倉田真由美さん「すい臓がんの夫と余命宣告後の日常」Vol.56「最後の家族旅行」
漫画家の倉田真由美さんは、夫の叶井俊太郎さん(享年56才)と行った”旅”は、どれも幸せなものだったという。叶井さんがすい臓がんの告知を受けてからも家族旅行を続けてきたが、最後となった旅先は――。
執筆・イラスト/倉田真由美さん
漫画家。2児の母。“くらたま”の愛称で多くのメディアでコメンテーターとしても活躍中。一橋大学卒業後『だめんず・うぉ~か~』で脚光を浴び、多くの雑誌やメディアで漫画やエッセイを手がける。お笑い芸人マッハスピード豪速球のさかまきさん原作の介護がテーマの漫画『お尻ふきます!!』(KADOKAWA)ほか著書多数。
夫の叶井俊太郎さんとのエピソードを描いたコミック『夫のすい臓がんが判明するまで: すい臓がんになった夫との暮らし Kindle版』 『夫の日常 食べ物編【1】: すい臓がんになった夫との暮らし』は現在Amazonで無料で公開中。
闘病中、夫が旅先に選んだのは…
去年のちょうど今頃、夫と旅行に行きました。結婚してからたくさん行った夫との家族旅行、これが最後になってしまいました。
私たち夫婦、そして娘と娘の友だち一人、合計四人で行ったのは家からさほどと遠くない都内のビジネスホテルです。夫が頻繁に観ていた旅動画の中から見つけました。
「ここ、よくない?」
夜リビングでまったりしている時、夫がスマホで見せてきた動画に出てきたのは、うどんとカレー、駄菓子が食べ放題、そして漫画が読み放題のホテル。私は夫らしいセレクションにちょっと笑って、「じゃあそこにしよう」とすぐに予約を取りました。遠距離移動は不安がありましたが、近場であれば問題ありません。
特に観光などするわけでもなく、当日はホテルに到着後銘々好きに過ごしました。娘たちは部屋でゲーム、夫と私は漫画ルームで漫画を読み始めました。
「これ、初めて読んだけど面白い。うちで買い揃えようか」
夫が読んでいた漫画を私に見せてこう言ったように記憶しているんですが、タイトルが何だったか思い出せません。以降新しく全巻買った漫画はないので、夫も翌日には忘れてしまったのかも。自宅でゆっくり読ませてあげたかったなあ、と思います。
食が細くなっていた夫
腹水が溜まり始める直前のこの時期、夫の食はかなり細くなっていました。自宅でも結構食べる時、食べない時の差があり食べすぎた時は大抵お腹が痛くなり苦しんでいました。
でもこの旅行では夕食前に自分でカレーをよそって食べ、大好きな駄菓子をボリボリ齧っていましたが、いつもの腹痛は出ませんでした。夫が旺盛な意欲で食べる姿を、「来てよかったな」と感じながら眺めたことを記憶しています。
翌日チェックアウトを済ませ、電車で帰宅の途につき、途中品川駅構内で昼食をとりました。夫が普段滅多に食べたがることがない「サバの塩焼き定食」を完食して、とても嬉しかったのは忘れられません。家ではご飯を一膳食べ切ることはほぼなかったのに。
ただ普段と違うところで寝た、というだけに近い旅行でしたが、家での日常と違いこうも鮮やかに記憶に残る風景があります。いつも一緒に過ごしている相手とこそ、旅に出て日常と違う一日を混ぜ込むことに大きな意味がある気がします。
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倉田真由美さん、夫のすい臓がんが発覚するまでの経緯
夫が黄色くなり始めた――。異変に気がついた倉田さんと夫の叶井さんが、まさかの「すい臓がん」と診断されるまでには、さまざまな経緯をたどることになる。最初は黄疸、そして胃炎と診断されて…。現在、本サイトで連載中の「余命宣告後の日常」以前の話がコミック版で無料公開中だ。