《誤嚥性肺炎で死に至るケースも》誤嚥をどう防ぐのか?3000例を超える胃の手術経験を持つ外科医が解説 注意したい「オーラルフレイル」とは?
食べ物や唾液が気道に入ることがきっかけとなり、細菌が肺に入り込んで起こる「誤嚥性肺炎」。2022年では6番目に多い死因となっている。
3000例を超える胃の手術経験を持つ外科医・比企直樹医師は、「食べる」という当たり前の行為の中に潜む危険性を指摘します。著書『100年食べられる胃』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けする。
教えてくれた人
外科医・比企直樹さん
北里大学医学部を卒業後、東京大学大学院医学系研究科修了。その間、ドイツ・ウルム大学や青梅市立総合病院外科などでも医師としての経験を積む。がん研究会有明病院に14年勤務、胃外科部長として日本トップクラスの手術症例数を執刀。「胃がん」における治療法の考案・手術方式の開発は数知れず、世界のスタンダードになっているものも多数。手術だけでなく、治療を支える「栄養」の重要性からがん研有明病院時代には「栄養管理部」を立ち上げ運営。2019年に北里大学医学部上部消化管外科学主任教授に就任後は上部消化管がんの手術に加え、医学部・栄養部合同の「栄養部」を開設、部長も兼任する。次世代ドクターと管理栄養士の指導に携わり、後進の育成に力を入れる。一般社団法人日本栄養治療学会の理事長や日本消化器外科学会の理事などを務める。
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「食べる」が難しくなる摂食・嚥下障害
私たちは普段、当たり前のように食事をしていますが、実は食べ物を「かむ(咀嚼:そしゃく)」「飲み込む(嚥下:えんげ)」という動作は、口の中や喉の筋肉あるいは神経等が複雑に連動することで初めて可能になる、とても高度な作業です。
そのため、病気や加齢によって体力が低下したり、筋肉や神経がうまく機能しなくなったりすると、食べること自体が難しくなります。あるいは、痛みや、通過障害(消化管が細くなる)などが原因で、摂食・嚥下ができなくなってしまうこともあります。
特にがんの場合は、どこのがんかを問わず、放射線治療によって唾液の分泌が減少する副作用が起きることもあります。化学療法によって粘膜が炎症を起こしたり、味覚障害が生じたりした結果、食べることが苦痛になってしまう人もいます。食事を楽しむ喜びが失われるだけでなく、栄養状態が悪くなり、筋肉も落ちて、体力や免疫力も衰えてしまいます。
自宅でもここまでできる! 調理の工夫
「食べられる」を守るために、摂食・嚥下のトラブルは、健康を維持する上での大問題です。摂食と嚥下にトラブルがある場合には、自宅で調理する際、工夫が必要です。
安心して食べてもらえる嚥下がしやすい形態は、ゼリーやプリンなどのように口に入れてから喉を通るまでなめらかに動くものです。
一方、次のような形状は、嚥下しにくいので注意が必要です。
〈サラサラとした液体(お茶、味噌汁など)〉
→とろみをつける
〈パサパサしているもの(パン、カステラ、イモ類、ゆで卵など)〉
→牛乳など水分を含ませる
〈ベタベタなもの(もち、だんごなど)〉
→喉に詰まらないような大きさにし、片栗粉や豆腐を使用して「もち風」「だんご風」とする
〈バラバラなもの(肉、イカ、タコ、こんにゃくなど)〉
→マヨネーズで和えたり、卵や小麦粉のつなぎでなめらかに
ほか、口の中に付着しやすいペラペラなもの(のり、わかめ、ウエハースなど)、酸味が強くむせやすい、すっぱいもの(酢の物やかんきつ類)、固くて喉につまりやすいもの(ピーナッツ、丸のままの大豆など)にもご注意ください。固くて噛みきりにくいものは、隠し包丁を入れたりするとよいでしょう。
正しい姿勢で誤嚥を防ぐ
嚥下しやすい料理ができたら、次は誤嚥しにくく、安全に食べられる姿勢を確保します。
介助する方はつい、ご病気の方や元気のない方ご本人の楽な姿勢を尊重してしまいがちですが、正しい姿勢は正しい嚥下に不可欠です。
とくに、後ろにもたれかかる姿勢は、一見楽そうですが、誤嚥を引き起こす原因になります。クッションや座椅子を使うなどして調整してください。
ご本人が不自由そうにしていると、つい手を貸したくなりますが、食事はできるだけ、自分の手を使って食べるよう促すことが大切です。食事に意識が向き、誤嚥を防ぐことにもつながります。
自分で食べるための「ユニバーサル食器」「リハビリ食器」と呼ばれる食器もあり、百円ショップで購入できるものもありますので、活用しましょう。手の力が弱った方や片手で食事する方のために、すくいやすい、食べやすい、持ちやすい等の工夫がほどこされています。
食べた物を飲み込む際に、食べ物や水分が誤って気管に入ってしまうことを「誤嚥」といいます。
若い人でも、あわてて何かを飲み込んだときに、食道とは違うところに入ってしまい、激しく咳き込むことがありますが、高齢者や病人にとっての誤嚥は、若い健常者とは大きく意味合いが異なります。
誤嚥は嚥下障害によって起こります。
食べ物を飲み込む際、喉の奥にある「喉頭蓋(こうとうがい)」と呼ばれる器官が閉じて気管の入り口をふさぎ、食べ物が気管に入ることを防ぐ「嚥下反射」が起こります。からだが自然に食べ物と空気を区別し、正しいルートへ導いてくれるのです。
ところが加齢や病気になって嚥下反射が低下すると、食べ物を飲み込む際に喉頭蓋が閉じにくくなってしまい、気管に食べ物や飲み物が入りやすくなって、誤嚥を起こします。
一度でも誤嚥した経験のある人ならわかると思いますが、あれは本当に痛くて苦しいものです。でも、問題はそれだけではありません。唾液や食べ物、逆流した胃酸などを誤嚥することで、誤嚥性肺炎を起こしてしまうのです。
誤嚥性肺炎は生命にかかわる重篤な疾患で、日本における2022年の死因で6位に入っています。2020年には4万人が生命を落としています。