老人施設のトラブル実例「元エリートエンジニアが暴言」「トイレに異物を流す」等老人ホームのトラブル実例「家族も施設と一緒に対策を考えて」と識者
認知症の実母の介護経験を持つ社会福祉士の渋澤和世さんは、介護サービス相談員として老人ホームを訪れる中で、数々のトラブルを見聞きしてきたという。精神保健福祉士の資格も持ち、これまでも認知症を抱える人のサポートも多く行ってきた渋澤さんに、施設でのトラブル事例10選と対策について解説いただいた。
この記事を執筆した専門家
渋澤和世さん
在宅介護エキスパート協会代表。会社員として働きながら親の介護を10年以上経験し、社会福祉士、精神保健福祉士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナーなどの資格を取得。自治体の介護サービス相談員も務め、多くのメディアで執筆。著書『入院・介護・認知症…親が倒れたら、まず読む本』(プレジデント社)がある。
認知症の親が…老人ホームで困った問題
認知症になると、物忘れや判断能力の低下などさまざまな症状があらわれます。認知症は85才以上の人の4割以上に出現すると言われています。そのくらいの年齢になれば、多少の物忘れや判断能力が低下したとしても、人に迷惑がかからなければ許容範囲と筆者は思っています。
とはいえ、認知症が引き金となり、高齢者施設でトラブルに繋がってしまうケースもあります。
※参考/厚生労働省 認知症を理解する https://www.mhlw.go.jp/seisaku/19.html
認知症を発症すると、入居できる高齢者施設の選択肢は狭くなります。認知症のかたが多く暮らしている主な施設には、次のようなところがあります。
認知症のかたが入居できる老人ホーム
公的施設…特別養護老人ホーム(65才以上、要介護3以上)
民間施設…介護付き有料老人ホーム(原則として65才以上、自立~)、グループホーム(65才以上、要支援2以上)
これらの施設のスタッフは、認知症の症状についての基礎的な知識や理解があり、入居者個人の性格も把握したうえで関わりをもっています。
介護現場では、事故がないように配慮をしたり、争いごとが起きないように入居者同士の相性を考えて工夫をしたり、スタッフのかたは様々な対応を試みますが、それでも避けられないトラブルもあるのです。具体的なトラブル事例をピックアップしてみます。
※実例をもとに一部設定を変更しています。
対人がらみのトラブル
認知症を抱えた入居者さんが起こすトラブルは、対人絡みのことが多い印象です。
1.スタッフへの暴言
元エリートエンジニアの男性は、現役時代は委託先から無理なスケジュールを言い渡され嫌な経験もあったそうです。
ある日を境に、自身を担当しているスタッフに「おい貴様、無理な注文つけるんじゃねえ!」「ふざけるな!!」などと過去の仕事場でのトラウマを思い出したのか、暴言を吐き続けたため、担当の変更を余儀なくされました。
2.入居者への暴力行為
ある施設で15時前後のおやつの時間、「私は○○さんに1億円預けているんだよ」と、冗談を言いました。これに対して言われた相手は大激怒。目の前のおやつ皿とお茶を投げつけて怪我をさせてしまいました。明かに冗談でも、理解ができなくなることもあるようです。
3.物を盗られた(妄想)によるトラブル
80代の女性入居者が、「タンスの中からダイヤモンドの指輪がなくなった」「上着のポケットの財布に5万円入れてあったのになくなった」と大騒ぎになってしまいました。
この女性の中では、盗った人物がスタッフや他の入居者だと特定されています。本人に直接言うのではなく、「あの人が盗った」「あのスタッフは泥棒だ」と、入居者に噂を広めてしまい、施設内の人間関係にも影響が出てしまいました。
4.他人の部屋に忍び込んでしまう
重度の認知症を抱える男性が、日中はフロア内や部屋の中をずっと動き回っています。
昼間はスタッフの数も多いので慎重に見守りができますが、人手が少なくなる夜間に他人の部屋に侵入して入居者さんの顔に触れて驚かせてしまい、苦情が続出しました。
5.セクハラなどの問題行為
男性の入居者が女性スタッフのお尻や胸を触るなど、セクハラ的な行動や言動をして問題になるケースはよく聞かれます。また、入居者同士で恋愛に発展して、人間関係がもつれることもあり、スタッフが困惑する事例も多いようです。
6.男性が下半身を露わにして歩き回る
ある男性のかたが、廊下で突然服を脱いで、裸で歩き回ってしまうトラブルが頻発。「これから風呂に入るからいいだろう」と本人なりの理屈はあるようですが、女性入居者が困惑していたそう。
7.食べたことを忘れスタッフに怒りをぶつける
「魚が汚染されている」「白米には毒が混ざっている」など何かしらの疑いを持ち、食事を拒否するケースもあります。
また、食後なのに「ご飯はまだかしら」「私だけ食べさせてもらっていない」とスタッフを怒鳴りつけるという事例もありました。
考えられる対処法
対人関係のトラブルの多くは、認知症の周辺症状といわれる「不安や焦燥感、興奮や暴力、幻覚や妄想」などによるものが原因と考えられます。
環境の変化、日頃のストレスや過去のトラウマなどから、暴言や暴力などの問題行動を引き起こすことも。問題行動がエスカレートしてしまうと、施設から退去を迫られるケースもあります。
→老人ホームを退去になるのはどんなとき?5つの事例と対処法「SNSの誹謗中傷には要注意」【社会福祉士解説】
スタッフや主治医と相談し、薬の処方をしてもらうなどの対策が考えられますが、薬で症状を抑えすぎすると活動量が抑えらすぎてしまうケースもあるため、主治医とよく相談する必要があるでしょう。
環境がらみのトラブル
8.排泄の問題
女性のかたで、トイレにひとりで行くことができず、かといって「トイレに行きたい」と、スタッフに頼むことも苦手。スタッフが定期的に声掛けをしてトイレ誘導をしていたが、そのうち、個室のベッドの影や物置などに排泄してしまうことが増え、スタッフも困ってしまった。
9.トイレに異物を流す
トイレに行ったとき、紙おむつや尿取りパッドを誤って流してしまうトラブルはよくあること。ある入居者のかたは、フォークを流してしまい、大事に。排水管が詰まってしまい、専門業者に修理を依頼することになったそうです。
10.異食してしまう
ある特別養護老人ホームは、2階が認知症の人だけが入居できるフロアですが、他の階に飾られているような入居者の写真や書道など作品の展示は一切ありません。ある入居者のかたが、ティッシュや紙を食べてしまうとのこと。観葉植物やボタンなども口に入れてしまうため、館内や衣服には気を配っているそう。
考えられる対策
環境の変化によってストレスや不安を感じたり、トイレの場所がわからなくなったりして混乱してしまうこともあるでしょう。環境が要因の場合、トイレに近い部屋にする、部屋を変えるなど、危険回避のための工夫が欠かせません。
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私も認知症の実母の介護で感じたのですが、認知症による言動は「素直でかわいい」と思えることもあります。一方で、暴言や暴力が発生すると、ケアをする家族は「怖い」とも感じます。
認知症の症状が進行し、家庭での介護は難しくなり施設に入居するケースは多いと思いますが、入居先でトラブルが起こる可能性もあります。
家族の立場としては、施設に任せきりにせず、面会や電話などで親の生活状況をこまめに確認することが必要でしょう。困った行動が起きたときは、施設側と一緒に対策を考えていく姿勢が大切だと感じます。
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