらを拭いています」
「気持ちいいですか」
こんなふうに、これから行うことを予告し、その行為を行いながら前向きな語彙を用いた描写を続けます。身体を拭くのであれば、「右手の親指です」「右手の人差し指です」「次は左手です」というように、次々と自分のやっていることを言葉にし続けます。つい黙々と行ってしまいがちなケアの場が、豊かな言葉にあふれ、これだけで立派なコミュケーションの時間になります。そして、介護を受けている方が「自分の存在」を認識する大切な時間にもなるのです。
【プロフィール】
本田美和子:国立病院機構東京医療センター 総合内科医長。
筑波大学医学専門学群卒業後、国立東京第二病院(現・国立病院機構東京医療センター)、亀田総合病院、国立国際医療センターに勤務。米国のトマス・ジェファソン大学にて内科レジデント、コーネル大学病院老年医学科フェローを経て、2011年11月より現職。著書にイヴ・ジネスト氏、ロゼット・マレスコッッティ氏との共著の『ユマニチュード入門』(医学書院)や『エイズ感染爆発とSAFE SEXについて話します』(朝日出版社)などがある。
イラスト/中島慶子 取材・文/鹿住真弓
【このシリーズの記事を読む】
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<1>在宅介護に生かす技術
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<2>4つの柱「見る」「話す」編
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<3>4つの柱「触れる」「立つ」編
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<4>5つのステップ
注目の認知症ケア「ユマニチュード」とは?<5>介護が始まる前に準備できること