《スマホを触る時間は生涯で6年》「半うつ」を生む原因を精神科医が解説「終わらない仕事・家事」「SNS上のキラキラ写真」「朝起きたら通知がずらり…」
仕事に行けるし、家事もできる。でも確かに憂鬱を超えた不安感がある。病院に行くほどじゃないけれど、このままじゃ怖い。こういった憂鬱以上、うつ未満の状態を「半うつ」と定義するのは精神科医の平光源さん。「本格的なうつ病になってから治療するよりも半うつの段階で適切にケアするほうが、何百倍も簡単で、何千倍も多くの人を元気な状態に導くことができる」と平さんは言う。
この「半うつ」になってしまうのは、私たちが生きている社会の構造に原因があるという。平さんの著書『半うつ 憂鬱以上、うつ未満』(サンマーク出版)より前後編に分けてお届けする。【前後編の前編】
教えてくれた人
平光源さん
東北のとある精神科医院を営む、精神科医。高校時代、不登校が原因で医学部受験に失敗。3浪してうつになり、ある本がきっかけでうつから回復した経験をふまえて、約25年精神科医として心のケアに当たる。支援学校学校医、老健施設往診医、いのちの電話相談医、傾聴の会顧問など、その活動は多岐にわたる。精神保健指定医、精神科専門医、日本医師会認定産業医。著書『あなたが死にたいのは、死ぬほど頑張って生きているから』(サンマーク出版)が2022年の第2回メンタル本大賞優秀賞を受賞。
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「半うつ」を生む社会構造
「うつはやっぱり怠け病なんですか?」
「うつになるなんて気合が足りないでしょうか?」
精神科医になってから25年。
こんな言葉をご家族やご本人から何度も聞いてきました。
うつは、ご紹介した通り神経伝達物質の減少による「脳機能の低下」なので、怠け病ではありません。ですが、現代人は「頑張れない=ダメな自分」と思い込んでしまうようです。
さらに厄介なのは、現代社会がどんどん「頑張りたくても頑張れない」社会になってきていることです。
そういった「半うつ」を生んでしまう社会構造や頑張りたくても頑張れない社会構造になってしまう原因について、私なりの考えをまとめます。全部で10の理由があり、前編では5つをご紹介します。
現代人が頑張れない理由1 「常時スタンバイ状態」
人生が80年だと仮定した場合、現代人が生涯でスマートフォンを触っている時間はそのうち何年くらいになると思いますか?
とある研究によると、その年数、なんと6年だそう!
もし20年前の「私」がタイムマシンで現代に来たら、片手で持てる薄い板にこんなにも拘束されている私を見て、きっと不気味に思うでしょう。
さらに現代人の心を拘束しているのが、上司や友人など相手の返信を待っている「待機時間」です。
起きている時の多くの時間を「常時スタンバイ状態」にさせられると、心は休まらず、常に緊張状態を強いられます。
息を吸ったら必ず吐くように、脳も活動と休息を繰り返して初めてきちんと動くもの。今のままでは脳がオーバーヒートするのは当たり前です。
現代人が頑張れない理由2 「終わらない仕事・家事」
先ほど述べたスマートフォンに加えて、コロナ禍により、テレワークの仕組みが出来上がったことで、どこまでが仕事で、どこまでがプライベートなのかわからない働き方が増えてきました。
逆に残業規制のため、仕事がどれだけ中途半端でも、決まった時間までに帰宅しなくてはならず、帰ってからも終わらなかった仕事のことで頭がいっぱい、なんてことも。
どちらも、「やった! やり遂げた!」という“達成感”を得られず、常に時間とタスクに追われ疲弊してしまいます。
現代人が頑張れない理由3「効率優先の生活」
さらに現代社会では「人間らしさ」より「生産性」が求められるため、何事も効率が優先されるようになっています。
2倍速で映画を観るなんてことも当たり前。
以前とある本が大好きで「何度も味わいたいので10回は読んだよ」と若い患者さんに話したら、生きた化石でも見るかのような驚いた顔をしていました(笑)。
好きな音楽を何度も聴き返したり、美味しい料理をゆっくり味わったり、ただただ景色をぼんやり眺めたり。そういった時間は、確かに「効率的」ではありません。何かの成果が出るわけでもありません。
しかし、そんな「何の役にも立たない」時間こそが、実は私たちの心を豊かにしてくれます。
ところが現代社会では、そういった時間が「無駄」「非効率」として切り捨てられがちです。「その時間があるなら、もっと有効活用しなさい」「スキルアップに使いなさい」と言われてしまう。
結果として、私たちは常に「何かの目的」のために時間を使うことを強いられ、ただ「心地よい」というだけの時間を過ごすことが難しくなってしまったのです。
現代人が頑張れない理由4 「SNSでの比較」
SNS等で、知人がシャンパン片手にキラキラしている写真を投稿しているのを見ると、何かざわざわした感じがしませんか?
それは「他人のキラキラ」と「自分の陰」を比べてしまうから。
本当はあの人にも陰が必ずあって毎日キラキラしているわけではありません。昼は節約して菓子パン1個で我慢していたり、落ち込んでボサボサの髪でお化粧もせずに1日ふて寝したりして過ごしています。
でも誰もそんなボサボサ状態をSNSにあげることはしないので、結果的に「みんなは輝いているけど、私は輝けない」と錯覚して落ち込む人がどんどん増えてしまうのです。
現代人が頑張れない理由5「つながっているようで、実は孤独」
SNSやメッセージアプリのおかげで、現代人は24時間、誰かとつながることができるようになりました。
でも、それは同時に「24時間、誰かからの連絡に応えなければならない」ということでもあります。
朝起きてスマートフォンを見れば、チャット、メール、SNSの通知がずらり。1つひとつに「返信しなきゃ」「反応しなきゃ」と思っているうちに、あっという間に1日が終わってしまう。
昔なら、家に帰れば職場の人とは完全に切り離されていました。友人との連絡も、せいぜい電話くらい。1人の時間、静かな時間がちゃんとありました。
でも今は違います。
仕事関係のチャットからは夜中でも連絡が来るし、友人からの何気ないメッセージにも既読通知がいくことから、「すぐ返さないと失礼かな」と気を遣う。
「つながり」は増えたけれど、1つひとつの関係が浅くなり、常に気を遣い続けなければならない状態になってしまったのです。
結果として、「人といる時間」は増えたのに、「心が休まる時間」は激減してしまいました。
友人リストには何百人もの名前があるのに、心の奥では「誰も私のことを本当にはわかってくれない」という孤独感が消えない。
これが現代特有の「つながっているようで、実は孤独」の正体なのです。
(後編に続く)