仏壇の「りん」を使った「“耳力”の鍛え方」を音響心理学者の専門家が指南
素敵な音楽を楽しむのは「いい耳」があってこそ。最近、音楽に耳を傾けていますか? 耳の老化は認知機能の低下にもつながるというから注意が必要だ。音響心理学者の専門家が“耳力”を鍛える方法を教えてくれたのでご紹介します。
教えてくれた人
小松正史さん/音響心理学者、作曲家、京都精華大学教授、京都芸術大学客員教授
音楽だけでない「音」に着目し、教育、学問、デザインに応用する。京都タワーや鉄道、プラネタリウムなど公共空間の音楽も制作。著書に『耳トレ!シリーズ』(ヤマハ)、『心の不調が消える 聞くだけ音トレ!』(フォレスト出版)など。
耳の老化を防ぐ「耳トレ」
年を重ねると、「“聞こえ”が悪くなって音楽に集中できなくなった」という人は多いだろう。
「原因の1つは、脳が聞くことをサボるから」
と切り出したのは、音響心理学者の小松正史さんだ。
「耳は、目におけるまぶたのように遮断できる作りになっていないため、外界のあらゆる音情報を取り入れています。しかし、それらをすべて処理していたら脳がパンクしてしまう。そこで、自分にとって有益な音かどうかを脳が取捨選択し、必要と判断した音だけを認知します」(小松さん・以下同)
騒がしい場所でも、自分の名前や興味のある話題は自然と耳に入ってくる「カクテルパーティー効果」と呼ばれる現象も、脳の働きによるものだ。
「音の取捨選択自体は脳の省エネ機能なので悪いことではないのですが、脳は慣れるとどんどんサボる。特に、耳の老化が始まる50才前後からサボりが進行するため、かつてのように音楽を繊細に聴けなくなるのです」
物理的な耳の老化について、下の図「音が聞こえる仕組み」を見てみよう。音は、耳の奥にある蝸牛(かぎゅう)という器官の有毛細胞の毛が、リンパ液の中で振動することで脳に伝達されている。だが、有毛細胞は1秒間に最大2万回も動くため、加齢とともにへたって毛が抜けていき、振動する力が衰えるという。
「人間が聞き取れる周波数(音の高さ)の最大値は、20才前後で2万Hz程度。しかし、50代で1万2、3000Hz、60代で8、9000Hzにまで落ちてしまう。人の会話は250〜4000Hzなので、日常ではあまり影響がないのですが、葉の擦れ合う音や川のせせらぎなどの高くて繊細な音(約1万Hz以上)が聞こえづらくなります」
脳の省エネ機能に甘んじていると、どんどん聴力が低下してしまうのだ。
「怖いのは、聴力が低下し脳の働きが鈍ると、認知機能の低下につながること。そうなる前に『耳トレ』で老化の速度を遅らせましょう」
「耳トレ」とは、小松さんが開発した、注意力を上げて聴力を意識的に高めるためのメソッドだ。
「肝は、ふだん注意を向けていない音を聞くこと。実際は脳に取り込まれているのに気づいていない音って、ものすごく多い。心理学でいう『前(ぜん)意識(何かのきっかけで気づくことができるが、ふだんは意識していない心の領域)』にある音を指します。『耳トレ』は、その前意識に漂っている音を意識的に拾い上げることで、サボり癖がついた脳を活性化させ、注意力を上げるトレーニングです」
具体的には、静かな環境で仏具の「りん」やピアノのような減衰音が長く続く道具の音が消えるまで聞き続け、消えた瞬間、周りの背景音に耳を傾けるというもの。記者も実際に試したが、音が消えたと同時に空調機器のザーッという音が耳に入ってきた。一瞬で元に戻ったが、意識していない音が浮かび上がる感覚は新鮮だ。
「また、1分間、周りの音を聞き、聞こえた音を書き出すのもおすすめです」
屋外なら、公園などうるさすぎない場所で、目を閉じて行ってみよう。
「耳鳴りが気になるかたにもおすすめ。外にある周囲の音を集中して聞くことで、症状が軽減される場合があります」
毎日続ければ、少しずつでも改善できる。
音響心理学者の小松さんが開発 「耳トレ法」
【1】前意識の音(背景音)を聞く
「りん」やピアノ、トライアングルなど減衰(音が徐々に小さくなること)する道具を鳴らし、音が小さくなっていく様子に耳を澄ます。音が消える瞬間を感じたら、すぐに周囲の背景音に意識を傾けてみる。毎日1、2回行う。
【2】1分間、聞こえた音を記憶して紙に書く
公園や街角(家の中でもOK)でくつろぎながら周りの音に耳を澄ます。1分後、聞こえた音を書き出す。
写真/PIXTA
※女性セブン2024年11月28日号
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