口、舌を鍛えるトレーニング法 命を繋ぐ「口腔ケア」<第3回>
人間にとって、「口腔」は生きるための重要な機能を担う場所である。呼吸、飲む、食べるという生命の維持に関わることはもちろん、呼吸や食事で取り込んでしまう菌やウイルスに対する免疫機能、さらには話す、笑うといった「生きる喜び」を表現するための器官でもある。
若いころに比べて人と接することの少なくなる高齢者は、話す機会が減り、顔の筋肉そのものを動かすチャンスが減少してしまう。そのため、意識してトレーニングしなければ口腔の機能は日を追うごとに衰えてしまうことになる。
第2回で紹介した口腔の清潔とともに、高齢者にとって欠かせない「口腔機能の維持」について、ケアマネジャーの資格を持ち、歯科衛生士として訪問歯科活動を専門に行う二島弘枝さんにうかがった。
歯磨き後の「あいうべ〜体操」で口呼吸を防ぐ
歯磨きをする、口をゆすぐだけでも、口の中や口周辺の筋肉を使っていることになるというお話を前回させていただきました。しかし「口腔のケア」のもうひとつの役割、「口腔の機能を維持する」ためには、歯磨き以外の方法でも、口や舌、口周囲の筋肉を鍛えることが必要です。
そのひとつが、歯磨き後に鏡を見ながら行える「あいうべ〜体操」。
この方法は、福岡県のみらいクリニック院長の今井一彰先生が考案されたもので、歯科や介護の現場ではポピュラーなものです。
やりかたは簡単。「あいうべ〜」と発音しながら口と舌を動かすだけです。これを歯磨き後に鏡を見ながら1分間、朝、昼、晩と行います。舌と口周辺の筋肉が鍛えられ、噛む、話す、表情をつくるといった生活行動をサポートしてくれます。
また、この体操を行うことで、口が開きっぱなしになることを防ぐ効果もあります。
口周囲や舌の機能が衰えると、口が開いたままで口呼吸中心となります。これから秋冬に向けて、風邪やインフルエンザの流行が心配されますが、口呼吸の方は免疫力が弱くなっているので要注意。口の中に入り込んだウイルスや菌は、唾液などによる免疫機能によって、ある程度退治されるのですが、口内が乾燥し唾液が不足していると免疫力がはたらきにくく、感染しやすくなってしまうのです。病気にかからないためにも、「あいうべ〜」と声に出しながら、この体操を習慣にしてください。
「い」口角を左右に広げ、前歯が見えるように。
「う」口角に力を入れ、唇を突き出します。
「べ〜」舌を出し、下方向に舌先を出来るだけ伸ばします。
飲み込む機能を維持する食前の「パタカラナー体操」
私たちが食べ物や飲み物を「ゴックン」と飲み込む際に、舌や口腔内の筋肉を力強く活用していることを第1回で解説しました。赤ちゃんの頃から、ごく自然に行ってきた「飲み込む」という動作ですが、舌や口腔周囲の機能が衰えると、喉に向けて食べ物を運ぶことが難しくなってしまいます。お薬が上手に飲み込めなくなる原因のひとつがここにあります。
胃や腸といった消化機能が元気であっても「飲み込む」ことができなくなれば、胃ろうをつけなければなりません。一生、ご自身の口から食事を摂ることは、人間としての尊厳を維持することにもつながります。
そこで、おすすめするのが食前の「パタカラナー体操」です。
舌で食べ物をすりつぶす、飲み込むといった「食べる」ための力を鍛えるとともに、食べ物が口からこぼれないようにする、よだれが垂れないようにするといったマナー維持にもつながり、食べることを楽しみ続ける鍵にもなります。また、「飲み込む」タイミングで呼吸を止める訓練にもなり、誤嚥性肺炎を防ぐ効果もあります。
「パパパパ…」「タタタタ…」と続けて行ってください。それぞれ10回ずつ行います。
「大きな声を出しながら行う方が効果的ですが、恥ずかしがる方には「小さな声でもいいですよ」と声をかけて、毎日続けられるように見守ってあげて欲しいと思います。
「パ」唇をしっかり閉じた状態から、大きく口を開けて発音します。唇で破裂音を出すようなイメージで。
「タ」発音するたびに、舌を上あごにしっかり叩きつけるようにします。
「カ」下の付け根を動かし、のどの奥の方を閉めるようなイメージで。
「ラ」舌先を丸めて、上の前歯の裏をすべらせるように発音します。舌がクルクル動くのを意識しましょう。
「ナー」上あごとのどの筋肉を震わせるようにします。
この「パタカラナー体操」を歌にすると、高齢者の方と一緒に楽しみながらトレーニングすることもできます。私が考案したので「二島式パタカラナー体操」と呼んでいるのですが、介護施設のリクリエーションとしても実践できるものです。
やり方は、「パタカラナー」それぞれ一音ずつだけを使って歌にしてしまうという、とても簡単なもの。
例えば、舌の付け根を鍛える「カ」のトレーニング方法として、カラスの歌を「カ」だけで歌います。「カーカカカァ、カカカカカァ」とういう感じです。
歌詞がわからなくでも歌えますから、多くの方が満足感も得ることができます。
同様に「パ」は、ゾウさんの歌、「タ」は、カエルの歌、「ラ」はチョウチョの歌、「タ」はチューリップの歌のメロディに合わせて歌うようにします。
もちろん、好きな曲のメロディ変えていただいても構いません。体調に合わせて、力の入る方は、舌の動いている場所をしっかり意識しながら、力強く一語一語、歌うとさらに効果的です。ただし、もっとも効果的なのは、楽しみながら行えることに尽きます。